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第八話 領都マロマロン

 あの後、アルは空軍基地の医務室に運ばれた。集まっていた野次馬も、担架で運ばれるアルを見送ると解散していった。

 懐にある懐中時計を取り出してみると、時計の針は既に5時を指している。

 もう17時か。

 

 セラフィアの季節はもう夏なのでまだまだ日が沈むことは無いのだが、夕食の時間を考えるとそろそろ家に向かった方が良い頃合いだ。

 艦に忘れ物を取りに行っていたリセも、アルが運ばれる前には合流できた。


 できればアルも一緒に連れて行きたかったのだが、あの様子では回復するのは早くとも数時間後だろう。

 流石に数時間待つのは苦痛だ。アルには悪いが、先に行っているとしよう。


「そろそろ家に帰らないかね?」


 僕は当たり障りのない会話をしているリセとシェシュの二人に声をかける。

 先ほどリセがやって来てから、二人はお互いにぎこちなく挨拶をすると、ずっと探り合うように会話をしている。

 自分で言うのもなんだが僕は比較的無口なので、アルが運ばれるまでは会話に混ざらず、仰向けで倒れているアルの介護をしていた。アルがいなくなってからは二人の近くで、さも会話に混ざっているかのように無言で佇んでいた。


 何かを含んだ表情であまりテンポが良いとは言えない会話をしていた二人は、僕の提案にすぐさま飛びつく。


「そうですね、そろそろ出発しないとお城で待機している人達が可哀そうですしね」


 シェシュはそう言って、助かったと言わんばかりの安堵あんどした笑みを浮かべる。

 リセは静かに、それでいて素早く数歩下がり、僕の右後ろという副官ポジションに立った。


 こちらです、と先導するシェシュについていく形で僕とリセは待機していた小型艇に乗り込んだ。

 船内は高級ホテルの様な装飾を施されており、今まで乗っていた軍艦とは比べ物にならないほど快適そうだ。入り口の横には船員が待機しており、リセが持っていた荷物を預けて僕たちが座席につくと、船はゆっくりと垂直に上昇していく。


 騒音はほとんど感じない。本来ならば空中船の魔導機関は派手な騒音が鳴り響くのだが、この船は俗に言う『お高い船』であり、できる限り船内に騒音が聞こえないように配慮されている。


 全長40mの船体がゆっくりと上昇していく様はそれなりに目を引くものなのか、大きな窓から見える眼下の人々はこちらを見上げていたり手を振ったりしていた。

 そんな人々の姿も高度が上がるにつれてだんだんと小さくなっていく。


 ふと窓から船内に視線を戻すと、僕の隣に座るリセが気難しい顔で虚空を見つめていた。

 これは別に高所恐怖症という訳ではなく、高度の上昇に伴う気圧変化での耳詰まりが嫌だからだそうだ。

 確かに耳詰まりは耳抜きのできない人にとっては苦痛だろう。


 NPCが生きていることは十分理解しているつもりだったが、ここまで生々しい姿を見せつけられると、もはやNPCだとは思えなくなる。

 だがその感覚はこの世界で暮らしていく内に、きっと当たり前のものになっていくのだろう。耳詰まりが始まったのか、端正なその顔を時折ゆがめているリセを眺めつつそう思った。


 しかしこの場にはリセの事情を知らない人間が一人いた。


「あれ……どうされましたか、リセさん。

 空中船が苦手なんですか?」


 僕の席とテーブル越しに向かい合うように設置された対面の席に座るシェシュが心配そうな顔つきでリセを気遣う。

 シェシュには高所恐怖症のリセが、恐怖に耐えながら窓を見ないようにしている風に見えたのだろうか。

 リセは虚空からシェシュに視線を移して返答する。


「いえ、私は耳詰まりが酷いので高度を上げ下げしている時は、いつもこのような状態です。

 高度が安定してしばらく経てば元に戻るのでお気になさらず」


 シェシュはリセの言葉に納得したように頷いた。


「なるほど、でしたらあちらのソファーで横になって休まれてはいかがですか?

