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第九話 対策会議

 大理石でできた廊下を大勢の人間が歩いている。

 一人か二人程度ならばコツン、コツンと良い音を鳴らす大理石だが、これだけの人数が歩いていると騒々しいものとなる。


 廊下の幅は成人男性が横に10人並んでしまえるほど広く、壁際には等間隔で椅子や花瓶が設置されている。床や壁は大理石で覆われているものの、窓枠や手摺てすりなど所々に木材が使われており、温かみが感じられるデザインだ。


 5mほどの高い天井には煌々と輝くシャンデリアが吊り下げられており、窓から差し込むまだ明るい陽射しと共に廊下を明るく照らしている。

 電気代が勿体ないな、と条件反射の様に一瞬思うものの、よくよく考えればこのシャンデリアは魔道具の一種であり、永久機関の魔力源を含んでいるので維持費はほとんどかからなかったのだ。


 そもそもこの世界には電気代どころかエネルギー源としての電気は存在しない。この世界のエネルギー源は魔力を生産する魔力発生物質である。最も一般的なのは各地から大量に採掘できるが使えば消える魔晶であり、他にもシャンデリアに使われているような恒久的に魔力を生産し続けるエメラルドやガーネットなどの宝石が魔力発生物質と言われる。


 そんなことは置いといて僕は今、内務卿の先導で会議室に向かっている。僕の右後ろにはいつもの如くリセがおり、その後ろに続く集団は内務卿以外の各部門の長達だ。それ以外にも長達の部下がわんさかついて来ている。

 これから行う会議は領地運営に関わる重要な会議なので、身内同然とは言えシェシュは出席できず先ほど別れた。彼女は少し寂しそうにしていたが、素直に聞き分けていてくれた。

 

「夕食は一緒に食べましょうね。私、待ってますから」


 別れ際にシェシュとついついそんな約束をしてしまったので、できる限り会議を早めに終わらせなければならない。懐から懐中時計を取り出して今の時刻を確認すると、18時を少し過ぎたあたりだった。

 できれば2,3時間程度で片づけたいが、恐らく無理だろう。下手をすれば日付を跨ぐかもしれない。約束を破ることになって心苦しいが、シェシュには一人で夕食を食べてもらうことになりそうだ。


 やがて内務卿は一つの扉の前で立ち止まる。最高級木材の一つであるエルダートレントで作られた重厚な扉は所々に金装飾を施されており、この扉だけで一般大衆の月給何ヵ月分になるのだろうか。もしかしたら年収にまで匹敵するかもしれない。

 扉の横には『第四会議室』と書かれたプレートが設置されていた。


「お待たせいたしました、こちらになります」


 扉を開けた内務卿は、扉を支えたままそう言って45度のお辞儀をする。ここまで気を使われるとなんだか申し訳なって来るが、まあ、あれこれ言うのも面倒臭いのでご苦労、とだけ告げてさっさと室内に入った。


 第四会議室の中は、楕円のU型テーブルが二重に配置されていて、それなりの規模での会議を想定したものとなっている。椅子の数は内側のU型テーブルが2,30脚ほど、外側は5,60脚である。


 既に会議の準備は万端なようで、テーブルの各席には下手な辞書ほどの厚みのある書類が用意されている。書類の厚みを見て、この会議で討議される議題の量を察した僕は、今すぐ回れ右して会議室から出ていきたくなった。

 しかし僕の後に部屋に入った内務卿がこちらです、と言いながら席を促しているのを見て覚悟を決める。


 僕の席は内側のU型テーブルのど真ん中、一般的に議長席と呼ばれる席だった。僕が席に着くと他の者も次々と各々の席に着く。席の位置は、内側のテーブルの席に各部門の長たちが座り、外側にはその部下たちが座っている。リセは僕の真後ろに位置する外側のテーブルの席に座った。

