第十五話 侯爵と食堂
トロンマロン城第十七会議室。会議室としては小規模の部類であり、10人に満たない人数での会議に使用される。テーブルと椅子だけが用意された簡素な会議室だ。
そんな第十七会議室にて、領主トロンマロン侯爵と内務卿、文科卿の三人が領政に関する会議を行っていた。
普段ならばトロンマロン侯爵の側には、実質的に侯爵の秘書である英雄リセが控えているのだが、今日は生憎と彼女はマロマロン近郊に突如出現した高レベルモンスターの群れの討伐に出かけている。
二人の部門責任者が侯爵に呼び出される形で始まったこの会議だが、会議開始から時計の短針が二つほど進む頃には会議もそろそろ終わりを告げようとしていた。
「で、でで、では、文科部門は今、までの初心者プレイ、ヤー用クエス、トを一部変更し、プレイヤーと、NPCの交流を、重視、する、ものにすると、いうことですな」
盛大にどもった上、言葉の所々を詰まりながらなんとか話し終えたのは文科卿だ。
内務卿である私の右の席に座るエンジェル族のこの男は、エンジェル族の特徴である頭上の光のリングを貫通しているピンクのモヒカンを筆頭に、見た目のあらゆる部分が奇怪だ。
初対面ではこの男が一部門の長だとは到底分かるまい。
「ああ、そのように頼む。内務卿も先ほど話したことをよろしく頼んだぞ」
私達の対面に座る私の主君たる侯爵閣下は、お世辞にも流暢とは言えない文科卿の口調をなんら気にされていないご様子だ。
「はい、分かりました」
閣下の言葉に了承すると、閣下は何時も浮かべている眉を顰めた気難しそうな表情のままゆっくりと頷かれた。
私や文科卿などの閣下に近しい人間からしてみると見慣れたいつもの表情だが、初対面の人間では閣下の権勢もあって些か気圧されてしまうだろう。
我が主君は文科卿とは違った意味で誤解を受けやすいのだ。
「では、今回の会議はここまでにしよう」
閣下はそう言うと自身の前の机上に広がる資料を片付け始める。私と文科卿もそれに倣って自分の資料を片付けた。
今回の会議は今朝閣下から私と文科卿に突然召集がかかり開かれたというやや異例の物だったが、内容は中々考えさせられるものだった。
この会議で議題に挙げられたものは主にプレイヤーとNPCの相互理解に関してだ。
魔王討伐後に起こった『異世界転移』という、プレイヤーの意識の本体がこちらの世界に召喚され定着してしまった現象によって、この世界でのプレイヤーと私達NPCの状況は大きく様変わりしてしまった。
多くのプレイヤーは私達NPCに対し不信感を抱き、NPCもそんなプレイヤーに対し不満や疑念を抱き始めている。
さらにそんな状況に追い打ちをかける様に世界的な大混乱、魔物の活性化とそれらによって引き起こされた流通網への大打撃。
このままではそう遠くないうちに大規模な暴動が起きるだろう。
それはここトロンマロン侯爵領とて例外ではない。魔物の群れによる辺境地帯の都市や街道への襲撃はここ最近増加傾向にあるし、犯罪発生件数にも増加傾向に向かう前兆が現れ始めている。
それらを食い止め、解消することが私達の仕事なのだが、実施する対策は巡回頻度の増加と治安維持人員の増員という、根本的な解決には至らないものばかりだ。
しかし今回の会議で侯爵閣下が提案された相互理解という概念は、魔物に関する問題はともかくとして、プレイヤーとNPC間における問題の解決へ向けた布石となるであろうものだった。
プレイヤーがNPCへ不信感を持つ中、プレイヤーである私の主君もいつ私達に対し不信感を抱き、私達の職権を剥奪されるのか、と不安を抱いてないかと言われると否定できなかった。
だが侯爵閣下はNPCの排斥ではなく共存の道を選ばれた。
例えどのような道を閣下が選ばれようと私の忠誠は変わらないのだが、NPCの身としては閣下の御決断を嬉しく感じるし、英断だとも思ってしまう。
トントン、と書類を纏めつつも閣下の方をチラリと見れば、何か気に障るようなことをしてしまったか不安になるほど不機嫌そうな仏頂面をされている。
ついでに右隣の文科卿をチラリと見ると、プルプルと全身を小刻みに痙攣させながら針金のように痩せ細った手で書類を片付けていた。
彼を見ていると閣下が外見や身分に囚われず、能力がある者を評価する方であることが十分に分かる。
「二人とも、この後は暇かね?」
片づけも終わった頃、あまり口数の多いとは言えない閣下に突然声をかけられた。
長年閣下に御仕えしているが、このような事態は初めてだ、
