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第十一話 大毬栗帝国商工連盟

 そこには一人のやたら偉そうな男がいた。

 年齢は20前後の青年であり、黄色人種にしては色白の肌を持ったその青年は、目にかからない程度の長さの黒髪を侍女に何度も櫛で梳かれている。


 身長170cm程度、中肉中背の体は、チャコール・グレイのダブルスーツで身を包み、その上から踵まである蒼いマントを羽織っていた。

 スーツ、マント共に光沢が少なく落ち着いた印象を受けるが、見識ある者が見れば、細部まで極めて丁寧に仕立てられていることが分かる。


 やや垂れ目がちな黒い瞳、高くもなく低くもない鼻が配置されたその顔は、美醜の面では可もなく不可もなくと言ったところだ。

 本来ならば温和そうな印象を持たれる顔だが、何をそんなに不機嫌なのかと聞かれんばかりに顰められた表情は、初対面の人間は少し気圧されてしまうだろう。


 その表情はどうにかならないのか、と言われれば、愛想良く笑ってみることもできなくはない。ただ、面倒臭いし、少しだけ疲れるのでやらないだけだ。 

 意識して表情を緩め、口角を上げてみる。

 するとそこには、見る者全てに警戒感を抱かせる胡散臭い笑みを浮かべ、黒幕っぽい雰囲気を醸し出す悪徳貴族がいた。


 これはない。


 鏡に映った自分を見て、僕は瞬時にそう思った。

 僕の身支度を整えている侍女は、苦笑いを浮かべつつも手を動かしている。

 やはり慣れないことはすべきでなかったな。




「いやぁ、久しぶりだね。トンマロくん」


 侍女が開けた応接室のドアを通って中に入るなり、黒革張りのソファーに座っていた男性が親しげに手を上げた。

 光の反射率が極めて高い坊主頭が特徴的なこの中年男性は、派手さはなくも洗練された気品を感じる応接室で、まるで自分の部屋であるかのように寛いでいる。


 座りながら挨拶し、あろうことか名前まで略す自分の主君への不敬に、扉を開けている侍女が物凄い形相で男性を睨みつけるものの、当の中年男性は全く動じない。


「まあ、座って座って」


 それどころか、自分がこの部屋の主人であるかのように、僕に向かって椅子を勧めてくる。僕は侍女の横を既に通り過ぎてしまったので、彼女の顔を見ることは敵わないが、筆舌に尽くしがたい形相をしていることだろう。


「どんな時でも変わらないですね、あなたは」


 僕はいつも通りの彼の態度に苦笑いしつつ、彼の対面に座った。

 普通ならば間違いなく不快になるが、ニコニコと人懐っこい笑顔を浮かべる彼の陽気な雰囲気にあてられて、彼のことだし、しょうがないか、とついつい思わされてしまう。

 

 それに僕と彼は1年や2年の付き合いではない。長年、こんな調子の彼と付き合っていれば、彼の無遠慮な態度の全てに慣れ切ってしまった。

 僕の名前であるトロンマロンを、言い辛いからと変に縮めてトンマロと呼んでいることにも違和感を覚えないほどである。


「では、早速ですが報告をお願いしても良いですか?」


 僕がそう言って仕事の話を切り出すと、彼は相変わらず真面目だねぇ、と何が可笑しいのかケラケラと笑いながら、応接テーブルの上に置いた鞄から数枚の書類を取り出した。


「よし、じゃあオジサンが今からトンマロくんに、知ってることを全部教えてあげようじゃないか」


 そう言って彼、トロンマロン侯爵領のご当地生産系ギルドである大毬栗帝国商工連盟のギルドマスターである日本人、フェアラートはそれまでの雰囲気を引っ込めた。

 



 転職システムが一部の例外を除けば存在しないVRMMOセラフィアにおけるギルドは、参加できるプレイヤーの職業によって3種類に分けられる。


 一つ目は、戦士や弓使いなどの戦闘系職業のプレイヤーが参加できる戦闘系ギルド。

 二つ目は、農民や商人などの生産系職業のプレイヤーが参加できる生産系ギルド。

 三つ目は、セラフィアにおいて完全に浮いている領主プレイヤーが参加できる領主ギルド。


 その中でもご当地ギルドと言うのは、ある特定の地域で活動するプレイヤーのみを対象にしたギルドのことを指す。大抵は特定の領主プレイヤーの領内に限定されて設立される。

 大毬栗帝国商工連盟は、トロンマロン侯爵領の生産系プレイヤーによって成り立つギルドなのだ。


 毬栗いがぐりと言う名称は、重砲マニアである僕の領軍重砲部隊が戦闘の際、幾千幾万もの砲身を高く掲げる様が毬栗のようだという理由でつけられたというのが定説の一つである。

