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第二話 NPC

 救助の指示を出してから30分ほど経過した。

 空域各所に散らばっている麾下きかの空母からは竜騎兵が次々と発着艦を繰り返しており、海面を埋め尽くすが如く大量にいる要救助者を続々と救出している。しかしディスプレイに映る海面の様子を見る限り、要救助者の数は全く減った様子が見られない。


 それどころか、付近の捜索をさせた竜騎兵から新たな要救助者発見の報が次々と寄せられており、救助対象は減るどころか指数関数の如き猛烈な勢いで増大している。まるで魔大陸内に侵攻していた陸上部隊の全てが、大陸周囲の海域に放り出されたかのような現状に思わず頭を抱えたくなった。


 もういっその事、数十万どころか数百万に上るであろう要救助者の皆様にはリスポーンによる本拠地への帰還をお願いしたいところだ。しかし現場や救助者からの報告を聞く限り、彼らはどうやら本気・・で溺れているらしい。

 これは本来ならばありえないどころかあってはならないことだ。


 ここはVRMMO『セラフィア』という仮想現実の中であり、ここでの感覚というのは機械が脳に電気信号を送ることであたかも現実であるかのように勘違いさせているだけなのだ。ようは矢鱈はっきりとした夢を見ているようなものである。

 

 しかも仮想現実での感覚の強さは法律上、厳密に上限が決まっており、それはVRMMO製作会社はもちろん、仮想現実体感装置を製作している各メーカーにも徹底されている。なので、いくらセラフィアの運営および製作陣が頑張ったところで、仮想現実内の人間に溺れているかのような過度の苦痛を味わわせることなど物理的に無理なのだ。


 もう訳が分からない。全てを放り出して寝てしまいたい気分だ。

 それに麾下艦からの報告で気になるものもあった。なんというかNPCが無駄に人間臭いらしい。そしてAIも凄まじく向上したようで、プログラムにない言動を指示もしてないのに行ったらしい。

 このことに関しては本艦に搭乗しているNPCも同様らしく、各所で驚きの声が上がっている。一部では、セラフィアの世界が現実になったという声も出てきている。


 科学の発達した2090年代において全くもって馬鹿らしい限りだが、だからといって今回の現象にその他の理由が思いつくわけでもない。あえて無理やり科学的な理由を考えるとしたら『魔王討伐』クエスト中に全プレイヤーの仮想現実体感装置を起動したまま改造を行うという案だが、こちらも馬鹿馬鹿しい限りだ。

 それは紛れもなく犯罪行為であり、そんなことをしたらセラフィア運営会社は問答無用でテロ組織に認定される。そもそも、世界各地に散らばる1億を超えるプレイヤーにそんなことを行うなど土台無理な話である。


 検証として小さな傷を自身につけてみたところ、激痛と共に本物の血と皮下組織を確認できたという報告を聞く限り、仮想現実の世界が現実になったという案が現実味を帯びてくる。

 もしやこれが昔から伝わる異世界転移というやつなのだろうか……


 周囲の喧騒をよそに僕が考え事をしていると、CICに誰かが入ってくる気配がした。普通なら気にも留めないことだが、CICの入り口に目を向けた人間が揃って驚愕の表情をしている様子を見る限り、ただ事ではないのだろう。

 僕もチラリと入り口に視線を向けた。




「……… ぉおぅ」




 驚きで思わず声が出た。

 脳内が一瞬だけ真っ白になる。

 そこにいたのは女性だった。

 

 女性としては平均的な身の丈をしたその女性は、金糸の刺繍が入った純白のローブを纏っている。そして室内の反応など微塵も気にする様子もなく、悠然とこちらに向かって歩き出した。彼女が歩くたびに、膝のあたりにまで届く紫がかった銀の長髪がサラサラと靡く。パッチリとした碧眼が印象的な非常に端正な顔立ちであり、真横に伸びる長耳は彼女がエルフ族であることを示している。


 その女性が歩を進めるたびにリノリウムの床が鳴らすコツン、コツンという靴音が喧騒の中であっても耳に届いた。本来ならばこの場に来るはずがない、来てはならないその女性は僕の前まで来ると、クルリと回転する。

 一般ではお目にかかれないほどに長い紫銀の髪が、彼女の動きに合わせてふわりと舞うと、主張しすぎない桜の香りが僕の鼻孔をくすぐった。


 強い意志を感じる碧眼が一瞬僕の視線と交わるものの、次の瞬間には彼女の眼は伏せられていた。そしてゆったりと腰を屈めた彼女はようやく口を開く。




「言いつけを破ってしまい申し訳ありません、侯爵閣下 ………

 通常の事態とは甚だしく異なる現状、閣下の身に万が一のことがあってはと拙考し、参った次第です。


 言いつけを破ってしまった以上、どのような罰でも甘んじて受け入れます。ですが、どうかお願いです。私を閣下のお傍に置いて頂けないでしょうか?

