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閑話二 中小領主の苦悩

主人公SUGEE回です。

 北西大陸ダーラルナ帝国акула(アクーラ)子爵領領都акорала(アコラーラ)領主館。典型的な肉食系領主であるакула子爵だが、領主館はいたって普通の邸宅である。

 煉瓦造りの3階建ての邸宅は、華やかさよりも重厚さを印象付けている。

 そんな領主館の一室、акула子爵の執務室として使用されている部屋にて、三人の男性が頭を悩ませていた。


「…… 打つ手無しだな」


 三人の中で唯一椅子に座っている筋骨隆々の大男、акула子爵が不機嫌そうに現状を一言で言い表した。

 眉間にしわを寄せているせいで、野獣の如き凶暴な顔つきが、その凶悪さを増しているが、そんなことで気圧される人間などこの場にはいない。

 子爵の内心を表すかのように、ダークエルフ族特有の長耳が、おやつを貰えなくて落ち込む子犬の様に萎れている。


 魔王討伐よりやっとのことで帰還した子爵だが、領地に帰った彼を迎えたのは、転移による混乱とそれによって生じた問題の山だった。

 家宰と英雄ユニットと共に何とか領内の混乱を収拾し問題を片付けようとした子爵だが、現実は無情であり小規模領主の彼が対応できる範囲をとっくに超えていたのだ。


「もう一回muguet(ミュゲ)商会に物資の供給を求めてみてはどうですかい?

 尻を叩けばやっこさんらもどうにかするかもしませんぜ」


 三人の中で最も小柄なダークエルフの優男が、乱雑に切り揃えられた銀髪を片手で掻きながら提案した。

 子爵は優男、子爵領の最大戦力であるC級英雄ユニットであるборис(ボリス)のやや乱暴な案に少し考え込む。

 どうすることもできない現状、ダメもとでやってみるのも良いかもしれない。


「無駄だ。そんなことで何とかできるのならば、彼らはとっくに何とかしているだろう。

 流通が止まっているのだ。

 領内であれこれやったところでどうにもならん」


 борисの案を素気無く却下したのは、ゴボウの様に細長い印象を受ける壮年のダークエルフ、家宰であるпавел(パーヴェル)だ。

 павелに呆気なく却下されたборисも、苦し紛れに言ってみただけであり、やっぱそうだよなー、と苦笑いする。


 転移による世界的な混乱は、流通の停滞という形で表れていた。肉食系領主であるакула子爵領は、同規模の領地に比べて生産力は好意的に見積もっても低いと言わざるを得ない。

 今までは軍事力を背景に周囲の弱小領主を脅して、安全保障の代わりに資源や資金を徴収していたのだが、大混乱が起きている現状、今までの様な利益回収はできないでいる。

 

 それは非常事態と言う名分で徴収を拒否したり、流通の途絶によるものだったりと理由は様々だ。

 子爵としてもこんな事態の中、プレイヤーから利益を搾り取る気は全くないため、それ自体は全くもって構わないのである。

 そればかりか、今まで徴収していた資金の一部を返還しても良いとすら思っている。


 しかし流通の停滞によって物資の供給が止まってしまうことは困るのだ。

 軍需品の生産を重視していた子爵領では、物資の供給が停止してしまうと生活用品や食料が自領の生産量では賄いきれない。

 子爵領に存在する商店は、商品の仕入れができず軒並み閉店している。御用商会であるmuguet商会も、流通の停滞で機能停止状態だ。

 

 領内のインフレ率は上昇しつつあり、領民の不安は高まっている。それに伴って治安も悪化傾向にあり、領内の警察は神経をとがらせている。

 領内に拠点を持っていたプレイヤー達は、事態の打開に手をこまねいているакула子爵を見限って流出しつつある。


「幸い物資の蓄えはそれなりにある。

 今すぐどうにかなると言う訳ではないが……」


 павелはそこまで言うと、憂鬱そうに口をつぐんだ。これから先の言葉は領主たる主君の前では言い難いことなのだろう。

 акула子爵はもちろん見た目通りの脳筋ではないので、忠実な家宰の言いたいことは分かっていた。


「この混乱が半年以上続けば貯蔵していた物資も尽きて子爵領は破綻だな」


 子爵は吹っ切るように髪をかき上げつつ言い放った。剛毛気味な赤い髪は、子爵の手が離れるとすぐに元の形に戻ってしまう。

 彼は不満そうに鼻を鳴らしたが、それは鬱陶しい自分の髪に対してか、それとも半年後に迫った破滅に対してだろうか。

 そんな子爵の様子にборисは、ため息交じりに呟いた。


「やっぱ戦争ですかねぇ」


 安易に戦争という言葉を口にしたборисを、子爵と家宰が反射的に睨みつける。

 誰もが未曽有の混乱に立ち向かっている中、それは口にするべきではない言葉だった。


「っと、すいません。失言でした。忘れて下さい」


 борисも即座に発言を撤回し、気まずげに頬を掻く。

 その様子に子爵が盛大にため息をつき、家宰は露骨に顔を顰めた。


「この非常時に戦争なぞするべきではない。今は皆で助け合う時だ。状況を考えろ」


 家宰が吐き捨てる様にそう言うが、かと言ってこのままではただ破滅を待っているだけである。

 その点、戦争は全ての問題を一気に片づけることができる魅力的な手段だった。本来の役目が戦うことであるборисが、その手段を口にしたのも仕方ないと言える。


 акула子爵は執務机の上に広げられたダーラルナ帝国の地図に目を向けた。

 ダーラルナ帝国の中央付近よりもやや左側に位置するакула子爵領。この領地よりも大きな領地は数多いが、幸いにも子爵領の周りは同程度の規模かやや小さめな領地しか存在していない。