 確か耳詰まりは横になれば軽減すると、以前人伝に聞いたことがあります」


 シェシュはそう言って、僕とリセの席の後ろに広がるラウンジにあるソファーに手を向ける。特別仕様であるこの船には、移動中に乗客がくつろげるよう様々な設備があるのだ。

 しかし横になれば耳詰まりが軽減されるなんて話は、僕は寡聞にして聞いたことがない。


 そもそも耳詰まりは鼓膜の内側にある中耳と外の気圧が異なることによって発生する。これを解決するには中耳と外を繋げる耳管に刺激を与えてやって、中耳内に空気を出し入れしてやることが必要だ。

 なので顎を動かすなどの耳に近い間接を動かすことが効果的な手段であるのだが、横たわっても耳管にはなんの刺激ももたらさない。耳を下にして横たわり、密閉された耳の中の空気を体温によって温め、気体膨脹で中耳内の気圧を変化させるという手段もある。

 しかしそれはあまりにも時間がかかるし、そもそも耳を下にして寝ないと意味がない。


 僕はそんなことを考えるも、化学的知識のないこの世界の住人であるリセには、シェシュの言葉はそれなりに説得力のあるものに聞こえたらしい。

 ソファーを物欲しそうに見るものの、しかしソファーに移動する様子はみせない。

 リセの性格を考えると、主人を放ってソファーで寝るようなことは決してしないだろう。しかし一瞬見せたソファーに行きたそうな表情は彼女の内心を正直に表していた。


「私には構わず休んでくると良い」


 僕が彼女を促すも中々席を立とうとはしなかったが、僕がさらに言葉を重ね、シェシュが熱心に後押しすると渋々と席を立ってソファーに横たわった。


「リセさん大丈夫かな……」


 席を立ってまでリセをソファーに促したシェシュは、彼女を案じてそう言いつつ当然のように僕の隣、先ほどまでリセが座っていた席に腰を下ろす。


 えっ、自分の席には戻らないの?


 そう思ってシェシュを見るが、彼女は心配そうな表情を崩さないものの、これっぽっちも席を立つ意思は感じられない。

 それどころか微妙に僕の方に体を寄せており、彼女の着ているひらひらとした薄手のシャツが肘掛ひじかけの上にある僕の腕に触れている。


 そう言えば以前、アルが言っていた。


『シェシュは閣下の前だと子犬みたいですが、本性は嫉妬深くて独占欲が強いし、計算高くてあざといんですよぅ』


 なるほど、納得した。


 一瞬、ここで僕がリセを心配してソファーに向かったらどうなるか、と考えるも間違いなく女の恐ろしさを体験することになるので止めておいた。

 未だにリセを心配していながら、だんだん僕との距離を縮めてくるシェシュを放っておいて窓の外を眺めた。

 そういえば、シェシュの椅子ってあんなに僕の椅子に近かったっけ?

 まあいいや。


 飛行船はある程度高度を上げると上昇をやめ、領都マロマロンに向けて進み始めた。

 室内の壁に設置されている航行情報ディスプレイを見る限り、現在は高度500mを20ktの速度で航行しているらしい。


 領都マロマロンは巨大すぎてこの飛行船からではその全景を見ることは敵わないが大きな正八角形をしており、街の外とは巨大な城壁で隔たれている。

 窓からはその城壁を見ることができる。高度500mからでは城壁の高さはあまり高いものとは感じないものの、実際は30mほどの高さを持っている。城壁の厚みも10m程度存在し、まがうことなき城塞都市である。


 本来ならば城壁とは都市の発展につれて市街地の拡大を邪魔し、無用の長物となるのだが、マロマロンはその点を拡大した市街地のさらに向こう側に巨大な城壁を築くことで強引に解決した。

 そうして都市が城壁を超えて拡大するたびに新たな城壁を築いた結果、現在のマロマロンには5重の城壁が存在している。その最外郭になる眼下の城壁は、一辺25kmもの長さを誇っている。


 その城壁の向こう側にはまだ市街地は拡大されておらず、城門周辺にいくつかの建物があるだけで他は草原だったり林だったりがあるだけだ。

 しかし道路はしっかりと整備されており、片側10車線の巨大な道路が真っ直ぐに引かれている。

 