 混乱が収まる間だけでも閣下をお傍で御守りしたいのです ………」




 そう言って髪が地面に触れることも厭わずに膝をつき、僕を縋り付くかのような上目遣いで見つめる彼女は、先ほどまでの凛とした様子など微塵も感じられない。それどころか手荒に扱えばたちまちち壊れてしまいそうな儚さが感じられる。

 これで彼女の願いを断る男がいたならば、その男は間違いなく同性愛者かド外道のレッテルを張られることだろう。


 縋り付くような瞳の奥に確かな決意を滲ませる彼女からは、自身のことなぞ全く顧みず、ただ只管ひたすらに僕の身を想っていることがひしひしと感じられる。

 僕は彼女の思いを感じることでようやく自分の中にある一つの思いが、覚悟と共に確かなものとなった。彼女を見た瞬間から芽生えたものだが、それは急速に形になり、そして確立した。




 このNPCは自分の意思を持って生きている。







 あの後、茫然としている人々を仕事に戻らせて引き続き救助活動の統制を取らせた。僕は相変わらず司令長官席に座って救助状況を見ている。

 チラリと僕の右後ろを見ると、白いローブを着た美人エルフが立っている。彼女がどういう存在であれ、あの願いは断れない。だって男の子だもの。


 見ている分には凛とした美人である彼女の名はリセ、僕がセラフィアのβテスト特典で入手したA級英雄ユニットだ。

 



 A級英雄ユニットとは何か、という疑問の前にセラフィアにおける領主職に関して少し説明する。


 VRMMOセラフィアにおいて領主とは、その他の職業全てと能力どころかゲームスタイルそのものが大きく異なっている。広大な世界で自由な生活を楽しめることが売りのセラフィアで、最もその恩恵を受け取ることのできない職種とよく言われている。

 基本プレイスタイルは、ひたすら領地にこもって領地経営である。


 Lvレベル上昇におけるステータス反映はほとんどなく、Lv1000の領主がLv30の後方支援職に接近戦で完敗する程度には、他の職業との間に隔絶した個人の戦闘能力差を持つ。一応、Lvに応じた高位装備を装備して戦闘能力を上昇させる事もできるが、豚に真珠である。農場経営に精を出すバリバリの生産系職業である農民に装備させた方が100倍マシだ。


 そんなゴミ同然のステータスを持つ領主達の身を守るために設定されたシステムが『英雄ユニット』である。

 領主職だけが保有できる戦闘系NPCである英雄ユニットは、通常のプレイヤーと同じように経験値取得によるLv上げができる。ランクはA,B,C,Dと格付けされており、階位が上がるほど強力な物となる。

 このランクはその英雄ごとに固定されており、A級英雄ユニットはLv1でもLv1000でもA級のままだ。


 単純なステータス性能では、最低ランクのD級でもその辺の同Lvプレイヤーと並び、最高ランクのA級ともなると、大抵のプレイヤーを圧倒できる。まあ、所詮はNPCなのでまともに戦えば、プレイヤーの戦術に嵌って簡単に撃破されてしまうのだが。


 


 僕は彼女を横目で見つつ、以前までの彼女の様子を思い出す。

 視線はこちらに向けているものの無機質な瞳、やや言葉のつながりに違和感のある平坦な口調、どんなことが起こっても何の変化もなかった表情。どれをとっても先ほどの彼女と大きく異なっている。現在の人工知能技術がどこまで進化しているのか正確に知っている訳ではないが、感情という概念が理解できる人工知能を開発するなど到底不可能であることは確かだ。

 

 あと数年で22世紀になるが、感情とは未だに人間固有の物であったはずだ。しかしNPCだった彼女が先ほど見せた者は紛れもなく感情である。

 

 僕はふと自分の手を見た。屋内に閉じこもっている者に多く見られる色白の手だ。何本かの血管がうっすらと見える。

 おもむろに親指の先端を口にくわえた。普段ならば絶対にやりたくないことだが、仕方ない。

 覚悟を決めよう。


 僕は目をつむり、歯に思いっきり力を込めた。

 途端、凄まじい激痛にすぐさま親指から口を離す。

 口内に錆びた鉄のような味が広がる。親指の先は真っ赤に染まっており、小さな傷口からは皮下組織が見えた。


 傷口から出ている血が今にも垂れてしまいそうで、思わず再び口にくわえた。再び襲う痛みに思わず顔をしかめるが、服や床を赤く染めるよりかはマシである。

 そして今もなお感じる痛みと先ほど見たグロテスクな皮下組織によって、やっと確信できた。


 


 これ現実だわ。




 ようやく認めた事実と現在進行形で続く親指の痛みのせいで涙が出てくる。そして僕の異変を察知したリセがすぐに僕の親指を魔法で治療する。

 瞬く間に損傷した皮下組織が再生し、新たな皮膚ができる様子は、僕の心に異世界という現実を叩きつけた。


「ありがとう」


 そんな状況でもお礼は言っておく。現実を認めたショックのあまりやや等閑なおざりになってしまったが、それでもリセは僕の言葉に嬉さと心配が混在した表情で応えてくれる。


「勿体なきお言葉です。閣下の御心を察することは私では到底叶いませんが、可能ならば閣下のお悩みを私にお聞かせ下されば幸いです」


 そう言って切なそうに微笑む彼女に、君の存在が悩みの一つだとは到底言えなかった。

 僕が何も言えず困ったように笑うと、彼女は悲しそうに目を伏せて元の立ち位置に戻った。

 罪悪感が胸に重くのしかかる。後でフォローしておこう。


 僕は後でリセにどんなフォローをするか考えつつ、こうしている間にもドンドン増えていく要救助者の発見報告を聞いていった。

 ああ、もう、なんというか、眠ってしまいたい ………!


 思わず漏れた僕の溜息は、CIC内を絶えず包む喧騒で瞬く間にかき消された。


ヒロインがやって参りました!

副官系のヒロインが割と好きです。

あといきなり竜騎兵とかいう単語だしちゃってごめんなさい。

物語が進むにつれて説明していくので勘弁です。


竜騎兵:この世界の飛行機。空飛ぶ竜の上に人が乗ってる。

発着艦:発艦と着艦。離陸と着陸。空に飛び立つ事と空から降りてくる事。

侯爵:貴族の階級。偉いほうから公爵>侯爵>伯爵>子爵>男爵>騎士爵。主人公は侯爵なので結構偉い。

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