第十三話 書類と徹夜
領主の役割とは何だろうか?
いきなりそう問いかけられても、すぐに思いつくことは少ない。
領地を豊かにして、いざという時に戦う。
ぱっと思いつくのはこの程度だろうか。
領主の役割とは、領地の発展、領地の守護、国家への服従の三つに大別される。
大別すると三つに纏まるのだが、細かく分けるときりがない。
領地の発展に絞っていえば、社会基盤の整備、人口の増加、社会保障、経済振興、居住地の開拓、資源の採掘などなど、延々と書き連ねることができるだろう。
そしてそれらを領主は実行しなければならないのだが、これら全てを領主が指導する必要はないのだ。
そんなことをしていれば領地が小規模であればまだしも、数万、数十万の人口を管理するような領地になってくると、領主の体がいくつ有っても到底足りない。
そのために領主の役割をいくつかの部門に分別し、自分に忠誠を誓う優れた人材に大きな権限を持たせてそれらの部門を任せるのだ。
領主は大まかな方針を彼らに示せば、彼らは領主の意に従って任された部門を指揮するだろう。
領主はその仕事量を大幅に減少させつつ、領内を自分の意のままに動かせるのである。
しかしその最終的な責任は領内の最高位にいる領主が負わねばならないし、各部門が行うことの最後の確認は領主が行わねばならない。
細々としたことは部下たちの権限で決裁できるのだが、そんな細々としたことの集合体である全体のプロジェクトの決裁は領主が受け持つのである。
平時における領主の仕事とは、この決裁が大部分を占める。
時々会議が開かれたり、重要人物との会合が有ったりするが、おおむね書類仕事だ。
各部門から送られてくる書類を、内容を理解して既定の場所にサインし、判子を押す。
不備があれば書類に書き込んで返したり、担当者を呼び出したり、臨時の会議を開いたりする。
現在僕が行っていることは、つまり、まあ、そんなことだ。
昨日のシェシュとリセとのお茶会が、僕が覚えている最後の心穏やかな記憶だ。
昼食を食べてからは修羅場だった。
転移の混乱対策で大きな政策を連発した反動がついにやってきたのだ。
外務部門、軍事部門、内務部門、文科部門、財務部門、法務部門。
つまりウチの領地に存在する全ての部門が大量の書類を送ってきやがった。
僕の帰還直後に開かれた会議で、特に問題を上げていなかった法務部門でもそれなりの書類を作ってきたのである。
法務部門は各部門に対する監査の役割も持つので、各部門が揃って大きな政策を実行しつつある現状、仕方ないのだが、タイミングが少しずれてくれると嬉しかった。
『転移における混乱によって発生した諸問題に関する法整備』や『急激に増加傾向にある裁判件数の対策としての法務部門職員の大幅増員と裁判所の増設』など監査に関する書類以外の書類もさり気無く混ざっているところが憎たらしい。
僕の隠れた技能である速読技術のおかげで、かなりのペースで書類を消化していっている。大学に入学したばかりの頃、気まぐれで通信教育『WE CAN』の速読講座を受講していたことが役に立った。
受講代38000円が無駄にならなくて何よりである。
そんなことを考えている内に、書類の山を一つ切り崩すことができた。
今はもう夜の10時なので、昨日の午前中からデスマーチが始まったのだから、ずいぶん長い間ぶっ続けで決裁を行っていたことになる。
まだ徹夜一日目なので仮眠はしてないし、食事やトイレ休憩も一回で10分はかけていなかった筈だ。
それだけの間、集中して仕事をこなしていたのだから、机の上に並ぶ書類の量にも変化がある。
当初は3m近い横幅を持つ執務机を書類が部門毎に分けられて分厚い辞書ほどもある厚みの山を作ってあったが、今では書類の山が各部門に2,3個ずつある。
うん、増えてるね。
「閣下、内務部門からの新しい書類です」
リセが文庫本並みの厚さを持った新たな書類の束を持ってきた。
折角切り崩した敵戦力は、元に戻ってしまったようだ。
しかし僕の体力はまだまだ残っている。徹夜一日程度の修羅場なんて大学ではザラだったのだ。
僕の体はあと2日程度の徹夜ならば軽いと言っている。
中間発表前の修羅場を思い出せ。
僕の脳裏にそんな言葉が不意に過った。
若いって素晴らしい!