 この道路はマロマロンにおける大通りの一つであり、これに沿ってまっすぐ進めばマロマロンの中心に存在する領主の居城、つまり僕の家がある。

 城壁の上空を通過して10分程航行すると、ようやくマロマロン市街地の端っこに辿り着いた。


 街の上空を進んでいると高さ200mほどの無骨な塔が等間隔で建っている光景が見られるようになる。この塔は有事の際、マロマロン全域に展開する障壁を補助したり、屋上に設置されている砲台によって敵を迎撃したりする小型の防衛拠点として機能する。

 領都であるマロマロンまで敵に攻め込まれることなど考えたくもないが、過去においてそれがなかった訳ではない。


 むしろ何度もあった。

 三度の大戦はもちろん、まだ侯爵になる前に起こった他領主による侵略、好戦系ギルドによる襲撃などマロマロンが攻撃を受けた回数は10や20は下らない。


「やっぱり何度見ても、あの塔って街の雰囲気に合いませんよね」


 窓の外の景色を見るために思いっきり僕にくっついているシェシュが、ファンタジーと近代が融合したような雰囲気を醸し出す街中で、明らかに場違いな要塞塔を軽くけなす。

 僕は改めて塔を見た。


 …………確かに浮いてるなぁ。


 マロマロン防衛の度に役立ってくれた要塞塔だが、窓もないしトロンマロン領軍の軍艦と同じ一面薄灰色の無骨なデザインは、確かに浮いていた。




 だが、それが良い!!




 トロンマロン侯爵は軍事オタクなうえに要塞好きだった。

 オシャレなカフェよりもコンクリート製のトーチカを好む男だったのだ。


「そういえば君はマロマロンが攻められる経験をしていなかったな。

 あの要塞塔は、マロマロンが攻められる度にこの街を守ってきたんだよ」


 僕は要塞塔が街で浮いていることには触れずに、塔のフォローをした。

 それからさらに30分程度進むと、要塞塔と同等かそれ以上の高さを持つ高層建築物が幾つも見られるようになる。


 その頃になるとリセも復帰してきたが、自分の座っていた席に座って僕の体に密着しているシェシュを見て愕然としていた。

 そして当のシェシュはリセの回復を喜びつつも、本来の自分の席には決して戻らずにリセを対面の席に座らせた。


 リセはシェシュの気遣いに笑みを浮かべて感謝を述べつつも、目だけは笑っておらず、じっとシェシュを見ている。

 目は口よりも雄弁に真実を語るのだ。


 シェシュはリセの視線もどこ吹く風で、ニコニコ笑いながら僕に体を寄せる。

 見た目は華奢な少女だが図太い女である。

 この世界に転移したと分かった当初は、領地に残してきた彼女の身を憂いたが、どうやら無駄な心配だったらしい。


 マロマロンの中心に進むにつれて、建物の高さは徐々に高くなっていく。既に空中船はマロマロン都心部に入っていた。ここまで来ると、マロマロンの中心に存在する僕の家の尖塔が見えてくる。

 中心部に近い市街地では300m超級の超高層ビルが乱立しているが、ある一定のラインを超えると一気に建物の高さは低くなる。


 そして視界が空けたおかげで僕の家の全貌も一気に見えるようになった。

 一言で言い表すと、ホーエンツォレルン城のでっかいバージョンだ。

 コンクリート製のクリーム色の外壁と何十本もの尖塔が城を形作り、それらに囲まれて一際高く巨大な尖塔が聳え立っており、その尖塔を中心にシンメトリーを意識して建造されている。


「うわぁ……何度見てもトロンマロンさんのお城って大きいですよね。

私はトロンマロンさんの領地から出たことがないので、他のお城とは比較できないんですけど、兄は世界一のお城って言ってましたよ」


 窓から一望できる僕の家を眺めながら、シェシュが僕の家を褒める。

 アルは僕関連の事はなんでも世界一とか言っているので、僕はできる限り彼の言う世界一は信用しないことにしている。


 僕は間違いなく大領主ではあるが、VRMMOセラフィアで最大の領主だった訳ではない。

 内政には力を入れていたが、だからといって国力は僕よりも上がそれなりにいるのだ。

 僕の領主としての系統は、他の領地を襲って強奪した物資で領地を発展させる肉食系領主ではなく、自領の生産のみで領地を発展させる草食系領主に当てはまる。

 肉食系領主は軍事に国力のリソースを大きく割かねばならないが、草食系は軍事力をあまり重視しないため、その分のリソースを領地育成に使用できるので草食系は肉食系よりも領地が豊かな場合が多い。

