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第六話 戦友との別れ

 魔王城攻略作戦第二方面艦隊の解散が宣言されてから三日後、トロンマロン侯爵はようやく自身の艦隊の補給を済ませ、自領に帰還する準備を整えた。

 補給だけならば三日もかからないのだが、トロンマロンは帰還の際に自身の領地に拠点をおくプレイヤーや移住を希望するプレイヤーも一緒に輸送することにしたので余分な時間を食ってしまったのだ。


 第二方面艦隊の解散が宣言されると、所属していた領主プレイヤーの多くは補給が終わり次第、自分の領地に向けて港から次々と出港していった。

 そのため、現在のブレンネイスン港は三日前に数千棟の埠塔が軍艦で埋め尽くされていたのが嘘のように閑散としていた。


 本来ならば、ワールドクエスト『魔王討伐』クリアを祝して盛大な祝勝会が開かれ、第二方面艦隊に所属していた艦艇は1週間程度、ブレンネイスン港に停泊する予定だった。

 しかし異世界転移という未曽有の事態により、本来予定されていた祝勝会やらパレードやらのイベントが軒並み中止された。


 その影響を最も受けたのは第二方面艦隊の母港ブレンネイスンであり、その地の領主Lord James子爵である。数々のイベント群のために準備していた物資はあっという間に不良在庫となり、子爵はそれらの処分に頭を悩ませることになる。

 さらに数千隻の軍艦が1週間前後停泊することを前提に組まれた港の運営スケジュールにはポッカリと特大の大穴が空き、現在のブレンネイスン港の姿となったのだ。


 如何に政治力があり、豊かな領地を抱えていても所詮は子爵だ。Lord James子爵にとって今回の損害は、許容できる範囲を大きく超えていた。

 平時ならばそれでも優れた政治力によって、所属しているレールヴィク王国やギルドから援助金を引き出して何とか持ちこたえられるのだろうが、今は非常時である。


 明らかに大波乱が起きるであろうことがほぼ確定している現状、どの勢力も財布の紐はこれ以上ないくらいに硬くなっている。

 ゲームを始めて四年目という比較的若手の部類に入り、国力自体もあまり強い部類ではないのに第二方面艦隊参謀長と同艦隊母港の座を勝ち取るほどの優れた政治力を持ってしても援助を引き出すことは難しいだろう。


 Lord Jamesの領主生活は最悪の状況の中で早くも終わりを迎えるかと思われた。




「本当にありがとうございましたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 感極まって泣きながら抱き着こうとした参謀長は、僕が避ける前に、リセに顔面を鷲掴わしづかみにされて宙に浮いていた。しかし参謀長はめげない。


「司令長官閣下から受けた今回の御恩、私ジェームス・オーウェンは一生かけて返していきたいと思う所存であります!!!」


 宙に浮きながらも感謝の念を断やさない参謀長は、さり気無く自分の本名を暴露した。

 ジェームスの綴りはJamesだった筈だから、参謀長は30過ぎにもなって自分の名前にLordを付けたということか。

 そのネーミングセンスはどうかと思う。


「いえ、困ったときはお互い様ですよ。それに知人が破滅する様はできれば見たくありませんしね。

 それと第二方面艦隊は解散してもう上司と部下の関係ではなくなったのですし、敬称とかも結構ですよ」


 僕はそう言ってリセに参謀長を降ろすよう頼んだ。

 リセの右手から顔面を開放された参謀長は、チャームポイントのどじょう髭が見るも無残にねじ曲がっているのも気にせず、僕の手を両手で握って礼を重ねた。

 参謀長がこれほど僕に感謝しているのは何故かというと、僕が彼の抱える不良在庫を半分ほど買い取ったからだ。


 不良在庫の半分が消えてなんとか財政破綻を回避できる見込みが立った参謀長は、僕に対しそれはもう猛烈に感謝した。

 今の彼は、僕が靴を舐めろと言ったならば、きっとその通りにするだろう。


 彼の抱えていた膨大な量の不良在庫の半分を買い取ったのは、先ほど僕が口にしたような親切心ゆえの行動では勿論ない。確かにそういう理由もあったのだが、それだけではないのだ。