会議室の壁にかけられた時計を見ると現在の時刻はもうそろそろ正午になろうとしている。
この後は官庁街にある内務部門の庁舎に帰って昼食をとってから、今回の会議で決定されたことを関係部署と協議すことになるだろう。
暇と言うことはないのだが、他ならぬ閣下からの御言葉だ。断ることなぞ出来はしない。昼食はとらなくとも良いし、関係部署との協議も今日中にできれば問題あるまい。
「はい、何なりと」
「ははははいぃぃ、暇で、す」
私と文科卿が返事をすると、閣下は一つ頷いて立ち上がった。
私達もそれに続いて立ち上がる。それにしても文科卿の会話能力はどうにかならないものか。
「では昼食を共にしないか?」
閣下に御仕えして30年、初めて昼食に誘われた。
それ自体はとても光栄なことであり、喜ばしいことだ。
閣下の御誘いに私と文科卿が驚きのあまり一瞬の間を開けた後、即座に了承の意を伝えた。
そして今は閣下を先頭に私達三人連れだって食堂に向かっているところだ。
会議室を出た当初は閣下が普段食事をとられている食堂に向かうのかと思ったのだが、今歩いている方向はその食堂と正反対の方向だ。
閣下の執務室や私室のある方向とは正反対であるこちらの方向は、トロンマロン城に本拠を構える中央府や近衛兵団の事務室などが置かれている。
廊下を歩く人間も普段、侯爵閣下を見る機会のない一般の役人や兵士が多く見かけるようになる。
彼らは私達を見ると一様に驚愕した後、即座に廊下の端により頭を下げる。
私や文科卿は時々こちらの廊下を通るのだが、その時はこのような大げさな反応はせず通り過ぎる際に一礼するだけだ。
間違いなく彼らの態度は侯爵閣下によるものだろう。
決して私の隣で小刻みに震えながら出来の悪い絡繰り人形のように歩いている男のせいだとは思いたくない。
文科卿が今の地位に就いてからもう五年も経つのだから、彼はもう少し一部門の長としての態度を身につけねばなるまい。
私が横目で彼を見ていると、彼は怯えたように体を小さくする。彼は私が睨みつけているとでも感じたのだろうか。
私の顔は柔和なものでなく、こちらが目を向けただけのつもりでも相手は睨んでいると感じるのかもしれない。
しかし、だからと言って文科部門の長である文科卿ともあろうものが怯えるなぞ無様も良い所だ。
これで能力が低ければ上奏してでも今の地位から引きずり降ろす所だが、能力に関しては外見に反して極めて優秀なのだから始末が悪い。
聞くところによると、こんな人物でも文科部門の部員からの評価は良いのだから世の中とは不思議なものである。
私が文科卿に関して考えた間も私達は進んでおり、廊下には一般の文官や兵士が大勢見えるようになっていた。
彼らは皆廊下の両端によって頭を下げているのだが、数が多すぎて廊下には頭を下げた人間が一部の隙もなくズラリと並ぶ光景が出来ていた。
ワイシャツ姿の文官や鎧姿の近衛兵、白黒の侍女服を身に着けた侍女など職や身分などバラバラの人間たちが揃って頭を下げている光景は、一般の領民が見れば面白いと感じるものなのかもしれない。
そして今進んでいる方向を考えると、閣下が向かっている場所もおおよそ察することができた。
しばらく歩を進めると、開放されている両開きの大きな入口が見えてきた。
『毬栗食堂』という看板が立てかけられたあの場所は、トロンマロン城にいる者ならば誰でも無料で食事ができる場所だ。
主にまだ給金の低い一般の文官や兵士、侍女が食事をとる場所である。
今の時刻はちょうど昼食の時間である12時。食堂が最も混雑する時間帯だ。
どうやら私の主君はあの食堂で昼食をとられるつもりらしい。
私達を昼食に誘うばかりか、あのような食堂で昼食をとるなぞ以前までの侯爵閣下からはとてもでないが考えられない行動だ。
一体侯爵閣下に何があったというのか。
私達が食堂に入ると、混み合い騒然としていた食堂内の音が瞬く間に止まる。
食事をとっている人間、食事を注文している人間、食事を作っている人間、食堂にいる全ての者が事態を把握しきれずに硬直した。
全員がこちらを向いて調理音以外の物音ひとつ立てず微動だにしない。まるでこの場の時が止まっているかのような光景だった。
人はあまりに現実離れした事態にあうと思考を停止し、人形のように硬直してしまう。
訓練兵時代、教育担当の軍曹殿が言っていた言葉だ。
その言葉を聞いてその時は、例えそんな事態にあっても俺はそんなことにはならないと思っていた。つい先ほどまでもそう思っていた。
しかし今この瞬間から訂正しよう。
「総員起立!!
