第十九話 ストーカー被害と怒りの毬栗
「わ、私、ストーカーにあっちゃいましたぁ」
午前の執務中、いきなり執務室に駆け込んできたシェシュの第一声がそれだった。
シェシュは基本的に肝が太く、一寸やそっとでは動じないと思っていたのだが、初めて聞く怯えの混じった声だった。
「な、ななな、なんだって!!?」
僕よりも早く驚きの声を上げた者がいた。シェシュの兄であるアルだ。
彼はちょうど今日、マロマロンに帰ってきており、僕に帰還の挨拶をしにやって来ていたのだ。
僕も久しぶりに会う友人との話がつい弾んでしまい、ずっと話し込んでしまっていた。
まず先に妹よりも僕に顔を見せに来たアルだが、やはり妹は大事だったらしい。シェシュからストーカーにあっていると聞くなり、詳しい事情を聴くこともせずに執務室の窓から外に飛び出していった。
執務室は地上300m超の高さにあるのだが、背に生えた翼によって空を飛行できるドラゴニア族のアルは文字通り飛んで行った。
恐らく怒りのあまり抑えが利かず、当てもなく犯人を捜しに行ったのだろう。シェシュが駆け込んできてアルが飛び去るまでにかかった時間は僅か3秒足らず。
レベルを限界値である1000まで上げきった勇者職のドラゴニア族だけができる芸当だ。
あまりに早すぎる展開に、僕とシェシュはそれを呆然と見送るしかなかった。リセはアルが開け放った窓を閉じ、鍵を閉めていた。
しばらく呆然と瞬く間に小さくなっていくアルの姿を見送っていたが、リセがカーテンを閉めたことでようやく我に返る。
「えー、それで一体何があったんだい?」
僕はアルの事は一旦置いて、シェシュから詳しい事情を聴くことにした。僕の言葉を受けてシェシュも気を取り直す。
だがもう怯えはほとんど感じられなくなっており、アルの無鉄砲な行動も結果的には役に立ったのだろう。
「…… はい、実はここ最近のことですが、庭で訓練している最中、ずっと誰かからの視線を感じていたんです。
まあ、それ自体はいつもの事なんですけど、ここ最近は特に嫌な感じの視線だったんです。
それで今日、封筒が届いたんですが………」
シェシュはそう言って一枚の封筒を出して見せた。
僕はそれを受け取りつつ、シェシュを執務机越しにチラリと眺める。
いつ見ても極上の金糸かと見紛うばかりに輝く白金の髪は、この部屋まで急いで来たために多少の乱れはあるものの解れ一つなくサラサラだ。
文句の付け所もないほどに整った輪郭に、極上のパーツが黄金律の如き完璧なバランスで配置されている。
齢16歳ながらその身体は十分に成熟しており、特に胸部の膨らみは流石と言ったところだ。しっかりと括れた腰から尻までのラインは、誰もが羨む理想的な曲線を描いている。
スタイル抜群の絶世の美少女。
外見だけならばその言葉がこれほど似合う少女はそう居まい。
うん、こりゃ誰かが惚れるのも無理は無いな。
たまに行く食堂で色々な人たちの話を盗み聞きする限り、現在トロンマロン城に勤務する男性職員からの人気はシェシュ派とリセ派の二極状態らしい。
思えば今までストーカー被害に遭っていないことが不思議だったのだ。まあ、ウチの職員は立場上、ストーカーなんてできないのだが。
僕はそんなことを考えつつシェシュから受け取った封筒の中身を取り出す。
中には十数枚の便箋と何枚かの写真が入っていた。これだけで中身は見ずとも大体想像はつく。
それでも見てみないことには始まらない。僕は重い気持ちを奮い立たせて便箋を読んだ。
