青の街 貧しい僕と君との正しい恋愛
初めて書きました。
この街の全ての建物は同じ形、同じ色で統一されている。
長さや太さに違いこそあるものの全て四角形で、コンクリート打ちっぱなしの壁を持ち、色は薄いグレー。
街灯は全て、白みの少ない薄いブルー。
夜になり街灯が点灯すれば、まるで、海の底へ沈んだような街へ・・・。
この街の静寂が好きだった。
夜9時を過ぎてしまえば、全ての店は電気を落とし店を閉める。そして、街灯に電気が通る。
街灯が灯ってしまった後に、外を出歩く人はとても少なく、街は静寂と青一色へ。
僕はその静まり返った中を、週に2~3度散歩する。
散歩と言えば、お天道様の下を胸を張って歩くものだと皆は言うが、僕は夜が好きだった。
理由は単純で、車等の排気ガスが少なく、歩行者もほぼいないからホコリが舞わず、空気が新鮮だからだ。
新鮮な空気を吸えば心が安らぐ、だから夜がいい。夜じゃないとダメなんだ。
しかし、僕はこの薄い青の街灯が大嫌いだった。
夜の黒と、街灯の薄い青のツートーンカラーはとても安らぐ。
静かな街にとても似合っている。
だけど、何故かも言いたくないし、とにかく嫌いだった。
コツコツ、コツコツ・・・。
僕は歩道からはみ出し、車道を歩いていました。
僕の足音と、吹く風の音以外には何もない。
この静寂に愛を感じつつ、僕は歩いていた。
30分程歩いた頃だろうか、向こうから若い女性が歩いてきたようだ。歩道の中を歩いている。
向こうもこっちに気づいたようで、下を向いていた顔が少しあがった。
ミドルゲージでハイネックのニットに、エポーレットの付いた生地の分厚いコートを羽織っている。
共にグレーだ。
この街の建物をテーマにしている事にすぐ気がつきました。
その粋な装いに僕は好感を覚えた。
静寂を捨て去り、彼女に声をかける事を決意し、互いに一歩づつ近づいていく。
僕は、車道から歩道に入りました。
すると彼女の肩に力が入っていき、警戒されている事を察知した。
僕は彼女に危害を与える訳ではないし、堂々と彼女と同軸を歩く事にした。
更に近づいていき、互いの距離が3m程の距離に詰まる。
僕は「あの」と、彼女の目線を逸らした顔を見ながら声をかけた。
彼女は顔をあげ、僕の目をまっすぐと刺す様に見た後、「はい・・・?」と応じる。
語尾に疑問符を含んではいるが、ハッキリとした聞き取りやすい声だった。
顔は、綺麗という形容詞がよく似合う。
僕「深夜徘k・・・ゲフンゲフン、散歩ですか?」
彼女「はぁ・・・、この街の外観が好きで、最近引っ越してきたんです。せっかくだし、この景色を楽しむ為に歩いてたの」
彼女は緊張していたからか、街の外観が好きでワザワザ引っ越してきた事を、見ず知らずの僕に話してくれた。
僕はこの街の夜の外観が嫌いだったが、彼女に合わせ、綺麗ですよねと返す。
彼女「ね、オーロラが架かる空と、地が逆さまになったみたい」。
僕は、彼女とたったこれだけの会話しか交わさなかったが、仲良くなれる気がしました。
肩の力も抜け、語尾も親しさを感じるタメ口に変わっていた。
僕「着ているモノも、この街が好きだから?」
彼女「あ、気がついてくれた」
と、少し照れ笑いを含みながら言う。
僕は歩いて灰色のビルの方へ。
少し下品だが、この時間をくつろいでいる事を示すために、ビルの壁にもたれかかりました。
そして手をポケットに突っ込んだ。
あなたはそれを見て、僕をからかう様に同じ体勢へ。
ワクワクした目で、僕が話題を振るのをまだかまだかと訴えておりました。
トーク1
さて何を話そうかと考え込んでいると、彼女の方が口火を切った。
あなた「この街の外観には、神様が宿っている気がしない?」
いきなり抽象的な話題だったが、僕はそういう話がとても好きで、内心喜びました。
僕「神様ねぇ・・・きっといないと思う、でもこの景色は確かに綺麗だ」
僕は続けて、自分が無神論者で、神様という単語が大嫌いだと言いました。
現代では全人類皆が、神様と宗教を捨て科学を信奉している。
今や、宗教や神様という概念は、科学で認知できないモノゴトを認知する為として機能しているんだよ。
科学を得、それを発展させ繁栄してきた人類にとって、もはや神様も宗教もあまり重要ではない。
だから神様はもういないよ、と告げた。
あなた「理屈っぽい事いうね、もっと分かりやすく言って」
僕「そうだなぁ、例えば、生命はどうやって誕生したのかを説明するとしよう
