第四話 母港 挿絵あり
急ぎ足で艦隊編を終了させました。でも領地に行くまでもう少しだけかかります。
高度3000m、そこは地上の3分の2程度しか大気が存在せず、気温は20℃も下がってしまう。そんな世界に無数の艦艇が巨大な雲を突き破って次々と出現した。
無数の艦艇群は大きさや形も様々であるが色までも異なっており、白や灰色、はたまた水色であったり緑色であったりと、それぞれの艦艇で別々の彩色がなされている。それだけ見ると子供が見ても統一された集団には到底見えないだろう。
しかしその艦列は良く統制されており、単縦陣を横に数十列並ばせたものを5段重ねた陣形を一切の乱れもなく航行していた。単縦陣とは、船が進行方向に対し一直線に並んだだけの単純な陣形のことである。
時刻は昼下がり、第二方面艦隊は燦々と照りつける太陽の下、進路を北西にとり30ktの速度で空域を航行していた。ktとはノットと読み、1時間で1海里、およそ1852mを進む速さのことである。30ktとはm換算で約56km/hである。
その艦列の中央には無数の艦艇の中でも一際巨大な戦艦が存在した。この艦こそ第二方面艦隊旗艦『マロマロン』である。全長360m全幅50m満載排水量22万tという途方もない大きさは艦隊旗艦として相応しい威容を放っていた。
艦の形状は、大まかに言えば葉巻型の船体の上下に砲塔等が設置されている。平面上の甲板があるのは上部だけであり、底部は舷側と同じく装甲がむき出しとなっている。艦艇のデザインとしては、イージス艦などに当てはまる西暦2000年以降のスマートなタイプではなく、第二次大戦期に多く見られる戦艦大和などに近い。
マロマロン上甲板の檣楼上部に設置された第一艦橋。防弾性を考慮してやや小ぶりな窓からは艦の中心線上に配置された3基の55口径56cm4連装砲塔が見える。窓から差し込む強烈な日光に目を細めながらも空の景色を眺めていた僕はふと思った。
日焼けしちゃうかもな……
第二方面艦隊司令長官トロンマロン侯爵、僅かな間でも日光に当たると日焼けが心配になる引き籠り気味なもやしっ子である。
無性に日焼けが心配になり、それまで座っていた長官席から立ち上がって第一艦橋の奥に設置された空図台の方へ移動する。日に焼けるとすぐに肌が赤くなって激痛に襲われる人間としては、日焼けとはできる限り回避したい物なのである。
とはいっても窓からの景色を眺めることができなくなったのは、暇な航海中では手痛い事態である。常に僕の側にいる副官のリセと話すのも良いが、唐突な話のネタなんてそう簡単に思いつくものではない。ゲーム外では理系大学院生だった僕は、伊達や酔狂で年齢と彼女いない歴が等しい訳ではないのだ。
男の園で長年暮らしていたので、男性相手ならば話のネタなどいくらでも湧いてくるのだが、女性相手ではてんでダメだ。性の違いによるコミュニケーションの壁は異性経験が少なければ少ないほど高くなっていくものである。
そんな益体もないことを考えつつ空図を眺める。空図には付近の地形の上に艦隊を示すマーカーとその予定進路が二次元画像で映し出されていた。北西に存在する陸地に向かって進んでいることは分かるのだが、縮尺が微妙に小さくて見ていてあまり面白いものではない。
僕は自分以外が空図を見ていないことを確認すると、空図についているコンソールを少々弄って縮尺を変える。一応リセも見ていたが、どうせ僕に合わせて何も考えずに見ていただけであろうから気にはしない。短い期間だが、リセと一緒にいて彼女の性格が薄らと分かってきた。
設定を変えて縮尺を最大にすると、この世界セラフィアの地図が映し出された。中央にある一つの大陸を取り囲むように地図の対角線上に存在する4つの大陸。これがこの世界の全容だ。
中央に位置する大陸は魔大陸、魔王討伐クエストにて僕たちプレイヤーが侵攻した大陸。救助活動中に侵入を試みた竜騎兵からの報告では、現在は障壁で大陸全域が囲まれているようで、侵入できないらしい。魔王討伐クエストが開始されるまではゲームがサービス開始したときからずっと同様の状態だったので、元の状態に戻ったということだろうか。