『やあ、シェシュさん。こうして手紙を出すのは初めてでちょっと緊張しちゃうね。俺とシェシュさんが会ってもう五日目。時間が経つのは早いよね。でも俺はずっとシェシュさんの事を見守っていたよ。シェシュさんが毎日庭で訓練しているところや、バルコニーでお茶を飲んでいるところ、花壇でお花を見ているところ。訓練の時はどんなに疲れていても真剣だったね。すごく偉いよ。抱きしめてナデナデしてあげたいくらいだ。お茶を飲んでいる時は、本当にリラックスしてるよね。そんな落ち着いた君の姿もとても可愛いよ。お花を見ている時はすごく楽しそうで、俺まで楽しくなっちゃうな。いつか二人でお花畑に行きたいね。マロマロンの郊外にすごく良い場所があるんだ。君の事は全部見守ってるよ。でも俺が見ているだけだと不公平だし、シェシュさんも俺を見たいよね。気が付かなくてごめんな。今はまだ会えないけど、もう少ししたら会いに行けるからそれまで待っていて欲しい。こういうことは恥ずかしいから書きにくいんだけど、俺の正直な気持ちだから書くよ。シェシュさん、君のことが好きだ。好きだ。大好きだ。本当に好きなんだ。いつでも君を見ているし、どんな時でも君のことを思っているよ。一秒でも早く君に会いに行けることをいつも願っているよ。僕たちの愛が誰からも邪魔されなくなる日が早く来ないかな?その時は絶対に君を幸せにするよ――――
――― 略 ―――
―――― 好きだよ。愛している。辛いだろうけど待っててね。必ず君を迎えに行くから。
君だけのレイナードより』
「お前かよ」
最後に書いてあった差出人の名前につい声が出てしまった。
名前書いてあるじゃん。犯人、もうほとんど確定したじゃん。シェシュと最近会ったレイナードなる人物と言ったら、僕には一人しか思いつかない。
そもそもVRMMOセラフィアは同名のプレイヤーネームはつけれないのだから、NPCにレイナードという人物がいない限り奴しかいないだろう。
何と言うか、ある意味予想外だよ!
完全に肩透かしを食らった気分で読み終わった便箋を置き、今度は写真の方を見てみる。
そこにはやたらキラキラした格好良い装備を着ている無駄にキメ顔のレイナードがキメポーズで映っていた。彼のありのままの姿を知っている身として、この写真がありとあらゆる箇所を目一杯加工されているものだと分かる。
実際の容姿を大幅に修正した写真を撮ってくれる機械で、大昔から『プリクラ』なるものが存在していたが。感覚としてはそれに近い印象を覚える。
僕としてはてっきりシェシュの隠し撮り写真かと思ったが、まさかの自分撮りだった。
ストーキング対象に写真を送る場合、対象の恐怖を煽り自身の存在を刻み付けるために対象の隠し撮り写真を送る場合が多いのだが、今回の物はある意味それよりも性質が悪かった。
「なあ、シェシュ。犯人の名前が書いてあるのだが……」
僕は写真を机の上に置かず封筒にしまい、シェシュに手紙の最後に差出人の名前が書いてあることを指摘した。
僕もアルもレイナードとは面識があるし、そのことはシェシュも知っている。これを始めから言ってくれたら、アルは今頃どこかの空を当てもなく飛ぶ必要もなかった。
「知りません!
写真に写ってる人も見たことないです!」
しかしシェシュからの返答は予想の斜め上を行った。
確か四日前に彼とシェシュは会っていた筈なんだが……
一応、会話もしていた筈なんだが………
確かに写真は別人だと思うのも無理はないんだけどね。
どうやらシェシュにとってレイナードとはその程度の存在だったらしい。いやはや、哀れな男だ。
心の中で彼に対し少しだけ憐れみが芽生えた。
まあ、僕の中でレイナードの株は底値どころか、値段もつかない紙切れ同然の価値になっているのだが。
戦闘系ギルドランキング2位に輝く『夜明けの鐘』で、かつて『名参謀』として名を馳せた彼は一体どこに行ってしまったというのか。
恋は盲目と言うが、いやはやなんとも、恐ろしい物である。
「いや、君とは四日前に会っている筈なんだが……」
僕の言葉にシェシュは四日前の記憶を探る。しばらくの時間が過ぎた後、シェシュはようやく思い出した。
「――― あっ、もしかしてあの気持ち悪い眼鏡ですか?
忘れてました」
ひ、ひでぇ。
仮にもセラフィアの最も有名な戦略家の一人だぞ?
