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第五話 狂気の忠臣

いよいよ本作のメインヒロイン(笑)が登場しますよ!

 母港であるレールヴィク王国Lord James子爵領領都ブレンネイスンに帰港した魔王城攻略作戦第二方面艦隊は、港を埋め尽くすほどの大群衆に出迎えられた。遥か昔より不可侵の魔大陸に侵攻し、恐ろしい魔王を討伐してきた第二方面艦隊の帰還は、民衆にとってはまさに英雄の凱旋だったのだ。


 空中に浮遊して航行する空中船舶は艦底部の構造により、そのまま着陸することができない場合が多い。特に艦底部にも兵装が設置されている軍艦は、そのほとんどが着陸できない。なので一般的な空中船舶の港における人員の乗り降りや物資の積み込みには『埠塔ふとう』と呼ばれる高い塔が用いられる。海上船舶における埠頭ふとうと同じ役割なので塔と埠頭をかけあわせている。

 空中船舶は埠塔の最上部に舷梯げんていを接続し、乗員の乗り降りや物資の積み込みを行う。弾薬などの大きな貨物は、大型の埠塔に設置されたクレーンによって積み降ろしされる。


 艦を降りた兵士達は埠塔から出た途端に押し寄せてきた群衆に飲まれ、盛大な歓待を受けた。人々は家族や知人を見つけ出して再会を喜んだり無事を確かめ合ったりしている。また、魔王討伐作戦には参加せず通常のゲームを楽しんでいて異世界転移に巻き込まれたプレイヤーたちが、降りてきたプレイヤーに何が起こったのか問いただしている光景もチラホラと見ることができた。


 そして艦隊司令長官トロンマロン侯爵率いる艦隊司令部は、魔王城攻略作戦発動まで第二方面艦隊司令部として使用していたLord James子爵の邸宅に向かっていた。




 艦隊の凱旋に沸く人々を眺めて時折手を振りつつ、僕らが乗る馬車はブレンネイスン港を後にした。出迎えとして用意された馬車は4人乗りであり、司令部は数台の馬車に分乗している。

 僕が乗る馬車の車内には僕とリセ、参謀長の他にやたらキラキラしている長身の男が乗っていた。


 サラサラのプラチナブロンドの髪と切れ長な青い瞳、中性的ながらもそれとなく男性らしさが感じられる無駄に整った顔立ち。北欧系らしい純白の肌はシミ一つない。180cmはあるだろう長身に白銀の洗練された騎士鎧を装備し、背中から生える純白の竜翼は綺麗に畳まれていた。

 もうなんというか隣に座る参謀長が石ころに見える程度には超絶的なイケメンであり、住む世界が違うなぁ、と思う程度にはキラキラオーラを身にまとっている。


 そんな彼は瞳を潤ませながらも、まるでようやく母親を見つけた迷子の幼子の様な感嘆に堪えた表情で僕を見つめていた。


 そして今にも泣きだしてしまいそうな瞳をさらに潤ませて、喜びと感動と感謝と尊敬と執着と愛情と狂気を足して2乗した感情が込められていそうな吐息をはいた彼はようやく口を開いた。




「あぁ、閣下……閣下、あぁ閣下!!!

 本当に…………本当に、無事で良かった……

 この世界に転移した時から閣下に万が一の事があったらと心配で心配で堪りませんでした。いえ、実際は魔王攻略作戦で別々の方面軍に配属された時から閣下の身の安全を案じておりました。もしも閣下に万が一の事があれば、私はどうなってしまうか自分でも分かりません。閣下に見送られて北西大陸行きの船に乗った時から閣下の事を常に思ってまいりました。閣下の事を考えたことのない日などありません。そもそも私は閣下による閣下の為の閣下の臣下なのでありまして、断じて閣下のもとを離れるべきではなかったのです。あぁ、きっと今回の事は魔王討伐のためとはいえ、閣下の許を離れてしまった私に対する罰だったのでしょう………転移してからの私の心を埋め尽くしたのは閣下への思いだけです。閣下が無事でさえいてくれたらと、何度神に祈ったことか。あれほど神に祈ったのは初めてです。私は―――――――――」




