未来への勇気を僕と君に。
今日は赤羅魏奏哉の誕生日です。
ヒロキは昔よりすごく変わった。
勉強はできるようになったし、自分の意思も強くもつような人間になった。
それがあらわれるような真っ直ぐな眼差しも、持っている。
あの頃は俺と同じで、きっとお互い、依存しあってた。
そう、お互い欠けたらそのまま後を追うように死ぬようなくらいに。
今は、違う。
ヒロキは前へ、未来へ歩いてる。
…俺は
俺は、立ち止まったままだ。
未来への勇気を僕と君に。
「アカラギくん、最近元気ないよね。」
相変わらずストーカーのように大学が終わるとイノウエは俺についてくる。
それもまあ、慣れた。
俺は近くのベンチに座り、さっき買ったパンケーキを一枚取り出し口に入れた。
「別に、普通。」
普通だと思ってるのだが…
「あ、私にも一枚。」
「五十円な。」
そう言ってイノウエの口に入れる。
ヒロキは今頃アキトと遊んでいるのだろうか。
「アカラギくん、何か気がかりな事があるなら私聞くよ?」
イノウエはうるさい。
めんどくさいから周りの雑音と一緒にしてしまおう。
「ね〜ぇ〜」
肩を強く揺さぶられる。
頭がぐわんぐわんしてきた。
「わ、わかったから…」
ウキウキとしながら何々?と聞いてくる。
よくもまあ人の悩み事をそんな楽しげに聞こうとするものだな。
「いや…その、ヒロキが。」
口に出すとなんだか恥ずかしくなってきた。
なんてくだらないことで俺は他人に相談しようとしてるんだ。
「ヒロキくん?そういえば最近遊びに行ってもいないこと、多いよね。」
イノウエのくせに察しがいい。
まさかヒロキは俗に言う反抗期なのだろうか。
「家にずっと居られても困るけどな。」
嘘つけ、寂しい癖に。
「嘘つけ〜寂しいんでしょ?」
「さ、寂しくない!」
俺としたことが動揺してしまった。
今の返しじゃ寂しい事がバレバレだ。
最近イノウエに、嘘がつけなくなってきている気がする。
「そうゆう時期なんだよ〜、アカラギくんもそうゆう時期って会ったでしょ?」
そうゆう時期…
俺の親は…
俺の親は、俺よりも仕事の方が大切に見えた。
だからこそ高校で意味もなく一人暮らしを始めたのだ。
俺は居ても居なくても、たいして変わらない存在だったから。
「なかった。」
日差しが暖かく、なんだか眠たくなってきた。
イノウエの肩になんとなく寄りかかる。
少し戸惑う表情を横目に、気づかないフリをした。
「そうなの…?あのね、今はたくさん遊ばせてたくさん、世界を知ってもらうことがいいと思うの。」
たくさんの世界。
俺はいつかヒロキのそのたくさんの世界の一欠片になるのだろうか。
「俺は、小さい頃から何も変わらず、止まったままだ。」
「止まってなんかないよ、ちゃんと少しずつ進んでる自分に気づけてないだけ。それに、アカラギくんはとても優しいお父さんじゃない。」
優しいお父さん。
父さんとまだ呼ばれたことなど無い。
呼ばれたら呼ばれたで混乱することになるだろうが。
「イノウエはさ、将来誰かと結婚する気とかあるの?」
「アカラギ君とならあるよ。」
そうゆう事をサラッと言える神経がわからない。
俺はなんだか恥ずかしくなり肩に顔を隠した。
「あのね、私ヒロキ君だって好きだし、その、ヒロキ君しっかりしてるし、三人で暮らせたらな…なんて………寝ちゃってるし……」
イノウエの温かさと日差しの暖かさに、俺は話を最後まで聞く前に眠りについていた。
「アカラギ君、私まだまだあなたのこと、大好きなんだよ。」
「アカラギくーん、起きて。」
肩を二度、三度叩かれてようやく目が覚めた。
どうやら寝ていたようだ。
顔にあたる、柔らかく温かい感触に身体が固まる。
おそらく、これはイノウエの膝。
…膝枕。
なるべく意識しないようにしながら起き上がる。
「アカラギおはよ〜」
起き上がるとイノウエの隣にヒロキがいた。
…ん?