北東にある大陸は北東大陸、安直なネーミングセンスだが、これが公式設定なのだから仕方がない。サービス開始から10年が経った今では分かりやすくて良いじゃないと、運営は開き直っていた。北東大陸は世界最大の大陸であり、世界人口の半数以上を有する。広大な土地に膨大な人口、豊かな資源に多くのダンジョン。VRMMOセラフィアのメイン舞台であり、大手ギルドや大領主の多くが存在している。
南西にある大陸は南西大陸、人口が少なく険しい山々と広大な砂漠が多く見られる地だが、地下資源が豊富であり、工業系生産職プレイヤーの聖地でもある。世界最大の地下都市が存在し、大陸沖の海底には世界唯一の海底都市が存在する。また、常に大量のモンスターが這い出てくる特殊ダンジョン『大地の穴』が存在するため、経験値稼ぎのプレイヤーや戦闘狂が集まることで有名だ。しかし領主プレイヤーにとっては農作物がとれない、領民が少ない、大地の穴から出てきたモンスターに領地を荒らされる等の理由で不人気な土地である。
南東に位置する南東大陸は自然豊かな土地だったはず。
そして北西にある大陸、北西大陸こそ我々の目的地である。大陸の半分が冷帯に属しており、温暖な気候なのは南部のみ。人口は南東大陸よりも少し多いくらい。北東大陸には大差で負ける。
面積も南東大陸よりやや広いくらい。北東大陸には到底勝てない。
栄えているかと聞かれれば、南東大陸や南西大陸よりも栄えているとは言える。北東大陸様には敵いませんよ……えへ、えへへ。
まあ、そんな北西大陸だが、第二方面艦隊の母港がある地であり、僕の領地もこの大陸にある。何だかんだで良い場所だよ。
あとNPCは北欧系で美人率が高い!
僕は北西大陸NPCであるリセをチラリと見て、やっぱり北西大陸が最高だなぁ、と思いました。
暇を持て余しつつ何だかんだ司令長官としての仕事をしたり、救助した各方面軍の高官たちと協議を重ねたりしている内に航海は進み、目的地である第二方面艦隊母港レールヴィク王国Lord James子爵領領都ブレンネイスンが見えてきた。
Lord James子爵領、つまりウチの参謀長の領地である。領都ブレンネイスンはレールヴィク王国有数の港湾都市であり魔大陸にも近い場所だが、第二方面艦隊に属す大量の艦船を受け入れるには少し手狭なところだ。それにこう言ってはなんだが、様々な利権の集中する第二方面艦隊の母港が子爵領に設定されるというのも、いまいち納得がいかない。
なんというか…………謀略の臭いがプンプンするね!
しばらくして参謀長はレールヴィク王国最大手ギルドの幹部だったことを思い出したが、今のところはどうでも良くて10分後には忘れた。
船体の中央に存在し、分厚い装甲で囲まれたCICにて第一艦橋から見える映像が映し出されたディスプレイをポケー、と眺めていた僕は何の気なしに周りを見やった。
現在のCICには参謀長などの幕僚陣はおらず、通信員やオペレーターなどもいつものメンバーではなく別の人員に交代している。というのも、彼ら全員母港に帰還して第二方面艦隊が解散すると同時にこの艦を降りるからだ。
魔王城攻略作戦の各方面艦隊は、元々艦船を保有していたプレイヤーたちが供出して編成された艦隊だ。作戦中は指揮権を総司令部に預け、その総司令部から他のプレイヤーに艦隊ごとの指揮権を移譲する形となっている。
そして作戦が終了し艦隊が解散されれば、指揮権は元々保有していたプレイヤーに返還されるのである。CICの人員もプレイヤーだったが、これは艦隊旗艦ゆえの処置であり、本来のCICの人員はプレイヤーではなくNPCだった。
今CICにいない彼らはこの艦を降りるために荷物を纏めたり、思い出作りのために艦内を回ったりしているのだろう。そのお蔭で美人揃いのNPCオペレーターが戻ってきてくれたので僕としては万々歳である。
コミュニケーションはとれなくとも、美人は見てるだけで癒される。