 

 まあ、いくら軍事力を重視しないと言っても、そのせいでせっかく育てたものを肉食系に奪われていてはどうしようもない。

 自分の身も守れない草食は、ただの家畜である。




 内政だけするのが草食ではない。自衛が出来て初めて草食と名乗れるのだ。




 僕がそんなことを思っている間に、船は城に到着していた。城のテラス部分に設けられた空中船の着陸スペースは、全長40mの小型空中船程度ならば数隻は着陸できそうである。

 着陸する時ばかりは揺れて危ないので、僕の胸のあたりまで侵略していたシェシュの体も元の位置に戻った。


 16歳とは思えないほどたわわに実ったふくらみが体から離れていくのは、少し残念だったのと同時に安心してしまった。女性に慣れていない男にありがちな心情である。


 そして船はようやく家に着いた。

 空軍基地を出発して一時間弱かかった空の旅はやっと終わったのだ。


 船を降りると、船着き場には大勢の人間が待機していた。両横には数十人もの侍女が並んでいて、船着き場から城内への扉まで彼女らの列は続いている。

 ゲームだった頃には、このような事はあらかじめ指示しない限り無かったので、少し面喰ってしまうが、面倒臭いので特に突っ込むことは無い。


 彼らは船を降りた僕の姿を確認すると一斉に深々と最敬礼を行う。

 僕の前でこうべを垂れている一団の中から一人の男性が歩み出てきた。目線をやや下に向けているのでその表情は伺えない。

 こげ茶色の髪をしっかりと七三分けで整えた初老の男性は、僕の前まで来ると深々と頭を下げる。


「お帰りなさいませ、侯爵閣下。臣下一同、閣下の御帰還を心よりお待ちしておりました」


 言い終わってもひたすら頭を下げ続ける彼は、領内の内務を任せている内務卿の……えっと………確か…………

 僕は名前を思い出すのをあきらめると、頭を下げたままの姿勢を維持している彼を含めた出迎えの一団に対し口を開いた。


「出迎えご苦労。私がいない間、良く領内を治めた。大儀である」


『はっ、有難き幸せ』


 僕の言葉に、彼らは一斉に同じ言葉で返事をする。

 なんというか、偉くなった気分だ。

 偉いけどね!


 そしてようやく頭をあげた彼らの表情は、それはもう凄まじく疲労が滲み出ていた。まるでここ数週間、働き詰のような様だ。

 灰色の瞳の真下にどす黒い隈をつくり、頬をこけさせて焦燥しきっている内務卿が、カサカサの唇から言葉を紡ぐ。


「閣下、お疲れのところ非常に申し訳ないのですが、この後、各部門の長を交えた会議を開いて頂くわけには参りませんでしょうか?」


 口調は丁寧だが、有無を言わせない迫力をもった内務卿の要求に、もちろん僕は拒否なんてできない。

 僕の了承に、エルフ族である内務卿の長耳がピコピコ動く。公式設定では、エルフ族やダークエルフ族はすごく嬉しかったり楽しかったりする時は、長耳がピコピコ上下に動くのだそうだ。


 会議をすぐにやるというだけでここまで喜ばれるとは……

 僕は大量に溜まっているであろう仕事を予感し、少し前までの帰宅を喜んでいた気分がどこかに吹き飛んでいくことを感じた。


ひゃっはー

やっと次回から内政ものらしくなりますよー!

アドバイス、批判、要望、感想大歓迎です!!


魔導機関:エンジンっぽいやつ。

好戦系ギルド:戦争狂の脳筋集団。好きな言葉は『肉体言語』嫌いな言葉は『平和主義』

トーチカ:漢のオシャレハウス。鉄筋コンクリート製の野戦陣地。大抵は機関銃とかが設置されてる。

ホーエンツォレルン城:作者の好きなお城。ちょっと渋いけどすごく立派。

たわわに実ったふくらみ:作者は大きな方が好き。ごめんな貧乳!




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