「ごめんねアカラギ、デート中なのに…」
「デートって…相手がいないだろ。」
冗談にも程がある。
何故このストーカーとデートしなきゃいけないんだ。
「それよりなんでヒロキはここにいるんだよ。」
「家の鍵忘れちゃって、アカラギに電話したらカオリちゃんがでたからさ。」
嫌な予感がしてiPhoneの時計を見る。
「…五時。」
一時間くらい眠っていたのだろうか。
「アカラギくん、よく眠れた?」
イノウエがにこにこと笑顔で問いかけてきた。
「…ん、まぁ。」
ここ最近熟睡というものがなかったせいか、とても良く眠れた気はする。
「そっかぁ、あんまり夜更かしはダメだよ〜」
そういえば、悩み事について聞いてもらってたのに寝てしまった。
イノウエには申し訳ない事をした、今度アイスをおごってやろう。
「ヒロキ来たし、俺帰るわ。」
「うん、アカラギくんまた明日ね。」
イノウエは俺に向かって手をふった。
「…じゃあな。」
俺も照れくさいながらに手を振り返した。
地元の駅に降りて、つらつらと歩き帰る。
夕焼けが綺麗に空を彩っている。
ヒロキが今日あったこと、アキトと遊んだことを話してくる。
それはもう、楽しそうに。
「ヒロキ、明るくなったな。」
あの頃は死んだ様な顔をしていた。生きた死人、みたいな。
「アカラギも明るくなったよ。」
目が丸くなる。
ヒロキは誰に習ったのかわからない、優しい笑顔をみせた。
「死にたい、って顔してない、生きてる。」
その言葉をきいて、心の奥がモヤモヤとしてきた。
きっと長らく死にたいとしか思ってきていなかったから受け入れがたいのだろう。
そう、俺は今、未来を考えて生きている。
「でも俺は、根本的なところは何も変わってない…。ただお前が変わって、どんどん前へと進んでいって…進んでいって…」
自然と歩く足が止まった。
言葉を詰まらせた俺をヒロキは見て、そして止まった俺の場所から数歩前へ歩いた。
振り返ったヒロキは、沈んでいく夕日に照らされながらこう言う。
「ねえ、アカラギ、俺はもっと変わりたい。人生を知って、人生を歩きたい。」
ああ、また離れて行く。
行くな、と止めたい。
「だから、アカラギはそんな俺を見ていて。」
「辛くなったらきっと俺は振り返るんだ。その時アカラギという、帰る場所がいて欲しい。俺は何年経ったって、アカラギがいないと、アカラギじゃないとダメなんだ。」
俺じゃないと。
その言葉になんだかほっとした自分がいた。
俺は必要とされていたかっただけなのかもしれない。
「ヒロキ…俺の家族になってくれて、ありがとう。」
随分遅れて、ずっと言いたかったことを口にした。
へへへ、と照れ臭そうにヒロキが笑う。
ヒロキは隣をまた歩き始めると俺のシャツの裾をぎこちなさそうにつかんできた。
「そ、その…手、繋いで、と、父さん。」
恥ずかしそうにヒロキはそっぽを向いた。
父さんという言葉の違和感になんだかむず痒くなる。
返事をするのを忘れそっと大きく育った手を握った。
「…こうゆうのって大きくなってからやることじゃ、ないだろ。」
「へへ、本当だね。」
家族の温もりは、こいつにちゃんと教えてもらったんだ。
俺も人生をゆっくりでもいい、歩こう。
こいつがいつか振り返った時、ちゃんとすぐに帰ってこれるように。