第七話 兄妹
ついにメインヒロイン(真)の登場ですよ!
「ようやく……帰って来られましたね」
第一艦橋の窓から見える巨大な都市の姿に、リセが感慨深そうに呟いた。
最外郭の城壁からでもまだ数十km離れているはずなのに、それでもなお巨大に感じられるあの都市こそ領都マロマロン。僕の領地トロンマロン侯爵領における政治経済の中心である。
「そうだな」
僕は短くそう答え、窓辺に立つリセの隣に歩み寄った。窓の近くまで来たことで浴びることになった強烈な日光に、自然と目を細めて顔を俯けた。
眼下の甲板を見ると、艦内にいた者達が甲板に出て遠目に広がるマロマロンを眺めていた。ようやく目的地が見えたことが随分と嬉しいらしく、耳を澄ませば彼らのはしゃいでいる声がここまで聞こえてくる。
現在、艦隊は高度1000mを航行しており、もうこの世界は夏ということもあって外の気温はあまり低くない。薄着にさえならなければ多少風が強くとも寒さを感じることはないだろう。
甲板に出て遠くに見えるマロマロンを眺めている人々の中に、軍服姿のNPCもチラホラと混ざっていることは今更驚くほどでもない。お前ら仕事しろよ、とは思うが、どうせその内に彼らの直属の上司にあたる先任軍曹あたりからキツイお叱りを受けることになる。
マロマロンは遠目でもその巨大さをもって存在を主張しているが、流石にまだ街の細部までは見えない。しかしその概形は空から眺めていることもあって容易に把握できた。
領都マロマロンは上空から見ると正八角形の形をしている。別に円でも四角でも星形でも良かったのだが、何となく八角形が良いかな、と思い今の形にしたのだ。
益体もないことを考えつつ、マロマロンをしばらく眺めていた僕とリセだが、強烈な日光で早々に根を上げた僕が窓から離れたことで、リセも景色を眺めることをやめて僕に合わせて窓から離れた。
やがて艦隊はマロマロンに到着すると、都市を囲う長大な城壁の外にある巨大な空軍基地に入港した。
魔王城攻略作戦第二方面艦隊の母港であったブレンネイスン港よりもちょっと小さい程度の規模をもつその基地は、トロンマロン艦隊263隻を易々と受け入れる。
人々は舷梯と埠塔が接続された瞬間、次々と艦を降りて埠塔まで渡っていく。
ようやく窮屈な船内から外に出られた人々は、事前の連絡により用意されていた大量の馬車によりマロマロンにある各広場まで運ばれていき、そこで到着した者たちから解散となった。
艦を降りて埠塔から出ると、埠塔の前に小型の空中艇が着陸していた。トロンマロン侯爵領の紋章である杖に巻きついた蛇が描かれた旗を掲げていたので、あの船が迎えの船なのだろう。
埠塔から出てきた僕を確認すると女性というには少しばかり幼い少女が一人、こちらに歩み寄ってきた。
「おかえりなさいトロンマロンさん。ワールドクエストお疲れ様でした」
そう言って僕を出迎えた彼女は、どこかで見た覚えのある光沢を持ったプラチナブロンドの髪をお尻のあたりまで伸ばしている。さらに、これまたどこかで見たことのある宝石のような青い瞳、透き通るような純白の肌、神の造形が如き顔立ちの超絶的な美少女だった。
どこか既視感のあるキラキラオーラを纏った彼女は、最初の言葉こそ満開の笑顔だったが、すぐさまパッチリとした青い瞳に涙を湛え、まるでようやく母親を見つけた迷子の幼子の様な感嘆に堪えた表情になる。この表情に既視感を感じるが、そんなことを考える余裕がなくなる程度には、今にも泣きだしそうな彼女は美しかった。
「あれ、トロンマロンさんを笑顔いっぱいでお迎えするって決めてたのに、おかしいな………
トロンマロンさんにやっと会えたから、胸がいっぱいになって……………」
泣かないよう必死になって湧き上がる感情を抑えようとする彼女だが、彼女の瞳はその意思に反してより一層潤む。
彼女の心の中を表すように、彼女の背に生えた純白の竜翼がプルプルと震えている。健気にひたすら自分の気持ちを押し殺し、笑顔で僕を迎えようとしてくれる彼女は――――――
「おっ、シェシュじゃないか。久しぶり!
私が留守の間、良い子にしてたかい?