侯爵閣下に対しぃぃ敬ぃぃぃ礼ぃぃぃぃ!!!」
食堂内の全員が硬直する中、いち早く復帰したのは流石と言うべきか軍人だった。
誰かは分からないが、食堂内に響き渡る悲鳴のような号令一下、軍人も文官も区別なく席から立ち上がって頭を下げる。
敬礼には右手を額近くまで上げる挙手の敬礼や剣の腹を見せて掲げる剣の敬礼など様々あるが、この場ではこのやり方が正しい。
「よい、我らを気にせず各自の行動に戻れ」
若めだが不思議な威圧を感じてしまう声が、昼のピーク時とは思えないほど静かな食堂内に響く。
あまり大きな声ではなかったと思うが、不思議と頭に刻み込まれる。
気にしないで元に戻れと言われても、相手が相手なので中々頭を上げる決心がつかない。
それは俺の周りにいる奴らも同じらしく、頭を上げる気配は全く感じない。
しかし調理に携わる者は火を取り扱っているから別なようで、許しが出ると直ぐに仕事に戻っているようだ。
他の人間もそれに感化したのか、調理場を中心に人の動きが戻りだした。
俺もその波に乗ってゆっくり姿勢を戻して食事に戻る―――― 訳がない。
遥かな天上人である我が主君がいるのに、暢気に飯を食えるほど俺の肝は太くなかったようだ。
隣の奴の体に隠れるようにして、あちらの様子を伺う。
今俺がいる席は食堂の入り口からそれほど離れていない場所なので、その光景は良く見えた。
糞熱い夏だってのに濃紺のスーツをピッチリと着込み、その上からさらに蒼いマントを羽織っている若い男。
やたら不機嫌そうな顔は、昔、式典に参加した時に一度だけ拝見しただけだがしっかりと覚えている侯爵閣下で間違いない。
その後ろにいる堅物そうな初老のエルフはもしかして内務卿か?
見たことはあまりないから、いまいち判断がつかない。
そしてもう一人、生まれたての小鹿みたいに震えているエンジェル族は文科卿だろう。あのピンクのモヒカンは一度見たら忘れられない。
他の奴らも閣下たちの様子が気になるようで、露骨に凝視している奴は流石にいないものの皆気づかれないように様子を見ている。
俺はまだ近衛兵になって三年目のぺーぺーだが、閣下がここにいらした所は見たことがないし聞いたこともない。
閣下はキョロキョロと食堂内を観察して何かを探っているようだ。
内務卿っぽいエルフの老人、面倒臭いから内務卿で良いか。内務卿は閣下の後ろに立って黙って付き従っている。
文科卿はいつも通り震えていた。
そして閣下は何を思ったのか、配膳カウンターに続いている列に並び始めた。
既に列に並んでいたものは閣下たちが並ぶと、ギョッとして脇にずれて道を譲ろうとしていたが、閣下はそれを良しとせず最後尾に並んだままだ。
閣下の前の奴らは閣下に促されて元に戻ったが、今にも泣きそうなほど悲惨な顔をしている。
そりゃあ鼻歌交じりに自分たちの首をダース単位で物理的に飛ばせる上、自分たちが忠誠を誓っている主君が後ろに並んでいるのだ。
あいつらの気持ちは痛いほど良く分かる。ご愁傷様。
しかし、あの列に並ぶということは、閣下はここで飯を食うつもりか?