そんなことを思った僕は、23歳の大学院1年生である。
僕は書類を黙々と処理しながら、各部門が数日間デスマーチを繰り広げて作成した政策案を思い起こす。
内務部門の指導の下、移住者用の大型集合住宅は領内にあるほとんどの都市にて建造され、二ヵ月後には完成する計画だ。
完成後には数百万の移民を受け入れることが可能になる予定らしい。
それだけの大規模工事が二ヵ月程で完遂できてしまうのは、魔法の存在とジャイアントやドワーフなどのおかげだろう。
魔法によって大型の重機がなくても、巨大な建材を運べるし、3m前後の身長をもつジャイアントは、それ自体が重機みたいなものだ。
ドワーフは優れた技術で瞬く間に建材を組み立てるし、ジャイアントほどでは無いにしろ重い物でも片手で軽々持ち上げる。
セラフィア世界は、おおむね20世紀中盤の技術と文化なのだが、科学の代わりに魔法が発達している影響で、一部の分野では2090年代に迫る技術を持っていたり、19世紀と見紛うほどに遅れた分野もあったりする。
まあ、そんな分野でも魔法によって強引に解決していることが多いのだが。
内務部門は大型集合住宅の他にも、警察の増員にも今回踏み切っている。
現在、トロンマロン領には40万人ほどの公安関係者がいるのだが、それを10万人増員して50万人態勢を構築するつもりなのだ。
この増加した人員は、今後建造される移住者の居住区に配置されると書類には書いてあった。
また、この公安関係者の増員と連動して、軍の方でも警備艇を60隻ほど追加配備する。
これは転移する以前から決まっていたことであり、一ヵ月以内には建造が開始される計画を立てていた。
建造自体は1,2週間で終わるだろうが、それから訓練に一ヵ月を取られるので、使えるようになるのは二,三ヵ月後くらいだろうか。
警備艇は領内の治安維持で活躍しており、軍事部門から切り離して警察と指揮系統を統一させることも考えたのだが、戦時において哨戒任務や奇襲などで使用するので、軍事部門から切り離すことができないでいる。
こんな状況だし、駆逐艦をさらに増やして軍における警備艇の役割を任せようかな。そうすれば軍の能力も向上するし、警備艇と警察の指揮系統も統一できる。
しかしもう予算はカツカツだし、魔王討伐クエストで陽動任務という貧乏くじを引く代わりに得た報酬も今回の軍拡で全て使い果たした。
トロンマロン領の警備艇の数は、今回で60隻増えて660隻。これだけの数が受け持つ役割を肩代わりさせるには、警備艇よりも金のかかる駆逐艦がどれだけ必要か考えたくもない。
一応、いざと言う時のために毎年の歳入から少しずつ引き抜いて溜め込んだ貯蓄がある。
その額は魔王城攻略作戦をもう一、二回発動できるほどなのだが、これは大戦が起きた時用と決めていたので、少額であっても今使う気にはなれない。
使う決心がつくのは、転移してから初めの戦争が起きてからだろう。
それも男爵やら子爵やらの中小領主の小競り合いではなく、侯爵クラスのいわゆるランカー領主同士の全面戦争規模でない限り僕の決心が鈍ることは無いだろう。
まあ、ランカー領主同士の戦争なんてそうそう起きない。
今は世界的に戦争を自粛する空気が漂っているので、起きるとしても大分後の話だろう。
一応、戦争のことを考えて軍拡は今回指示しておいた。
軍拡に費やした予算が、報酬をほんのちょっぴりオーバーしてしまったが、まあ、別に良いだろう。
これで当分の間は軍事分野での不安は軽減される。
どうせ僕が全力を出さなきゃならないほどの戦争なんてしばらく起きないだろうけどね。
今回の軍拡費用は100兆2450億イェン。
こうしてこの数字を改めて考えてみると、自分は馬鹿なことをしたんじゃあないかと不安になってくる。
今年度のウチの歳入が、340兆イェンだったことを考えれば、金額の馬鹿さ加減も分かった筈だ。
100兆イェンもあれば、cactus氏のティーカップが一億個購入できる。
cactus氏が過労死しちゃう!