 そして各々に飲み物が配られてから会議は始まった。何故か僕の席にだけケーキも置かれたが、それについてはおいておこう。


「では、これより魔王討伐に関する諸々の混乱についての会議を開始し致したいと思います。

 初めに、大まかな概要について私から説明いたします」


 内務卿が司会進行をするようで、起立しながら説明し始める。


「魔王討伐におきまして世界中の軍事力は勿論のこと輸送力、生産力などあらゆるものが投入されました。それによる混乱は当初の想定範囲内に収まっておりました。

 しかし魔王討伐直後、不可解な現象により魔大陸に上陸していた全軍が離散し混乱、膨大な物資も全て失われたことで魔王討伐軍は崩壊いたしました。


 これにより魔王討伐に投入した艦艇と人員以外の大半が失われましたが、それだけならばまだ混乱は最悪の想定でしたが、それでも想定内には収まっていたことでしょう。

 ですが混乱による総司令部の機能停止がその混乱を際限なく肥大化させてしまいました」


 内務卿はここで一旦、口を止めた。僕はテーブルの上に置かれた書類の一番上に置かれている冊子をペラペラと捲ってみる。その冊子には魔王城攻略作戦に投入されたものの一覧が載っていた。十数ページにもわたるその一覧は、種類もそうだが量もまた膨大な物であり、恐らくここに書かれた物資だけで、大国が10年は世界相手に全力で戦争できるだろう。

 そんな莫大な量の物資のほとんどが失われたのだから、そりゃあ混乱もする。数字で見せられて改めて納得した。

 そして内務卿は概要の説明を続ける。


「総司令部の機能停止は、深刻な情報不足と交通の麻痺をもたらしました。具体的な指示が得られなかった各軍はそれぞれがバラバラに行動し、その大半が本来の予定にはない進路で帰還いたしました。


 それによる各地に配分された帰還軍用の物資の過不足は、帰還した将兵を大いに混乱させ、各々の将兵がバラバラに行動した結果、現在の混乱につながります。

 また、多くの大商会や工房も魔大陸に後方支援として派遣されており、その物資と設備が失われたことによる損害は計り知れません。


 今回の会議では、それらによる領内への影響とそれに対する解決方針を討議いたします」


 ここで内務卿の概要説明は終了した。続いて子供のように小さなヨボヨボの老人が立ち上がる。首から上しか見えていないが、小柄なホビット族なので仕方ない。

 彼は外務卿だった筈なので、情報課によって得られた情報でも報告するのだろう。


 外務卿はしわがれた声で話し始めた。

 彼の話したことは確かに各地の情報だったが、その内容は予想を超えていた。

 どうやら今回の混乱は予想以上に深刻なようで、世界中の有力商会が機能停止、それによる各地の物資不足と価格高騰、交通がほとんど麻痺していて各大陸との交易がほぼ止まっている。


 他にも色々と細かい問題を話していたが、このまま問題解決が遅れたら想像を絶する大暴動が起きることは分かった。

 そうして一通りの問題を述べると、外務卿は自分の役目は終わったと言わんばかりに席に座った。各勢力が大混乱なうえ交通もマヒしている現状、外務部門ができることはやりつくしたのだろう。他勢力への妨害工作の指示を行えば新たな仕事になるのだが、僕の性格はそこまで腐ってはいない。


 続いてなんだか凄いのが立ち上がった。


「で、では、ワタ、クシが文科部門の報告を、述べ、ます」


 所々つっかえながら話しているエンジェル族の文科卿は、それはもう奇怪な外見をしている。

 エンジェル族の特徴である頭の上に浮いている実体を持たない光の輪を貫通するほどのピンクのモヒカン、140cmほどの肉体は餓死寸前の欠食児童のように痩せ細っている。病弱なほど白い肌は、初老の彼が滅多に屋内から出ていないことを表していて、僕としては微妙にシンパシーを感じる。


 見た目も話し方も独特な文科卿だが、仕事はとてもきちんとしていた。文科部門の主な役割は領内の教育と研究、プレイヤー育成であり、文科卿は安定を求めて移住者が増えていること、それに対して窓口を増加させて対応していることを説明した。

 また、今後も増加していくだろう移住者への教育と育成問題を解決するために、設備の大規模増設を提案し、満場一致で認められていた。

 うん、仕事はきちんとしているんだよね。


 文科卿の後に立ち上がったのは領内の金融、経済産業を管轄下に置いている財務卿だ。僕と同じヒューマンの彼は、今回の混乱による領内経済の影響を説明し、各事業主に対しての貸付金の取り立てを一旦停止して、倒産を防いでいることを話した。

 また、今回の混乱解決のために各部門に臨時の追加予算を分配すること、そのための財源として、いざと言う時のために用意された予備資金を使用することの許可を僕に求められたのでもちろん許可する。

 

 僕の許可が得られると、財務卿はもちろんのこと各部門の者達も一気に安堵していた。これである程度は予算を気にせずに対策がとれるので、全ての部門の者達がどれほど追加予算を熱望していたのかが分かる。