シェシュの中でのレイナードの扱いに絶句するも、とにかく僕はリセにレイナードをここに出頭させるよう命じた。
ギルド『はみ出し者の止まり木』の事務所に出向いたり、レイナードの自宅を家宅捜索したり、レイナードを出頭させるためにそれなりの時間がかかるかと思われたが、予想以上に早くレイナードはトロンマロン城に連れてこられた。
捕まえてきた近衛兵に聞く限り、レイナードはシェシュがいつも訓練している庭の付近の城壁外周をウロウロしていたらしい。
シェシュはいつもこの時間に訓練しているから、シェシュの訓練を観察しているレイナードがその辺りにいるのも納得だった。
ストーカーを目の前にして、シェシュは取り繕うこともできず完全に怯えており、僅かに震えている。彼女の震えが、彼女が握る僕の服の裾から伝わってくる。
一瞬、文科卿を思い出した。
二人とも白い羽が生えてるしね。文科卿は天使の翼で、シェシュは竜翼だけど。
いつもアルとシェシュの兄妹には厳しいリセも、今回ばかりはシェシュに同情的だ。
レイナードの視線からシェシュを庇うように、怯える彼女の背中を擦っている。
シェシュは明らかに戦闘能力を喪失していて話し合いは無理そうなので、彼女の代わりに僕が前に出た。
「さて、レイナードさん、突然お呼び立てしてすみませんね。もちろんこんな事になった原因に心当たりはあるかと思いますが、一応確認しておきます。
今朝、シェシュ宛に届いたこの封筒。
差出人はあなたですね?」
僕はまるで罪人のように近衛兵から厳重に警戒されているレイナードを見つつ、懐にしまっていた封筒を取り出した。
周囲を取り囲む近衛兵を鬱陶しげに見つつ、不服そうに僕を睨んでいたレイナードだが、僕の取り出した封筒を見ても彼の態度に変化は見られない。
「当たり前です。ちゃんと俺の名前は書いてありましたし、写真も入ってましたよね?
それよりこれはどういうことですか?
何の罪も犯していない領民に対しこの扱い、間違いなく問題になりますよ!
これに対して然るべき謝罪と賠償はもちろんなされますよね!?」
レイナードはやや感情的になっていた。四日前の交渉で見せた理知的な姿はどこにも見られない。やはり恋が絡むと彼は駄目になってしまうのだろうか。
「閣下、レイナード氏からこのような物を押収しました」
喚くレイナードを無視して近衛兵が、片側にレンズとライトがついていて裏側には小型の画面といくつかのボタンがある小型の魔導具を僕に渡してきた。
魔導具とは魔力発生物質を動力として、刻まれた魔術式により様々な機能を発揮する物だ。
これはカメラと同じ機能を持たせた魔導具であり、消費型の魔力発生物質である魔晶を動力として用いるタイプだ。
魔晶はガーネットやシトリンなどの永続的魔力発生物質とは異なり、魔力を発生するにつれて消えてしまう消耗品である。
魔晶をセットする部分の蓋を開けて見ると、円柱状に加工された魔晶が嵌め込まれてあった。魔晶はほとんど減っておらず、新品をセットしたばかりだという事が分かる。
このタイプの魔導具は、現実での20世紀中盤から21世紀前半で実際に製品として発売された物を参考に作られているので、操作方法は説明書を見なくとも大体分かってしまう。
僕はボタンを操作して画像データを見てみる。
初めは封筒に入ってあったようなレイナードの自分撮り画像だった。気持ち悪いが、まだ合法だ。
しかし中盤以降、画面に映し出される人物が変わる。
剣を握って訓練しているシェシュ、汗を拭いているシェシュ、水筒から水を飲んでいるシェシュ、立体機動での着地に失敗して花壇に突っ込むシェシュ、慌てて隠蔽工作をしているシェシュ、庭師の御爺ちゃんに謝っているシェシュ、ティータイム中のシェシュ、花を眺めているシェシュ――――
―――― 見事にシェシュの写真で埋め尽くされていた。
「ひぃぃぃ」
「うわー」
僕と一緒に画面を見ていたシェシュが怯えた声を出し、リセは完全に引いている。
こりゃあ完全にアウトだなー。
シェシュが恐怖のあまり僕にしがみついてきたので、先ほどのリセの様に背中を擦ってやる。
「毬栗候、シェシュさんから離れろ!
それは俺のカメラだろう!