この食堂は配膳カウンターに置かれている料理を、カウンター前に置かれた皿に勝手に取って勝手に持っていくバイキング形式だ。
今はピークの時間帯だから配膳カウンター四列全てに料理が並べられている。
最後尾にいる閣下とて普通に考えて10分もかからずに配膳カウンターまで辿り着くだろう。
まあ、それは普通に考えてだ。
今の状況で前の奴らがまともに料理をとれるわけがなく、適当なものをとってさっさと配膳カウンターから離れている。
そのせいで列はすごい勢いで進んでおり、閣下が配膳カウンターに着くまで1分もかかっただろうか。
閣下の後ろには畏れ多すぎて誰も並んでいないし、誰も並べないので配膳カウンターには閣下たちしかいない。
閣下は当たり前のようにカウンターの入り口に置かれているトレーをとってその上に皿を載せると、手慣れたように料理を吟味し好きな量を盛り付けるという作業をこなし始めた。
侯爵閣下はバイキングなんてしたことないと思ってたんだが、一切の迷いなく料理を盛り付け素早く横移動している姿は、歴戦のバイキングマスターそのものだ。
大方の予想通り慣れない形式にまごついて、未だにカウンターの入り口付近で料理を吟味している内務卿と文科卿の二人とは大違いだった。
そんな二人も配膳カウンターの出口付近で待っている閣下の姿を見ると、閣下の前に並んでいた奴らみたいに適当なものを盛って急いで配膳カウンターを通って行った。
二人が配膳し終わったことを確認すると閣下は席を探し始めるのだが、目の前に誰も座っていないテーブルを見つける。
もちろん普通ならこの時間帯でカウンターの出口付近でテーブル一つ分空いているなんてありえない。
今までその席に座っていた奴らが、半分以上残っていた料理を口の中に無理やり詰め込むことで出来上がった空席だ。
閣下は不自然に思いながらもその空席に座ると、料理を食べ始めた。
今更だが、正直何が起こっているのか全く分からない。
なんで侯爵閣下が金欠御用達の毬栗食堂にいて、俺たちと同じもんを食ってんだ?
専属料理人はどうした!?
専用の食堂はどうなった!!?
ていうか何が起こってんの!!!?
「…… これは夢か?」
俺の対面にいる同僚がそんな言葉を漏らした。
夢だったら良かったんだがなぁ。
「――― やけに静かだな」
食事中の閣下が不意にそんなことを言った。
あなたがいるからです。
この場にいる全員がそう思っただろう。そんなこと口が裂けても言えないが。
「…… 閣下は何故このような場所で食事をとられるのですか?」
内務卿がこの場にいる全員が聞きたかったことを代弁した。
そうだ、それが聞きたかった。
よくやったぞ内務卿!
内務卿の疑問に閣下は食事を一旦止めた。
食堂内に嫌な沈黙が流れる。
閣下の表情は相変わらず不機嫌そうで、内心の変化は一切読めない。
閣下はその表情のまま周りの人間を見る。
皆閣下に直接目を向けることは無いが、自分が注目されていることは閣下自身も自覚しているはずだ。
「……………… 何となく、かな」
閣下がポツリと呟いた。
食堂内の時が止まった気がした。
「フットワーク軽すぎだろ」
誰かが思わず声を漏らす。
同感だ。
この後、何を思ったのか侯爵閣下は積極的に周囲の一般官吏に声をかけまくり、多くの人々に精神的重圧を撒き散らした。
本人としては気さくな領主として臣下と交流を図ったつもりだったが、終始しかめっ面であった事と厳めしい口調によって話しかけられた一般官吏らは、光栄に思いつつも異端審問が如き気分を味わうことになったのだ。
侯爵たちは食事が終えると食堂から立ち去り、食堂内にいた一般官吏らの心に平穏が取り戻された。
しかしその時の彼らは知らなかった。
実はバイキング好きだったトロンマロン侯爵が、これからもちょくちょく食堂に襲来することを………………
本編中で初となる主人公以外からの視点でした。
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