VRMMOセラフィアはキャラクター作成の際、現実の肉体に準拠する。これはセラフィアに限らずVR( Virtual Reality :仮想現実)技術を使用したもの全般に共通することである。仮想といえども現実と異なる肉体になると脳や神経に大きな負担が発生してしまい、仮想空間と現実を行き来する際に酷い頭痛や眩暈、吐き気に襲われることになる。
そういうこともあって、キャラクター作成で弄れる外見は髪くらいである。だが個人差はあるものの、日常生活での髪型はその人にとってベストなものの場合が多い。そのため、ゲームだからと言ってあまり突飛な髪型に変えると非常に後悔することになるので、多くの人は元々の髪型に落ち着く。
聞くところによるとこの世界に転移した際、容姿が元に戻ったそうだがあまり大きな変化はなく、外見の変化によるトラブルは聞いていない。
これがVRではなかったらと思うと冷や汗が出てきた。もしもセラフィアでネカマなんてものが存在していたら、今回の異世界転移で大惨事になっていたことだろう。
自分の本来の外見が表示せず、匿名性の極めて高いものとして100年近く前から存在する某掲示板では、2096年になってもモラルの向上は見られず、ネカマや釣り、自演などが頻繁にみられる。
かくいう僕もネカマとして掲示板に書き込んでいるのは墓場まで持っていくつもりの秘密である。『現役女子大生だけど質問ある?』というスレッドの2090年からたてられたものの内、5分の1は僕がたてたものだ。
第二方面艦隊がブレンネイスン港に入港すると、出征していった者達を出迎えるために集まった大勢の市民で港が溢れかえっていた。出港の際にもパレードなどが開かれ、盛大に見送られたものだが、その時に集まった人数と今集まっている人数とでは比べようもないほど後者が圧倒的多数である。
この要因は間違いなく、意思を持ったNPC達が自発的に出迎えに出た結果であり、この光景を見た第二方面艦隊のプレイヤーたちは改めてこの世界とゲームだった頃の世界が全くの別物であると実感した。
それまでは船という閉ざされた空間の中で生活していたこともあって、NPCが意思を持ったと理解していてもせいぜい良い話相手ができた、簡易な命令でも柔軟に動いてくれるので助かる程度の認識だったのだ。
それが眼下に広がる途方もない人数の人々というインパクト絶大な光景によって、NPCが意思を持つという意味をようやく実感できたのだ。
特にこれからそんなNPCを統治しなくてはならない領主プレイヤー達にとっては重い光景だった。今はただ出迎えの為に集まっただけなので良い。しかしこれが自分の統治に反対する領民達の大群衆だったら、と思うと領地の規模が大きい領主プレイヤーほど背筋に冷たいものが走った。
そしてこの時、第二方面艦隊の全領主プレイヤーの中で最高位に位置するトロンマロン侯爵は、人混みが苦手という田舎者によく見られる特性により、目の前に広がる人の海とも呼べる光景を見たことでちょっぴり気持ち悪くなっていた。
服装は司令長官らしい豪奢なものを着ているが、副官のリセに支えられつつ背中をさすられている姿はとても情けないものだなー、と気遣いのできる英国紳士な参謀長Lord Jamesはトロンマロンの方を見ないようにお空を眺めつつそう思った。
時にセラフィアの年号である新暦302年6月27日、異世界転移から5日間が経過していた。
もしも挿絵の挿入の仕方が分からない執筆者の方がおりましたら下記のURLのページに行くと良いですよ。私は挿絵挿入の方法が分からなくて苦労したので、一応載せときますね。
http://syosetu.com/man/sashie/
満載排水量22万t:船に燃料と弾薬、食糧、水を満載して、水を満タンに貯めたプールに放り込むと22万tの水がプールから溢れるってこと。
舷側:船の側面。
檣楼:上部構造物。軍艦とかの甲板上にある建物のこと。操舵室のある場所が存在している構造物のことね。これで分かんなかったらググってほしい。