 акула子爵が肉食系領主になったのもこの地理的要因があったからだ。


 周辺の領主は軒並み草食系であり、奇襲を仕掛ければ周囲の領地を丸ごと飲み込むことも可能だろう。

 ゲーム時代、国家は国内領主の紛争を、あまりに大規模な場合を除き黙認されていた。

 ゲーム時代の設定がそのまま引きつがれているこの世界でも、国家の介入は考えなくても良いだろう。

 侵略に成功すれば子爵領よりも豊かな領地が大量に手に入り、物資不足が解決する。

 それだけでなくакула子爵は、総合ランキングの5000位前後を行ったり来たりしている中小領主から、1000位以内の上位領主にまでなれるかもしれない。


 それは良識的なакула子爵も思わず釣られてしまいそうになるほどの魅力を持っていた。しかしすぐさま現実に戻り、馬鹿な考えを脳内から無理やり締め出す。

 もうこの世界はゲームではなく現実となったのだ。戦争なぞしてはならないし、自分から戦争を仕掛けるなんて悪夢でしかない。

 

 良くも悪くも常識的な彼には、大量の命と物資を消費する戦争の実行など到底無理なことであった。

 そもそもゲームだった時でさえ、踏ん切りがつかずに侵略戦争を起こせなかったのだ。それが現実になったらどうなるかなど、推して知るべしである。


「仮に戦争を起こしても我が領は破滅するよ」


 акула子爵は馬鹿なことを考えた自分に言い聞かせる意味もあって、先ほど戦争を口にしたборисに対し話し始めた。


「我が領は周辺領主よりも軍事力で勝っている。奇襲を仕掛ければ隣接する全ての領地を飲み込むことも可能だろう。そうすれば物資不足の問題は解決できることも確かだ」


 борисの案を肯定するかのような子爵の言葉に、二人の家臣は訝しげな表情になる。

 先ほどборисを叱責したпавелは困惑気味である。


「しかしそこまでだ。我が領の近くにはこれが存在している」


 子爵はそう言ってダーラルナ帝国全土が書かれている地図において南西部一帯を支配する巨大な領地を指さした。

 その領地はダーラルナ帝国内の他の諸侯領に比べても飛びぬけて巨大であり、国土のおよそ七分の一を占めていた。

 それに匹敵する領地なぞダーラルナ帝国皇帝領しか存在していない。


「………… トロンマロン侯爵領」


 павелがポツリとその領地の名前を口からもらした。


「そうだ、北西大陸最大の領主にして帝国領主プレイヤーの盟主だ。

 こいつがいる限りこの国で馬鹿なことはできない」


 トロンマロン侯爵、通称毬栗候。総合ランキング11位のランカー領主にして十二領王の一角。国力では世界3位であり、人口2億を超える五大領の一つ。

 人口20万足らずのакула子爵とは、同じ領主であっても月とスッポン、蟻と象、珠と瓦である。


「もし侵略を受けた領主が、毬栗候に泣き付けばどうなる?

 ヤツはこの混乱をさらに悪化させるような輩を許すほど寛容じゃない。

 それどころかこういう時は秩序を何よりも好む人間だ。

 

 我が軍が周辺領地を制圧した直後には、救援に駆け付けた毬栗候の軍勢に叩き潰されるだろうよ」


 子爵はトロンマロン領から自領に指を滑らせて、指で子爵領を軽く叩いた。

 トロンマロン侯爵にとっては、子爵領をつぶすことなどその程度に過ぎないと言わんばかりの仕草に、борисの表情が歪む。

 恐らく子爵領最大戦力としてのちっぽけなプライドが傷ついたのだろう。


 しかし侯爵領と子爵領を比較して、仕方ないか、と苦笑いする。

 具体的な数値を出されずに地図をパッと見ただけで諦めてしまう程度には、子爵領と侯爵領の差は酷かったのだ。


「トロンマロン侯爵に援助を求めてみますか?」


 павелが主君に対し、恐る恐る提案した。

 他領主、それも圧倒的強者に対して援助を求めるということは、その後の従属を意味する。

 акула子爵の家宰として、言うべきことではなかったのだが、だからと言って他に有効な手段もなかった。

 家宰の言葉に子爵は少しの間考え込むが、今すぐ答えを出せることではなかった。


「いや、それを考えるのはまだ早い。もしかしたら時間が経てば状況は変わるかもしれない。

 今は現状で何とかする方法を考えろ」


 子爵はそう言って背凭れに体を預けた。

 彼ら三人の苦悩はまだまだ続く。


私はダークエルフよりもエルフ派です。

色黒よりも色白が好きなのです。


ダークエルフ族:やや獰猛なエルフ。肌の色は黒。褐色ではなく黒。

十二領王:か、かっこいい……! ランキング12位以内ってこと。

五大領:うぉぉぉ、かっこいいぞぉぉぉぉ! 領地の広さが5番目以内。


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