そういえばお土産買い忘れちゃったけど、こんな事態なんだし仕方ないよね!!」
彼女と僕の間に突然割って入ってきた男、プラチナブロンドの髪と青い瞳が特徴的な矢鱈キラキラしている美男子は、能天気な顔で少女を抱きしめようと両腕を広げながら彼女に歩み寄っていく。
180cm近い身長をもつ彼の体に隠れてしまい彼女の様子は見えないが、ここからでも見える純白の竜翼は、先ほどと同じくプルプルと感情を抑え込むように震えている。
「どうしたんだい、顔を俯かせちゃって?
ははっ、分かった!
お土産がなくて怒ってるんだろう!!
全く、シェシュはいつまで経ってもお子様なんだかぅるぁっ」
少女を抱きしめようとしていた男の動きが突然止まる。止まる直前、金属が突き破られるような凄い音がした。
そして男性の四肢は力が抜けたようにダラリと垂れていて、体は痙攣しているかのようにビクッビクッと大きく痙攣している。
もう一度、今度はナニカに貫通されていた金属から、無理やりナニカを引き出すような音が鳴ると、ナニカに支えられていたような男性の身体がドサリ、と地面に倒れた。
男性が着ていた白銀の鎧は、腹部の分厚い装甲が見るも無残な状態になっている。破損の様子を見る限り、もはや修復は絶望的で買い直すしかないだろう。
少女の方は、傷一つ付いていない両手を固く握りしめて、肩を震わせていた。
そして徐に屈みこんで、髪を掴んで男性の頭部を持ち上げる。
「空気読め、愚兄」
微かに聞き取れるかどうか、というほど小さい声だったのにもかかわらず、低くドスの利いた声はその場にいた人間の心胆を寒からしめた。野次馬として様子を伺っていた周囲の人々が心なしか、一歩後ろに下がったような気がする。
2090年代では『空気を読む』という日本人独自の考え方も、日本文化の発信と共に世界に普及していったものだ。そんなことを突如考えてしまった僕は、きっと現実逃避しているのだろう。
少女はまるで壊れた人形を扱うかのように男性の頭部から手を放すと、すっと立ち上がりこちらにゆっくり近づいてきた。
逃げたい。
すごく、逃げたい。
だがここでその選択肢をとってしまうと、僕の人生は終わってしまうと本能が警告している。護衛のリセは舷梯を渡る途中、部屋に忘れ物をしたとかで艦に戻っていて今はいない。いざと言う時は役に立たない奴である。
少女は僕の目の前まで来て立ち止まった。それまで小刻みに震えていた彼女の体は、震えがピタリと止まっており、不気味な静けさを醸し出している。
顔を俯かせているので彼女の表情は全くうかがうことができない。
そして少女はゆっくりと顔を上げた。
彼女の顔は何の感情も浮かんでいない無表情だった。
無駄に整った顔立ちもあって心臓が止まりかけるほどの恐ろしさを感じる。
光をなくした無機質な瞳が僕の目をじっと見つめている。
あ、死んだ。
唐突に僕はそう思った。
そんな僕の思いとは裏腹に、僕を見た途端、少女の瞳は急速に光が戻り、宝石の如き輝きを取り戻していく。それに合わせて顔にも笑みが浮かんできて、やがて出迎えの当初のような満面の笑みとなった。
「トロンマロンさんにやっと会えてすごく嬉しいです!
私、今までずっと心細かったんですよ?
あとでいっっっっぱい甘えちゃいますから、良いですよね?」
何の邪気もない笑みを浮かべつつ、照れたように上目遣いでこちらを見やる彼女の姿に先ほどまでの光景は幻覚だったのだろうか、と思わずそう思ってしまった。しかし視界の端でずっと痙攣している男性、僕の友人であるAR-EJことアルの姿を見て正気に戻る。
目の前で無垢に微笑む少女の名はKERS-EJ、知り合いからはシェシュと呼ばれる。
そこで倒れているアルの妹だ。
僕は彼女のお願いを断ることなどもちろんできず、なんども首を縦に振り必死で肯定した。
野次馬の一人である男性はその日の夜、その時のことを、まるで壊れた首ふり人形のようであった、とマロマロンにいた友人に語った。
感想はいつでも大歓迎です!
ここの描写をしてほしいとかの要望でも良いですよ!!
先任軍曹:軍曹歴の長い軍曹。お局さん的なポジション。新兵にもビビられるし上官にもビビられる。
超絶的な美少女:テレビで売出し中の若手アイドルを見ながら「うはwwブスすぎワロタwww」と言っても文句が言えないくらいの美少女。