 本当のところは、文字通り雨の様に降り注ぐ砲撃を体験した侵略者の皆さんが、領地に籠って出てこず、中身を取り出そうとすると手痛い被害を食らうことを毬栗に例えたことによる。

 

 僕の名前にマロンという英語で栗を意味する言葉が使われているのもあるそうだ。

 初めの内は、僕に撃退された人が負け惜しみで毬栗と揶揄やゆしていたが、何時の間にやらそれが広まって馴染んでしまったのだ。

 今では侯爵なのもあって、初対面の人や領民プレイヤーからも毬栗候と呼ばれるまでになってしまった。




「正直言って、領内の生産職はスカスカも良い所だよ」


 フェアラートの報告はその言葉から始まった。

 初めの一言を述べると、僕の反応を伺うように一瞬、間が空く。

 僕が無言で続きを促すと、彼は困ったように眉を寄せながら言葉を続ける。


「魔王城攻略作戦に派遣されて戻ってきた人数は、ウチのギルドだけでも4割くらい。他のとこだと2割いくかいかないかだね。

 そのせいで、どこも高Lvプレイヤーがいなくて大変だよ。


 今領内にいる生産職プレイヤーの大半は、魔王城攻略作戦に参加しても役に立たないような低Lvプレイヤー。

 彼らは良い商品も作れなければ、金がないから良い材料も碌に買えやしない。

 需要と供給の上層部分がスッパリと抜けちゃってるんだよねぇ」


 あはは困った困った、と産毛すら存在しない自分の頭をぺちぺちと叩くフェアラートからは、全く困った雰囲気が感じられない。

 フェアラートが持ってきた書類を見ると、魔王城攻略作戦前に領内に住んでいたプレイヤーの人数と、その帰還率が書かれていた。


「720万人いた領民プレイヤーも、今は400万程度か。帰還率23%は流石に厳しいな」


 僕は書類を見ながら苦々しげに呟く。

 魔王上攻略作戦に参加したプレイヤーは420万人。帰還率23%だと、帰ってきているのは100万人ほどだ。


 もう転移してから一ヵ月近く経つ。それにも拘わらず帰還率23%という低い数字は、他の80%近くが別の大陸、つまり北西大陸以外の大陸にいる可能性があることを示している。

 現状の混乱で大陸間の交易船がまともに機能しているとは思えない。他大陸にいる彼らの帰還には、それなりの時間がかかってしまうだろう。


 軍の艦船を派遣して回収するという手段もあるが、広大なセラフィア世界全土に散らばっている領民プレイヤーたちを当てもなく回収するのはどれほどの手間と時間を費やす必要があるか見当もつかない。

 それに本土から遥か彼方に艦隊を派遣して、その間に本土が攻められてしまえば目も当てられない。そんな危険と時間と手間を費やすくらいだったら、大人しく彼らの帰還を待っていた方がマシである。


 現在領内にいるプレイヤーも400万と数だけは立派だが、その大半がまだ戦力にならない新人ルーキーなので、実際に戦力として数えられるのは帰還した100万程度。

 それ以外は、国力に寄与するどころか、プレイヤー育成費用で財政の負担でしかない。

 だからと言って、将来の戦力を切り捨てるのは論外なのだから仕方ない。


「それとトロンマロン領における戦闘系ギルドの雄、神聖毬栗騎士団はもっと大変そうだったよ。

 何せギルド上層部のほとんどが帰ってなくて、今は残りカスみたいな新人団員をアル君一人で纏めてるようなもんさ」


 そういえば昨日、慰めてからアルを見ていなかったが、理由を聞いて納得する。

 アルは神聖毬栗騎士団の二人いる副ギルマスの一人だった。

 どうりでアルを城内で見かけないはずだ。

 