さっさと返せ!!」
シェシュが僕にしがみついたことが癇に障ったのだろう。レイナードが今までの雰囲気を一変させて激昂した。
一応、毬栗候と呼んでいるものの、敬語は無くなり感情が剥き出しになっている。
「いや、失礼ながらカメラのデータを見させて貰いましたが、完全に駄目なラインを越えてますよ。
もうあなたがやっている事は違法行為であり、紛れもない犯罪です。その事を自覚されてますか?」
相手が敬語をやめた以上、こちらもやめて良かったんだが、一応、レイナードに自覚を促すために先ほどまでと同様の口調で彼を諭した。
そう、もうこれは犯罪だ。領主プレイヤーはVRMMOセラフィアの作成元である日本国の法律か母国の法律を、統治している領内にて施行することができる。
そしてトロンマロン侯爵領での法律は日本国の物と同じだ。もちろんファンタジー要素溢れるゲームの中である都合上、銃刀法などの一部の法律は大きく変更されているが。
しかしストーキングや名誉棄損などのゲームに関係ない行為では、法律が適用される。これはVRゲーム内のモラルを保つために国際条約で決まっている事だ。
まあ、その条約に批准してない国で開発されたゲームには適用されないのだが。
確かストーカー行為は最大で懲役5年だった気がする。それを回避するためには示談だが、示談金の相場はストーカー行為では約1000万円だ。
かつての我が国では軽犯罪だったストーカー行為も、時代を経るごとにその刑罰が重くなり、2096年の今では立派な重犯罪の仲間入りをしている。
大抵の人はそんな犯罪を自分が犯していると告げられると、ショックを受けて一気に冷静になるものだ。
しかし目の前のレイナードはこれっぽっちも態度に変化は見られない。
「犯罪だと?
何を言ってるんだ。俺とシェシュさんはお互い好き合ってるんだ!
お前がそれを邪魔してるだけだろ!!
俺たちはお互いが好きなだけなんだ。それ以外は何も考えてない。頼むから邪魔しないでくれ!!」
レイナードが悲痛な叫びをあげた。言葉だけならば悲恋に暮れる哀れな男であり、僕が完全に悪役ポジションだ。事実、彼の中ではそうなのだろう。
ただシェシュの様子を見る限り、その思いは一方通行な思い込みというしかない。
「ぁあぁ、ぃや、ちがっ、いゃ」
シェシュは泣きそうな顔でこちらを見る。もう動揺しすぎてまともな言葉は喋れないようだ。震える唇から出てくる蚊の鳴くような声は、もはや言葉の態を成していない。
もちろん、レイナードの言い分が典型的なストーカー男の主張であることは、重々承知している。
もしも好き合っている者同士ならシェシュは彼の名前くらいは覚えている筈だ。
「いやいや、無理があるでしょう。冷静になりなさい」
「嘘だ!
お前は嫉妬してるんだ。お前は何でもかんでも自分の物にしようとする強欲な男だ!
空中大陸だってそうだ、なんで皆に開放しない?
お前は世界に一つしかない空中大陸を独占してるじゃないか!!」
彼に冷静になって貰おうとしたが、何故か空中大陸の話に飛んだ。今その話は関係ないだろ。
まあ、確かに空中大陸は独占してる。けどそれは大戦で僕が勝ち取った正当な権利だ。どの領主も大戦で得た利権を手放してない以上、僕だけが手放す必要は全くない。
それに空中大陸を取られたらウチの領土の防衛戦略上、大変よろしくない。
ちょくちょく空中大陸の権益を有力領主で分け合い共同統治しようなんて話が出てくるが、そいつらの狙いは、最終的には空中大陸の独占だぞ。
空中大陸の権益を求めてくる奴は誰もが独占狙いで、共有なんて誰も望んでいないのだ。
というかそもそも、僕は空中大陸を一般に開放している。言いがかりは止めて欲しい。
「いや、空中大陸は関係ないでしょう。
今はシェシュに対する君のストーカー行為の話でしょ?
論点をすり替えないで欲しいんだが」
「黙れ、屁理屈はもうウンザリだ!
そもそもなんで独裁政治なんてしてんだよ!!
皆に政治を開放しろ!
お前も民主国家の人間だろ!?
