【第26話『的場雪の過去 中編』】
【11月8日(火)・9時30分『横浜開業学園・本校舎2階保健室』】
保健室では雪が来栖好美先生に包帯を巻いてもらっていた。
来栖は他の先生と違って、特に雪がどうとかと言う気持ちを持っていない。
だから手当てはしっかりとやってくれていた。
実際、来栖以外の教師となると、雪に対して良い印象を持っていなかった。
クラス中から嫌がらせ等が授業中でも行われる為に、まともに授業を進める事が出来ないのだ。
本来ならいじめを止めて、授業に集中させてこその教師と言うものだが、そうはならなかった。
勉強方面においては圧倒的な頭脳と成績を誇る雪は、教師にとって教えがいがなかった。
ある教師は皆の前で、「こっちは授業遅れてるのにお前だけ成績が高いとかふざけるな!」と最低な事を言ったこともある。
そんな中で雪に嫌な感情を持たないのは、担任の高津先生とここ(保健室)の来栖先生……あと、化学の谷口先生ぐらいなものだった。
「はい、終わりましたよ」
「ありがとうございます…」
そういうと保健室からスタスタと出ていく。
だがそんな優しい先生に対しても、雪は冷たいような反応で済ましてしまうのだ。
それが良くない事は分かっている。
(ちゃんとお礼言えなかった……こんなんじゃ、来栖先生にも嫌われちゃうかな……)
雪はそんなことを考えていた。
そう、言葉や態度こそ素っ気ないものだが、本当は凄く優しく人懐こい女の子なんだ。
ただ尋常じゃないぐらいに人見知りなだけである。それはまるで“人間を警戒”するような感情、恐怖感━━━それらから、普段のような態度を取ってしまう。
そんな自分を変えたい、だけど警戒の気持ちはいくら努力しても変わらない。
雪はいつも心の中が闇に覆われていた。
「次の授業……体育だったよね」
着替えなきゃ。もし遅れでもしたら、今より嫌われちゃう……そんなの嫌だ。
雪はそう考えながら、更衣室に向かう。
それから直ぐに光司と彩香・慶太が保健室にやってきた。
来栖はあら?と三人の方へ向く。
「どうしましたか?授業始まっちゃいますよ」
「すいません。あの、的場は来ませんでしたか?」
保健室を見回しても、的場の姿はなかった。
「的場さんなら今、出ていっちゃいましたよ」
「タイミング悪かったみたいだな、光司」
「あの……的場さん、ケガの方とか大丈夫でしたか…?」
慶太と彩香が発言し、光司も続いて聞く。
「的場の様子とかも教えて貰えませんか……」
来栖は手に持ったボールペンを顎に当てて、う~んと雪の事を思い出そうとしてくれていた。
「とりあえずケガは軽い打ち身程度だから、1日安静にしていれば大丈夫ですよ。様子は……いつも通り……でしたね」
「そう…ですか……」
光司は自然と拳に力が入る。
いつも通り。ここまでされても素顔を見せない。自身を徹底して偽っている。
それが何よりも悔しくて、言い様のない苦しさが襲う。
「くそっ!」
光司は保健室から出ていく。体育の授業が始まる。雪に声をかけるのは、そのあとにしようと考えた。
雪は体操着に着替えて校庭へ出ていた。いつも着ているパーカーを着用していない。以前に体育の先生にキツく怒鳴られたからだろう。
なぜだかパーカーを着ていない雪は、いつも辛そうな顔をしていた。
「生徒が仮に良くなったとしても、先生達があんなんじゃ……っ!」
光司は憤っていた。
すると更衣室から男が三人ほど出てくるのを目撃する。
(…ん? あいつら、いま女子更衣室から出てきたよな……)
何か怪しさを感じた。出てきた三人は同じクラスの奴等で、的場に嫌がらせをしたり、暴力をふるったりしている奴等だ。
実際、さっき光司に鉛筆をなげたのも、この三人の内の一人だ。
光司はその三人の会話に耳を傾ける。
「これであの女も懲りるだろう」
「確かに。大事そうにしてたもんな。あのパーカー」