 僕の目をじっと見つめながら、狂気的かつ冒涜的なことを熱に浮かされたかのように語るこの男は、真に残念ながらVRMMOセラフィアにて僕の最も親しい友人の一人だ。

 AR-EJというプレイヤーネームで知り合いからはアルと呼ばれている。種族はドラゴニア、職業は勇者。典型的な公式チートである。


 彼は異世界転移した際、偶然北西大陸近くの海域に放り出され、偶然近くに放り出された船に乗って僕達が着く2日ほど前にはここに辿り着いていたらしい。全くもって運の良い奴だ。そして第二方面艦隊が帰還するということで、僕を出迎えるために港まで駆けつけて僕と先ほど合流した。


 僕に対する些か以上に行き過ぎた親愛を語る彼だが、魔王城攻略作戦にて僕とは別の方面軍に配属されたために配属先の北東大陸に旅立った時は、まだ許容範囲内とアウトの境界を行ったり来たりしているだけだった。しかし今はもう完全にアウトだ。

 この男にいったい何があったというのか。


 彼との出会いは過去に三度起きた大戦の一つ、第二次大戦のときだ。その頃はまだ初心者プレイヤーだった彼は偶然戦闘に巻き込まれてしまい、それを同じく戦闘に巻き込まれていた僕が助けたのが切欠だった。

 それで妙に懐かれてしまい、作戦前には彼の妹を紹介される程懐かれていたのだが……

 元々恩人である僕に対し盲信気味だったが、今の状態は越えてはいけないラインを越えてしまっている。


 僕の隣に座るリセは彼に対して強い悪感情を抱いているようで、1ヶ月放置された生ごみを見るかのような目で彼を見ながら、彼から護るように僕を抱き寄せている。

 彼の隣に座る参謀長に至っては、母親から持たされたお弁当箱の中身がキュウリ2本だった時の様な苦笑いを浮かべている。


 確か彼は魔王城突入部隊である第一方面軍に所属していたはずだ。きっと彼の事だから最前線で魔王と激闘を繰り広げたのだろう。恐らくその時、脳に何らかの致命的なダメージを受けたに違いない。きっとそうだ。


 僕は在りし日の友人の姿を思い出しながらも、現在の友人の狂気に満ちた言葉を聞き流していった。

 早く参謀長の家に着かないかな………







「―――― 真にお見苦しい姿を見せました」


 参謀長の家に着いたのはあれから1時間後だった。それだけの時間があれば、興奮状態も幾分か冷めるらしく、正気に戻ったアルがまず最初にしたのは謝罪であった。

 しかし先ほどのアルの言動は車内にいた人間の脳裏にしっかりと刻みついており、底辺に落ちるどころか別次元に行ってしまったアルの評価が元に戻ることは極めて困難だろう。


 僕と参謀長はアルの謝罪を快く受け入れながらも、馬車を降りてからの移動の際にはアルとの距離が確実に以前よりも離れていた。

 リセに至ってはアルを完全に無視していた。


 参謀長の家は4階建てのバロック様式で建てられた巨大な邸宅だ。100は下らない部屋数を誇るだろうその威容は、誰もが思い描く典型的な貴族の邸宅である。家を見ただけでも子爵家の権勢が良く分かる。


 玄関の前には使用人40人程度がずらりと並び、家宰かさいと思わしき初老の男性が代表して出迎えの挨拶を述べていた。




「さて……ではアル、クエストをクリアした際の様子を説明してくれないか?」


 参謀長の邸宅に着いた我々は広めの会議室に案内された。そして現在は異世界転位時のアルの話を皆で聞こうとしている。

 異世界転移は魔王討伐クエスト達成直後に発生しており、転移に魔王討伐が何らかの形で関わっているのではないかと考えたためだ。


 馬車の中で聞いても良かったのだが、当のアルの状態が極めてアレだったのだ。

 アルは僕から頼られていることを感じたのか、少し嬉しそうな顔で話しだした。


「もちろんですとも!!