独裁なんて野蛮だ、独裁者、卑怯者!!」
レイナードの言葉に僕は思わず苦笑いをこぼしてしまった。それによって彼の怒りはヒートアップしたようで、もう罵詈雑言の嵐だ。
しかしこの部屋には僕らの他にも、リセや近衛兵、侍女がいる。
彼らが自分の主君を好き勝手言われて何も思わない訳がなく、今にも彼を殺してしまいそうな殺気を醸し出している。
もし視線だけで人が死ぬなら、彼が殺される回数は三桁に届くだろう。
レイナードの言う通り、僕は民主国家たる日本で先祖代々生まれ育った生粋の日本人だ。
でも別に民主制を賛美している訳ではないし、今の状況で民主制が最良の選択だとは到底思えない。嫌いじゃないんだけどね。
何故なら民主制は呆れてしまうほどに決定が遅く、主権者たる民衆が困難に対し我慢できるか極めて怪しいからだ。
他にも色々理由はあるが、その中でもこの二つは、現状の混乱では常識的に考えて致命的な欠点だ。
独裁政治は確かに暴走の危険がある。
だが領地経営に関わったことのない一般職の連中が、内政に首を突っ込む事の方が僕には危険に思えて仕方がない。
各自が自分の好きなように政治を動かそうとし、空中分解するのが目に見えている。
そもそも根本的な問題として、この領地は僕の領地だ。
最初の100人ぽっちの小さな村から、ここまで領地を育てきたのは他でもない僕なのだ!
なんで後からやって来た奴らに、丹精込めて育て上げた領地を差し出さなければならんのだ。
それほど領地が欲しければ自分たちで作れば良いだろう!
何故僕の領地で好き勝手しようとしてるんだ!?
そんなに僕の政治が気に入らないなら、別の領地に行けよ!!
「だから、今それは関係ないでしょ?
そんな事よりシェシュとの事を話し合わないか。
それとも君にとってシェシュとはその程度の存在なのか?」
「い、いや、そんなことは無い!!」
疲れたので僕がレイナードの恋心を挑発すると、彼はまんまと僕の策に嵌り、論点を元に戻すことができた。
よし、やっと話のペースが掴めた。
これで話が先に進む。
「まずは今の状況を整理しよう。
君とシェシュは四日前に初めて会った。それから今日まで一度も対面していない。
君は毎日気づかれないように彼女を見て、その姿を写真に撮っていた。
そして今日、この封筒を彼女に出した。
これが現状で良いね?」
僕が一つ、二つと指を立てながら今日までにレイナードがとった行動を説明する。
「まあ、間違ってないな」
なんか偉そうだな、コイツ。
彼に言われた罵倒は気にならないが、コイツの態度に何となく腹が立つ。
「それで君とシェシュとの関係だけど、初対面以来、話してないんだから進展しようがないよね?
彼女は君の名前も顔も覚えていなかったし」
「嘘だ!!」
「本当だよ、なあ、シェシュ?」
僕の言葉に即座に噛みついたレイナードを納得させるため、シェシュに確認を取る。
彼女はまだ声をうまく出せないようで、無言のままにおずおずと頷いて肯定の意を示した。
「う、嘘だ………」
レイナードは大きなショックを受けているみたいだ。
よし、追い打ちしよう!
「そういう訳だ。シェシュと君が両想いなんてのは、君が一方的に思ってる妄想でしかないんだ。
という事はだ、君は自分とは何ら親しくない未成年の少女に対し、毎日覗き見し、本人の許可なく写真撮影、つまりは盗撮していた訳だ。
封筒の件に関しては差出人の名前が書かれてあったし、内容も脅迫的な事は一応書いてなかったから、恋文としてこれだけは合法だな」
「っえ、いや、俺は、その」
流石のレイナードもショックで少し冷静になったらしい。僕の口から語られる客観的に見た己の犯罪行為に狼狽している。
どうみてもアウトなことにようやく気付けたようだった。
「いいかい、もう自覚してるとは思うが、君がやっていた行為はストーカー、つまりは犯罪だ。
分かるよね?
犯罪を行った以上、領政を執る者として君を処罰しなきゃいけない。
もちろん君の所属するギルドにも、ある程度責任を取って貰わなければならなくなる」
「なっ…… 彼女らは関係ない!