大都会の中心部に宮殿の様な家が相応の土地付きで80軒ほど作れてしまう。
マロマロンの中心部が宮殿で埋め尽くされてしまうね!
100兆イェンとはそういう金額である。
そしてそんな膨大な予算を投じて行う軍拡もまた、凄まじいものだ。
歩兵30万人 魔術兵15万人 騎兵45000人 魔術騎兵6万人 自走砲2万門 竜騎兵は10m級が3000騎、20m級が1200騎 駆逐艦88隻 軽巡洋艦24隻 巡洋戦艦36隻 戦艦60隻 航空母艦24隻。
部隊編成で例えると、歩兵一個軍、魔術兵二個軍団、騎兵三個師団、魔術騎兵四個師団、自走砲師団一個軍、10m級竜騎兵一個軍団、20m級竜騎兵二個師団、そしてすっさまじいぃぃ大艦隊となった。
ここで軍における部隊編成を説明すると、師団とは単体で戦略行動がとれる最小単位であり、例えば歩兵師団でいうと、一個歩兵師団は15000人前後の定員となっている。
師団がいくつか集まって軍団になり、軍団がいくつか集まって軍となるのだ。
21世紀初頭の我が祖国の陸上自衛隊が約15万人程度の規模だったことを考えれば、今回の軍拡規模がどれほどなのか分かる。
今回の軍拡を転移前にやっておけば、軍事力ランキングで17位から16位になっていたかもしれない。
15位はまだまだ厳しいだろう。上には上がいるのだ。
まあ、火砲の数なら負けんがね。
大型艦の建造や兵士の訓練などにはそれなりの月日がかかってしまうため、今回の軍拡が実を結ぶのは、半年以上は先だろう。
急がなければ一年かかってしまうかもしれない。
しかしすべて終えれば、現状の軍勢や転移前に建造が開始されていた艦艇群も合わせてそれなりの規模の軍事力を保有することになる。
今回の大軍拡を他勢力が察知すれば大いに動揺することだろう。
軍拡競争が起きちゃうかもなぁ。
もしかしたらダーラルナ国内のランカー領主たちを変に刺激してしまうかもしれない。
だが、これから何が起こるか分からないんだし、軍拡は余裕がある領主達は必ず行っているはずだ。
僕はこの領地の領主であり、2億5000万もの領民を守護せねばならない。
僕が草食系領主であることはゲーム時代、かなり有名な事だった。
野心家からすれば僕の領地は、国力の割に軍事力の小さな利益率の高い美味しい獲物に見えることだろう。
戦争に負けた草食系領主の領地は悲惨だ。
肉食系領主どもは我々草食系を貯金箱か何かとでも思っているのか、資源や資金など何から何まで奪い去っていく。
そして置き土産とばかりに定期的な入貢金の要求だ。
僕は決して戦争に負けることはできない。
NPCが生きていることを嫌になるほど実感した今、僕を領主と仰ぎ、尽してくれる領民達を見捨てるという選択肢はとっくの昔に捨てた。
僕の領地を狙うやつがいたら誰であろうと叩き潰してくれる!
「あ、ペンが折れた」
つい力が入ったせいで折れてしまったお気に入りのペンの残骸は、燃え滾る僕の意気を消沈させるには十分な役割を果たした。
三徹なんて余裕ですよ!
ちょっと頭がガンガンする程度です。
師団の人数に関しては、明確な定義は決まっていません。旧日本軍だと2万人でしたし、自衛隊では1万人きってます。
この作品では計算が面倒なので、大体の場面で一個師団15000人です。
感想やアドバイス、ご要望など大歓迎です!
常に待ってます!!