「ああ。まあ、そのパーカーもビリビリに破いちまったけどな!」
「はは!あいつの悔しがる姿が目に浮かぶ━━━」
「椅子じゃ生温かったんだ」
その時、男の肩をポンッと誰かが叩く。
「あ?」
三人は振り向くと、そこには光司がいた。
よく見ると、彩香・慶太も後ろから向かって来ている。
光司は小さく呟く。
「……パーカー破いたってどういう事だよ……」
「ああ、俺らがハサミで切り裂いたんだよ。もう着ることなんて無理なぐらいにな!」
その瞬間、ゴォッと空気が揺れた。
「はぁはぁ……(うぅ……やっぱり日射しは苦手だなー……)」
雪はグラウンドを走っていた。いま行っているのは、前運動の校庭3週だ。
雪は元々体力のない娘な為に、既に0.5週目にして体力が尽きようとしていた。
「おい一之瀬!九条!梶間!遅刻してくるとは良い度胸じゃないか!!」
突如、体育教師の怒鳴り声が響き渡り、雪は反射的にビクッと肩を震わせた。
しかし、怒鳴っていた相手は雪ではなく、校舎から歩いてきた光司・彩香・慶太の三名だった。
だがいつもと様子が違う。何やら深刻そうな雰囲気を出している。最初怒鳴ろうとしていた体育教師も、光司の目を見るなりゾクッと悪寒を感じ、なにも言えず光司が通りすぎるのは立って待っている事しか出来なかった。
(……一之瀬君って、あんな怖い感じの人だっけ……)
雪も光司の雰囲気の違いには驚きを隠せずにいた。
だけど、何よりも驚いたのは、その光司が雪の方へ歩いてきている事だった。
「的場……これ……」
「? ……あ」
雪は気付いた。気付かない筈がない。だってそれは━━━自分が何よりも大切にしていたパーカーだったから。
震える手でパーカーを受け取る。
「止めた時には手遅れだった……本当にごめん!」
「え?あ、い……良いよ。だって、コレそろそろ変えようと思ってたし。それに……キミがやった訳じゃないんでしょ……」
かすれそうな程の弱々しい声。雪が始めてまともに受け答えした会話が、そんな胸が詰まるような言葉だった。
それからは普通に授業を受けていた雪だが、光司はどうしても雪が心配になり、放課後再び会いに向かった。
「もう帰っちゃったかな……」
光司は賭けで教室に雪が居ないか確認しに来ていた。
実際、雪はいた。
「……っ!?」
光司は絶句した。あの雪が、無表情無口で半年間決して感情を誰かに見せることのなかったあの雪が泣いていた━━━。
放課後、夕日が射し込む教室で一人、破かれたパーカーを抱き締め、大声で泣いていたのだ。
そんな姿を見て光司は、これらをやった人間に、見て見ぬふりを決め込む人間に無性に腹が立った。
そして━━━雪をもう一度笑わしたい。守ってやりたい。そういった気持ちがぐんぐん込み上げ、光司は雪に声もかけずにある部屋に向かった。
ここは同じ2階にある会議室。今日はここで職員会議が行われている。
30人程の先生が集まっていて、今回に関しては生徒会会長と副会長も参加している。
第103代目会長の海藤玲子は大きなため息と共に呟いた。
「っはぁぁぁあ!ほんっとダルいわ!何がダルいかって?何で放課後に居残ってまで、こんな会議に参加しなきゃなんないのよ!?ねぇ、聞いてる!?荘司!」
当時、生徒会副会長だった天草荘司が苦笑いをしながら答える。
「仮にも生徒会会長何ですから、毅然とした態度でいてくださいよ、玲子さん」
「えぇ~。つまんないわよ~、何か面白いこと起きないかしら」
バンッ!
その時、ドアが強く開かれた。そこから入って来たのは一之瀬光司だった。何かを決意したような迫力のある雰囲気を出していた。
先生達もそうだが、何よりも玲子が大きく反応した。
「面白いことが起きたわ!」
次回へ続く!!
どもども、焔伽 蒼です!
前後編にするつもりが前中後編になってしまいました。次回で過去の話は終わります。的場雪篇事態があと少しですので、もうしばらくシリアスにお付き合い下さい。