 ………といっても、あまり大したことはありません。

 クエスト達成の音楽が流れだした瞬間、魔王の死体が光って気が付いたら海に落ちていました」


 そういって少し申し訳なさそうな顔になったアルだが、彼は本人が思っている以上に重要なことを言ってくれた。


「君が転移したのはファンファーレが鳴った瞬間なのだね?」


 僕が確認のために尋ねると、アルは訳が分からなそうに頷いた。まあ、アルが気づかないのは仕方ない。しかし僕と同じ点に気付いたであろう人間は何人かいるようで、少しざわめきが聞こえた。


「実は僕達が転移したのはファンファーレが鳴って数秒から数十秒後の事だったんだ」


 僕がそう言うとアルは一瞬、驚愕に目を開くと次の瞬間には納得したかのように頷いた。


「つまり転移は世界で同時に起きたわけではなく、魔王の死体を起点にして急速に影響範囲を広めたということですな」


 参謀長が僕の言いたかったことを掻っ攫う。参謀長のチャームポイントである良く整えられたどじょう髭が、気分良さげに揺れた。

 僕の中で参謀長の好感度が半減した。


「まあ、そういうことだ。以前、第一方面軍の参謀長や第二方面軍の方にも同様の事を聞いたのだが、その時はファンファーレが少し鳴ってからとしか聞いてなかったので気づかなかった。

 しかし君の情報によって、異世界転移の原因に魔王が関連しているということが分かったんだ。


 これは途轍もなく価値ある情報だよ、教えてくれてありがとう」


 僕がそうお礼を言うとアルは途端に表情を綻ばせ、実に嬉しそうな顔になった。チョロイ奴である。

 しかしこれで異世界転移の原因を探るには魔大陸の中枢である魔王城に向かわねばならないことが判明した。だが魔大陸周辺に不可侵の障壁が張られている現状、その障壁がなくなるのを待つか、何らかの手段で障壁を突破しなければならない。


 よしんば魔大陸内に侵入できたとしても、魔大陸の住民がそう簡単に魔王城まで通してくれるとは到底思えない。

 ならば二度目の魔王城攻略作戦を行おうにも、現状それは難しい。

 今回の異世界転移によるプレイヤー達の混乱は、この世界に大波乱を巻き起こすことだろう。それはこの北西大陸も例外ではない。この大陸はちょっと思い起こすだけでも、幾つかの火種を抱えていた筈だ。流石にこんな事態の中、各プレイヤーもある程度は自重するだろうが、それはいつまで続くかわからない薄氷上の平和だ。

 こんな状況で全プレイヤー、NPCが一丸となった大作戦を発動できる訳がない。

 全くもって胃が痛くなるばかりである。




 この後、会議室での話し合いは数時間にも及んだ。そして翌日の昼、魔王城攻略作戦第二方面艦隊司令部は同艦隊の解散を宣言した。艦隊に所属していた各艦は補給を済ませ次第、それぞれの拠点に帰還することになる。


 世界を巻き込んだ大波乱を予感したトロンマロンはできる限り早く自領に戻るべく、領都ブレンネイスンにいる自分の傘下戦力を纏めはじめたのだった。


舷梯:船と埠塔をつなぐ橋や階段のこと。

超絶的なイケメン:テレビで絶賛売出し中の若手アイドルを見ながら「うわwwwこいつブッサwwww」と言っても文句言えないレベルのイケメン。

ドラゴニア:竜っぽい人。

勇者:つよい。

第一方面軍:魔王城に突入する部隊。トップクラスの戦闘力を持つプレイヤー30万人で構成される。突っ込むだけで国一つが滅ぶ戦力。

バロック様式:豪華な建築様式。すごく見栄えが良い。ヴェルサイユ宮殿もこの様式。

家宰:上位執事。


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