 侯爵領の財布を握る財務卿とて、領主の僕が許可を出さなければ大きな金額は動かせないのだ。財務卿は重く圧し掛かっていた肩の荷がおりてほっとしている。

 

 ここで僕がやっぱダメ、と言ったらどうなるかな。

 恐らく財務卿は勿論のこと全ての部門が絶望に打ちひしがれるだろう。

 言わないけどね、そんなこと。


 一番の懸念が解決して一気に空気が緩んだ室内だが、内務卿が立ち上がったことでその空気は再び引き締まったものになる。

 僕に対しては極めて丁寧な物腰だったが、本来はきっと厳格な人物なのだろう。きっちりした七三分けが彼の性格を如実に表している。


 内務卿が長を務める内務部門は、各部門の中で最も管轄する範囲が広い。多分内務卿の話が最も長くなるだろう。

 僕は用意されたケーキを食べつつ気持ちを入れ直す。

 内務卿が話している間もケーキをちょくちょく食べていたが、お腹が空いたのだから仕方ない。

 

 内務卿が報告した内容は、領内の事件発生率、農林水産分野の状況、移住者に対する社会福祉、なぜか領内の魔物が活性化している事などだ。

 それに対しては警察の巡回頻度を増やしたり、大規模な魔物討伐をプレイヤーと共同で行ったりしている事などを当座の対応としている。

 また、後のことを考えて警察の増員、移住してくるプレイヤーの為に魔物討伐依頼の大幅な増加、医療設備の増設、移住者用集団居住区の建造計画を提案し、これも満場一致で認められる。


 あとは軍事部門と法務部門が残っているのだが、軍事部門は帰還した艦隊の状態を確認してから報告するということで明日に後回しになり、法務部門は今のところ会議に提出するほどの問題が起こっていないので報告はなかった。


 これにて長かった会議は終了し、解散となった。

 会議が終わったことで椅子から立ち上がり後ろを振り返ると、リセがぼーとしている。リセのテーブルに置かれた書類に大きなシミが出来ているのを見る限り、会議中は大半の時間を寝ていたのだろう。


 会議室の壁にかけられている時計を見ると、時刻は深夜2時を指していた。シェシュはもう寝ているだろう。

 明日は何かしら埋め合わせをしなくちゃな。

 何だかんだ言って、僕に良く懐いている妹分のシェシュを可愛く思っているのだ。


「リセ、寝起きで悪いのだが、夕食の用意を頼めるか?」


 僕が寝起きと思われるリセに夕食をお願いすると、リセは途端に覚醒して慌てて弁解を始めた。


「えっ、あ、いえ、ち、違うのです。め、目を閉じていただけなのです!

 寝てないのです!!」


 慌てすぎていて色々と酷かったが、何とか落ち着かせて夕食の用意を頼んだ。


「あぁ、そうだ。どうせだから君の分も一緒に用意させなさい」


 流石に深夜2時で僕が夕食を食べた後に、リセに夕食を食べさせるのは惨い。

 僕は会議室の外で待機していた侍女に夕食を頼むリセを待って、二人で食堂に向かった。

 窓の外は真っ暗であり、空には星が輝いている。


 深夜の廊下は静寂に包まれており、僕とリセがたてるコツンコツンという靴音だけが良く響く。

 僕もリセも自分からはあまり話し出さないので、終始会話もなく黙ったまま食堂についた。


 扉を開けると10人程度が座れる家の規模に比べてかなり小さいテーブルと人数分の椅子が置かれている。普段使うのであれば、このくらいのサイズで十分なのだ。

 

「………あっ、トロンマロンさん、遅いです」


 突然の声に思わず驚く。

 声がした方を見れば、扉の真横でシェシュが待ちくたびれたかのように壁に寄りかかっていた。


「あれからずっと待っていてくれたのか?」


 僕の問いかけにシェシュはもちろんです、と心外そうに頬を膨らませた。


「だって約束しましたから」


 シェシュはそう言ってさっさとテーブルについて、自分の隣の椅子をポンポンと叩く。

 あそこに座れという意味なのだろう。

 もちろん僕には、このいじらしい妹分の要望を拒否なんてできず、その後僕、シェシュ、リセの3人で深夜の夕食をとった。


シェシュさんがなんかメインヒロインっぽいことしてますぜ!

感想とか大歓迎です!

常に待ってます!!

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