 異世界転移によってプレイヤーが混乱している今、各地の物流が不安定になっており、自前の空中船を持っていないプレイヤーは移動に大きな制限を受けている。

 近場の移動ならばあまり大きな問題は無いのだが、長距離の移動は物資の補給、道の混雑、治安の悪化などによって困難となっている。


 僕の領地はここから大分離れており、空中船を使っても一週間以上はどうしてもかかってしまう程度には遠い。

 僕の領地に拠点をおいているプレイヤーや大領地に分類されて安定している僕の領地に移住を希望するプレイヤーは、領地まで一緒に連れて行って欲しいと僕に頼み込んできた。


 もちろん『No』とは言えない。プレイヤーの能力は通常のNPC領民よりもずっと優れており、領内のプレイヤーの数というのはそのまま国力に直結する。

 これから間違いなく大波乱が起こると分かっている現状、優秀な労働力は喉から手が出るほど欲しいのだ。


 そうして要請を快諾した僕は、次から次へと舞い込んでくる希望者の数に頭を抱えた。ブレンネイスン港には第二方面艦隊に所属していたプレイヤーと第二方面艦隊に救助された数百万のプレイヤー、クエストに参加できるほどLvの高くなかったプレイヤーなど膨大な数のプレイヤーが存在している。


 異世界転移による不安を抱えたプレイヤー達にとって、安定しない中小の領地より安定した大領地は魅力的だったのである。

 数万人程度の輸送を思い描いていた僕が、それより桁が2つほど増えた希望者に対応できるはずがない。


 事前に準備していた態勢では、100万人近い人数の輸送はどうやっても不可能だった。

 しかしブレンネイスンには運良く数百万の人間を養えるだけの物資が溜めこまれており、さらには運航スケジュールが真っ白な輸送船舶もそれなりの数が存在していた。


 僕はこれ幸いと参謀長に恩を売りつけるかのように物資を買い上げ、100隻近い輸送船舶をチャーターしたのだ。相応の費用は掛かってしまったものの、僕は腐っても侯爵。子爵が破綻の危機に陥る金額でも、侯爵ならばそこまで気にする額でもない。

 なにせ子爵よりも爵位が二つ分上だからね。二つ分!!


「閣下、もうそろそろで出発の時間です」


 参謀長が延々と礼を言い続ける中、リセが懐から懐中時計を取り出してそう告げた。

 そろそろ相手をするのが面倒臭くなっていた僕にとって、リセの言葉は渡りに船だった。


「もうそんな時間か。

 参謀長、残念だがそろそろ行かねばならない」


 参謀長にどうしてもと頼まれて第二方面艦隊の時と同じ口調で別れを告げると、参謀長は残念そうに眉を下げた。捻じ曲がっていて分かり辛いが、どじょう髭も微妙に下を向いている。


「そうですか、できれば長官ともっとお話をしていたかったのですが、致し方ありませんな」


 口ではそう言うものの、参謀長は中々僕の手を放してくれない。


「ああ、次は状況が落ち着いた時にでも会おう」


「閣下、あと少しで出発の時間です」


 リセが急かすと、ようやく参謀長は両手を離した。


「長官、私はあなたから受けた恩を決して忘れません。

 何かありましたら何時でも私にご一報ください。

 すぐさま長官の下に駆けつけてみせましょう」


 参謀長はそう言って右手を額横に当てて敬礼を行った。


「うん、ではな参謀長、また会おう」


 参謀長に答礼し、しばらくそのままでいてから僕は彼に背を向けて舷梯を渡った。何だかんだ言って戦友との別れは寂しいものだ。

 僕とリセが渡り終わって舷梯が収容される際にチラリと埠塔を見ると、未だに敬礼をして見送ってくれている参謀長の姿が見えた。




 新暦302年6月31日。第二方面艦隊の中核戦力であったトロンマロン艦隊は、多数の民間輸送船を引き連れてブレンネイスン港を後にした。

 この時のトロンマロン艦隊は戦艦8空母14重巡8軽巡11駆逐艦33強襲揚陸艦8補給艦84民間輸送船97という総勢263隻もの大所帯であり、トロンマロン艦隊が去った後のブレンネイスン港は、それはもう寂しいことになっていた。