彼女らには手を出すな!!」
僕がギルドの事を言うと、レイナードは完全に正気を取り戻したようだ。
やはり性根までは恋に毒されてはいなかったらしい。
だが、残酷なことにもう手遅れだ。
「いいや、関係あるんだよ、これが。
何せ君はかのギルドで副ギルドマスターという地位に就いているんだ。君を要職においたギルドには、君に対する社会的責任があるんだよ。
君が功績を挙げればギルドの立場も上がるんだが、今回やった事はそれとは真逆の行為だ。
つまりギルドにも真逆の悪い影響が出る」
僕はレイナードに現実を教えてやる。高い地位に就く者は大きな権力を手にする一方で、責任も生じるから自分の行動には細心の注意を払わねばならない。
「そんな、た、頼む、いや、お願いします!
彼女たちだけは助けて下さい!
俺はどうなっても良いから、お願いします!!」
レイナードがそう言って土下座した。
何度も頭を上げ下げし、その度に床に頭を叩きつけている。
まあ、床には分厚い絨毯が敷かれているので全く痛くないのだが。
しかし彼の声は震えており、頭を上げた時にチラリと見える目元には涙があった。
土下座を見ていると、こちらが悪いことをしている様に思えてくるから不思議だ。
彼の様子を見る限り、彼はギルドの事を本気で大事に思っているようだ。これは良いことを知った。
「君を赦すかどうかは僕が決めることではない。被害を受けたシェシュが決めることだ」
もう僕の役目は終わった。あとは彼女が決断するだけだ。
僕はシェシュの背中を押して彼女を促す。
まだ恐怖が残っているのか、シェシュは少し抵抗するが、僕の手を握って勇気を振り絞り、前に出てレイナードと対面した。
レイナードも正座のまま顔を上げてシェシュと向き合う。
お互い、向き合うだけで一向に口を開く様子を見せない。
シェシュは未だにレイナードを怖がっており、レイナードは今更ながらに彼女への罪悪感で何も言えないでいる。
しばらく場を気まずい沈黙が支配する。
レイナードを囲う近衛兵たちが苛立ちながら剣の柄に手をかけている。
リセは何時の間にやら杖を取り出している。
侍女は絨毯を掃除する準備をしている。
僕は視線に力を込めて彼らに自重を促す。
思えば、レイナードは僕を随分と罵倒していた。多分、僕が止めていなければ、僕の臣下によって今頃彼の首と胴体が物理的に別れを告げる事態になっていただろう。
やがてシェシュが口を開いた。
「あ、あの、その…… も、もう近づかないで下さい!」
シェシュの口からハッキリと拒絶の言葉が告げられた。
レイナードは自分があれほど恋焦がれていた少女の口から告げられた言葉に、改めて酷いショックを受けている。
レイナードの瞳からは先ほどとは違う種類の涙が流れた。
「ああ、分かりました……」
食いしばるような声で彼は答えた。彼は今にも死んでしまいそうだ。
「だ、だったら…… もう、いいです」
しかし次の瞬間、シェシュの言った言葉にレイナードが呆けた。
リセや近衛兵たちの表情があからさまに歪む。
「トロンマロンさん、もう可哀そうなので赦してあげて下さい」
シェシュが涙目でプルプル震えつつも、ハッキリした声で言った。
どうやらこの少女は『赦す』という選択をしたようだ。
リセたちが露骨に気に入らないと言いたげな表情をしている。
近衛兵は剣をカチャカチャと揺らして必死にアピールする。
「本当に良いのかい?
もしかしたら彼はまたこういう事をするかもしれないよ?」
僕は彼女の気持ちが変わらないか確かめる。後々後悔するような選択を大切な妹分にして欲しくは無い。
リセたちは僕の言葉に希望を見出したようで、シェシュに見えない位置から僕の言葉を煽っている。
『しょ・け・い!