「ここにある数字が示している通り、生産系も戦闘系も、ご当地ギルドは現状じゃあその役目を十全に果たすことはできんよ。

 高品質の商品を安定供給するには生産できる人は少ないし、浮足立つ領内の各勢力に対して重石になるには神聖毬栗騎士団は力を落としすぎている。

 腕は三流、数も半分以下の人員でカバーできるほど、この領地は小さくない」


 フェアラートは書類の紙面上に並ぶ数字群を指さして、皮肉そうに笑った。

 領地の巨大さが、統治を難しくしているとでも言いたいのだろう。だが、領地が小さいと、そもそもの母体の人数も少なくなるので、あまり変わらないと思う。


 だが、彼の言っていることもある意味間違ってはいない。

 総面積420万k㎡、176の大都市、NPC人口2億5500万人というトロンマロン侯爵領は巨大すぎるのだ。


 その結果、不穏分子もまた大きなものになろうとしている。

 僕は手元の書類から目をそらし、対面のフェアラートを見る。


「こういう訳で今回ばかりは今まで通りの体制だと難しいんじゃないかな?

 だから何かしら、統治機構を変えていかなくちゃダメだと思うんだ」


 フェアラートは笑顔をゆっくりと真剣な顔に変えながら言葉を紡いだ。

 僕は目だけではなく、顔も彼に向ける。


「異世界転移した今、領地経営でヘマしたらプレイヤーは間違いなく暴動を起こすよ?

 よしんば暴動は起こらなくても、デモやストライキは間違いなく起きるだろうね。

 なにせ彼らの生活が懸かってるんだ」


 不安を掻き立てる様な声の抑揚だ。


「この世界のNPCは大半のプレイヤーにとって、得体のしれない人種だ。

 そんな奴らに政府を任せているのは、一体どれほど不安だろうか。

 しかもトップは自分たちと何も変わらない一般人だった領主ときている。

 こんな状況、重石がなければヘマした途端、一気に溜まったものが噴き出すよ」


 まるで確実に起きるかのように現実味を持たせる声だ。


「まさかそれらを軍事力で押さえつけるなんて愚かな真似はしないでくれよ?

 そういうのに免疫のないプレイヤーが確実に暴れて手が付けられなくなる。

 現状の解決には軍事力なんて無意味なんだよ」


 軍事力を殊更否定するように言う。そういえば彼は筋金入りの嫌軍主義者だったな。


「だからさ……


 プレイヤーを統治機構に加えてみるのはどう?


 NPCじゃなくて多くのプレイヤーで領地を運営できれば、彼らの不安もある程度解消できるんじゃないかな。


 オジサンは何時でもバッチコイだよ」


 そう言ってフェアラートは僕の目をジッと見つめた。その瞳からは身を焦がすかのような強い思いを感じる。


 プレイヤーにとって、NPCとは自分たちとは全く異なる文明、歴史、宗教をもった人種だ。得体のしれない異物なのだ。

 そんなNPCに統治されているプレイヤーが、どんな感情を抱いているかは容易に想像できる。


 NPCが自分たちに対してなんら敵意を持っていないと分かっていても、不安なものは不安なのだろう。

 NPCの代わりにプレイヤーが統治すれば、勝手が分からず混乱がさらに酷くなるだろうが、それでも自分たちと同じ人種が統治しているというだけで、プレイヤーは安心できるのだろう。


 だが、そんなことをして無駄な時間をかけていれば、再び魔王城に向かい転移の謎を調査するのに一体どれほどの時間がかかるのだろうか。

 それにこの世界はプレイヤーよりもNPCのほうが圧倒的に多数派なのだ。

 そんな世界でプレイヤーによる革命じみた行動をとれば、NPCがどのような行動をとるのか予想できない。


 彼らが意思を持っている以上、何もしない可能性もあれば、かつて共産主義革命に対して列強が行ったように四方八方から潰しにかかるかもしれない。

 プレイヤーの統治機構への組み込みは、あまりにも不確定要素が多すぎる無謀な試みと言わざるを得ない。


 僕は何も言わず、彼の瞳を見つめ返す。


 お互いに相手の目を見つめ、腹の中を探り合う。

 やがて、にらみ合いに飽きたのか、フェアラートが表情を緩ませて冗談だと笑った。

 笑っているフェアラートだが、言葉の最後に一瞬だけ見せた、あの目つきが気になった。


 本当に、不穏分子が大きくて困るよ。

 そろそろ本気で策謀を練らないとね…………


重砲:大きな大砲。

領軍:領地の軍隊。

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