 トロンマロン艦隊は北西に針路を取り、一般輸送船の巡航速度である20ktつまり37km/hで航行する。その際、トロンマロンと進路を同じくする中小領主の艦隊も同行した。

 これは移動中だけでも大戦力の庇護を受けるためであり、軍事力の弱い中小領主が襲われないように移動するための一つの術である。


 その際、通常は庇護を受ける交換条件として艦隊の指揮権を移譲するので、大戦力側としても移動中の戦力が増えるということでまあ、良しとしている。

 庇護を頼る場合は大抵長距離移動の際であり、レールヴィク王国内では分離する領主はいなかったが、隣国であるダーラルナ帝国の国境を越えたあたりでチラホラとトロンマロン艦隊から分離していく領主が出始めた。




depotoirデポトワール艦隊、事前の通告通り我が艦隊から分離していきます」


 トロンマロン艦隊旗艦マロマロンのCIC(戦闘情報指揮所)。そこでオペレーターの報告を聞きつつ、我が艦隊からだんだん離れていっている7隻の艦隊が映っているディスプレイを眺める。


 重巡2軽巡1駆逐艦4の小規模な艦隊の先頭をいく重巡洋艦からチカチカと光が放たれた。


「depotoir艦隊から発光信号。

 内容は『同行感謝セリ 貴艦隊ノ航海ニ幸運ヲ祈ル』」


 ふむ、態々(わざわざ)発光信号で送ってくるとは律儀な奴である。作戦行動中ならばともかく、ただの帰り道で無線封止に気を使わなくとも良いのに。


「戦友の幸運を祈る、とでも送っておいてくれ」


 僕がそういうとオペレーターはすぐさま担当の部署に連絡し、指示通りの発光信号が放たれた。

 ゆっくりと、しかし確実に我が艦隊から離れていく戦友を見送りつつ艦隊は先に進んでいく。


 現在航行しているダーラルナ帝国は北西大陸最大の国家であり、セラフィアにおける5大国の一角だ。そして僕が所属している国家でもある。

 国境線を越えた訳だが、セラフィア世界の国家は中央政府を中心とした諸侯による連合体という面が強く、国境に接する領地の諸侯が納得していれば、国境をまたぐ際に面倒な手続きは要らないのだ。

 まあ、今の場所はダーラルナ帝国南東部であり、南西部に位置する僕の領地にとっては外国と似たようなものだ。まだまだ先は長い。




 針路を進むにつれて他の領主たちはどんどん分離し続けた。そしてトロンマロン艦隊がブレンネイスン港を出港して11日目、最後まで同行していた艦隊が分離して数時間後、ようやくトロンマロン艦隊は故郷であるトロンマロン領に入ることができた。


 そのことを知らせる放送を艦隊全体に流したときは、NPCとプレイヤーの区別なく皆が待ち望んだ喜びに沸いた。如何に大量の輸送船を揃えたとて、100万人近い人数を詰め込むと割り当てられるスペースは極めて小さなものであり、皆が一刻も早い航海の終了を望んでいたのだ。


 そしてブレンネイスン港を出港して2週間後、トロンマロン艦隊は目的地であるトロンマロン領領都マロマロンに帰還した。

 時はセラフィアの暦で新暦302年7月14日のことであった。


ようやく領地につきました。

7話からは内政パートですね!!

感想はいつでも大歓迎です。


新暦:ゲームのサービス開始から始まった暦。西暦で1年経つと新暦で30年経ってる計算。

発光信号:光の点滅を利用した意思疎通の方式。音声通信よりもそれっぽい雰囲気を醸し出せる。モールス信号の光バージョン。

5大国:セラフィア世界に存在する5つの大国。実際は1つの超大国と4つの大国。でもフレーズ的に5大国がかっこいい。

諸侯:領地持ってる貴族。主人公も諸侯の一人。

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