しょ・け・い!』
口パクではあるが、彼らの言いたいことが手に取るように分かる。
「はい、構いません。
…………… だって、その時はまた守ってくれますよね?」
シェシュが縋り付くように言った。
彼女の瞳からは僕への全幅の信頼しか感じない。
はは、参ったね、こりゃ。
もちろん僕には断るなんて選択肢はない。
「仕方ない。君がそれで良いなら、今回は誓約書を書かせて示談だな」
僕がそう告げると、シェシュは感極まったのか、僕の体に顔をうずめた。
妹分が赦すと言っているのだから、僕がそれ以外の罪で彼を裁く訳にもいかんだろう。
リセたちには今回ばかりは我慢して貰うほかない。
「ありがとう…… ありがとう」
レイナードは床に蹲って、ずっと礼の言葉を繰り返している。
これが演技だったら大したものだ。
誓約書には、今後一切レイナードがシェシュにあわない、近寄らない、話しかけないことを書かせた。
この誓約書に漫画の様な魔術的な強制力は一切ない。お互いが守る気がないならただの紙切れだ。
セラフィアにそういう便利機能がついた誓約書があれば良いのだが、そんな便利なものはない。
しかし見届け人として僕の名前を署名し、誓約書の署名は呼び出した法務卿の前で行った。
ここまでしてもし破ったらトロンマロン侯爵領に喧嘩を売ったことになり、遠慮なく領軍でギルドごと叩きのめせる。
それに今回のことでレイナードの大きな弱みを手に入れた。これで彼の動きを大きく制限できるだろう。
引き取りに来てもらった『はみ出し者の止まり木』の御一行に連れて行かれるレイナードの背を見送りながら、僕は厄介な人物に大きな枷を嵌めることができてほくそ笑んだ。
これにて一件落着だな!
あの出来事の後から、それまで頻繁に身体的接触を図っていたシェシュが何を思ったのか少しよそよそしくなった。
前までは隙さえあれば腕に引っ付いてきたのだが、今では一緒にいる時でも微妙な距離感を感じる。
もしかしてレイナードへの追い込みに引かれたか?
それともこれが兄離れってやつ?
僕はその日、枕を濡らした。
それから二日後のことだ。毬栗騎士団中核メンバーが空中都市ブレイザに到着したとの報が入った。
ついでにアルが戻ってきたのはそれから更に一日経った後だった。
『ストーカー被害にあってます』
1.可憐な戦乙女さん(マロマロン)
どうしたら良いですか? 助けて!
2.はみ出し者なギルマスさん(マロマロン)
ストーカーとか許せない、サイテーだね!
3.ルーキーな近衛兵さん(マロマロン)
そんなことより主君が食堂に来る件について
4.可憐な戦乙女さん(マロマロン)
≫3 スレチだろ 別スレ立てろks 消えろ
5.毬栗商工会なギルマスさん(マロマロン)
≫4 ひでぇwww いいぞwwwもっとwwやれwwww
6.毬栗騎士団な副ギルマスさん(ブレイザ)
≫1 ガンガン行こうぜ!
7.空中毬栗騎士団なギルマスさん(船の上)
馬鹿ばっか。≫1さん、馬鹿共のことは気にしない方が良いですよ。
相手に自分が嫌だという気持ちをハッキリ伝えることが大事です。
私も大切な人がいるのですが、いつも自分の気持ちを伝えられずウジウジして、
今すごく後悔してます。
こんなことなら早く気持ちを伝えておくべきでした。今頃あの人はどうしてるんでしょう? 心配でついつい周りに当たっちゃいます。
8.毬栗騎士団なギルマスさん(船の上)
≫7 長文うぜえ しかもスレとは関係ねえことばっか 半年ROMってろks
9.空中毬栗騎士団なギルマスさん(船の上)
≫8 あqwせdrftgyふじこlp;@:「」
10.ダーラルナな皇帝さん(ファルン)
荒れてるのぅ そんなことより余の出番はいつかのぅ?
11.第二方面艦隊な参謀長さん(ブレンネイスン)
≫10 朝ご飯はさっき食べたでしょ、お爺ちゃん!
12.毬栗な文科卿さん(マロマロン)
ヒャッハァァァァ!
情熱がたりねぇぜ!!
テメェの気持ちくらいガツンと言ってやれ!!!
13.可憐な戦乙女さん(マロマロン)
みなさん、アドバイスありがとうございます。
やっぱり自分の気持ちを伝えることが大事なんですね!
14.毬栗な領主さん(マロマロン)
保護者の方に相談して警察に行きましょう。
15.毬栗騎士団な副ギルマスさん(ブレイザ)
≫14 空気嫁ks 腰抜けは黙ってろ!
16.忠臣なA級英雄さん(マロマロン)
≫14 が正論 何故か分からないが、無性にフォローしなきゃいけない衝動に駆られた
17.ヤンデレな魔王子さん(魔大陸)
≫16 なにそれ怖い
18.感想乞食な作者さん(秘境)
感想がほちぃ。メッセもおk。最新話の事じゃなくても大歓迎。
気軽に送ってね。




