不良神、感嘆する
シルヴェウスが去った後、ヴィヴィアンはゲオルグとレミに引っ張られながら城中を連れ回された。
「ヴィー兄様、ここがぼくの部屋です!」
「ヴィーおにいさま、ここがわたしのへやなの!」
「ここがヴァシュル兄様の部屋で」
「ここがヴァシュルおにいさまのかくればしょなの!」
⋯⋯と、ご丁寧にヴァシュルの隠れ部屋まで教えてくれたふたりは、最後に“とっておきの場所を教えてあげる”と言って広大な庭へとヴィヴィアンを連れ出した。トーヤはその後ろをてくてくとついて行く。
「もうすぐですよ!」
「すっごくすてきなばしょなの!」
「うわっとと⋯⋯走らないで。危ないですよー?」
そう言いながらも、ヴィヴィアンはふたりの速度に合わせて歩いていた。注意する意味ねぇだろと思いながら、トーヤも取り残されないように小走りで追いかけた。
「おい、ヴィー。そろそろ日が暮れんぞ。そいつらを城の中へ連れ帰らないといけないんじゃあねえか?」
「もうちょっと待って!」
「すぐそこですの!」
「⋯⋯だってさ」
「⋯⋯はぁ」
トーヤは溜め息をつくと、肩をすくめて無言でついていく。それは、付き合ってやるが終わったらすぐ戻るからなという無言の意思表示だった。
やった、と小さくはしゃいだふたりは、ヴィヴィアンの手を引いて奥の方へと足を踏み入れた。仕方ないといった体でそこに踏み込んだトーヤは、そこで見た光景に思わず息を呑んだ。
氷で作られたような銀色の華に夕陽が降り注ぎ、反射して、暖かくも悲しげな光を放っている。あでやかに咲き誇る、大輪の華のような美しさを持ちながらも、地上に散りばめられた星屑の如き幻想的な風情を醸し出していた。
あまりにもの美しさに言葉が出ないヴィヴィアンに、ゲオルグとレミは誇らしげに言った。
「ね?見たこと無いくらい綺麗でしょう?」
「これをみせたかったの。ヴァシュルおにいさまとゲオルグおにいさまとレミだけのばしょなんだけど、ヴィーおにいさまとフクロウのおにいさまにもみてもらいたくて!」
「ええ、すごく綺麗ですね。故郷でも見たことがないですよ。ありがとうこざいました、これは、なんという花なのでしょうね」
「氷竜の涙」
「え?」
ヴィヴィアンの言葉にトーヤが記憶を掘り起こしながらぼそりと答える。ヴィヴィアンが驚いたような視線をトーヤに向けると、トーヤはあっさりと言った。
「これは“氷竜の涙”と呼ばれているもんだ。ごく稀に、竜界の氷山で生き死にゆく氷竜が人界に降りて、そのまま人界で天命を迎えることがある。その際に流れるひと粒の涙が氷竜の身体を幾千の花に変えるという話だ。ま、滅多に見られるものじゃあねえから、ここに来て初めて得したな。なぁ、ヴィー?」
「へぇ⋯⋯そんなに珍しいものだったのか」
「フクロウさんって、物知りなんだね!」
「フクロウおにいさま、すごい!」
「待て、俺の名前はトウヤだ。フクロウじゃない」
「トーヤ?変わった名前だね!」
「トーヤおにいさま、あとでいっしょにあそぼ?」
「トーヤじゃなくてトウヤ⋯⋯もういい。ヴァシュルたちもそう呼んでるしな」
脱力感満載の声音に、心配そうにヴィヴィアンが顔を覗き込んできたが、お前も俺の名前を正しく言えねえだろと恨めしげに見上げた。
「ほら、そろそろ帰んぞ。あまり遅くなると、シルヴェウスたちが心配する」
「うん」
「はーい!」
「うん、戻りましょうか」
見た目六歳程度の子供に誘導される三人は端から見ればおかしな光景であったが、この三人のうち、誰ひとりとして不思議に思うものがいなかったことが何よりもおかしいことだったろう。
そうして四人は、トーヤに先導されながら城へと戻って行ったのだった。