宗教では、神様がつくりたもうた、と説明する。
科学では、地球に隕石が落ちた衝撃で、生命の元ができ、それらが発展していった
と説明する。」
あなた「ふぅーん・・・。」
僕 「今時、本気で生命を神様が創った!なんて誰も言わないだろう?」
あなた「なるほどねぇー。ふーん。だとしたら、あなたは科学が”イイ”って事だよね」
景色の話から、かなり脱線している事に気がつきましたが、このまま話を進める事にした。
あなた「知ってる?科学の力で、細胞から精子が作れる技術があるって事。」
君の口からトンでもない単語がでてきて驚いたが、真面目な話である。彼女は続けた。
あなた「科学がイイとしたら、つまり、女は男無しで繁殖する事ができるんだよ?」
君は真顔で、フェミニズムちっくな論を展開した。
これには僕も適わなかった。
彼女の様な、キレイな女性がフェミニズムを語るなんて世も末だ。
僕は手を捻られた赤子の様に、返す言葉がありませんでした。
だって、科学がイイんだとしたら、今僕とあなたが話をする理由すらなくなってしまう。
僕「それは・・・困るなァ」
あなたの顔を見ると、笑っていました。
あなたは僕に科学の限界を教えてくれました。
現代の人々は科学を信奉しているが、捨てられた宗教の様に、いつか科学も否定される日がくるといいな、と僕は強く願いました。
この街の灯りが薄い青で統一されているのも、合理的な科学のせいなのだから。
僕「宗教は過去のモノ、科学も君の言うとおりだ、じゃあ、あなたの信じるモノは何?」
次に、人が信じるべきは一体何なんだろうか。
あなた「感性」
僕「その感性とは?」
あなた「人間の身体的感覚に基づく自然な欲求」
胸がトクンと一鳴り、僕は恋に落ちました。
その通りなのです。
感性とやらで恋をするから、人は生まれる。
夜は、一層深さを増してきました。
トーク2 ~ 帰路につくまで
僕はあなたに興味津々で、あなたの事が知りたくなりました。
僕 「以前はどこに住んでたの?」
あなたは、この国の首都の名を呟きました。
あなた「あそこは商魂が支配する街、あの街の外観は醜く、終わってるの。
効率、合理性を追求した成れの果てが、あの街の正体なのよ。
あの街に行った事はある?
ビルの明かりは消えないから、夜は訪れない。
広告が視界を圧迫するし、
空を見あげても、電線だらけでとても汚いの。」
この街には電線がありませんでした。
いや、無いのではなく、地中に埋まっているので空の景色を損ねたりはしない。
メンテナンスをする際には、とても手間が掛かります。
いちいち掘り出した後に、施工。その後また埋めなおす。
とにかく、非効率的なのです。
しかし、この街はそうする。
僕「その街で何を?」
あなた「・・・。」
彼女は僕の疑問をよそに、ヒューと口笛を吹き始めました。
その曲は、ECHOESというグループの「ZOO」という曲だった。
昔々、この国が日本という名だった時に流行った曲だった。
もう云十年も前の曲だが、昔の名曲、と知る人ぞ知る曲。
あなたはセンスが良かった。
選んだ曲がこの場によく染み渡っていきます。
僕はその選曲こそが、返事である事に気がつきました。
僕「いや、ごめん、僕が悪かった。」
彼女は何かがあって、都落ち。そしてこの街に流れてきた人だ、と察しました。
あなたは僕の謝罪も受け取らずに、口笛を吹き続けていました。
僕「そりゃそうだよなぁ、でなければこんな街に引っ越してくる方がおかしい。
あなたは僕が何をしている人か、聞かないの? 」
あなたは口笛を止めた。
寄りかかっている壁からサッと離れ、僕の前に、胸を張って立った。
あなた「お察しするワ、こんな街ですもの。」
僕は小ばかにされていた。
あなたはくるっと僕に背を向けた後に
あなた「もうそろそろ、帰らなきゃ。ねぇ、これも何かの縁だし、あなたの家の住所を教えて?
手紙を書くから。そして、その封筒に書いてある私の住所宛てに返事を頂戴。」
僕は即頷きました。
メールという便利なモノがある中、あなたは手紙を書くといった。
この街らしくて、粋だなぁ。
本当にあなたはセンスが良い。
書くものを・・・と、アタフタ自分の体をまさぐっていると、サッとポケットサイズのメモ帳と、華奢な金属製のペンが目の前に差し出されました。
僕は自宅の住所を書いた後、あなたに渡しました。
それを、ドウモと呟きながら受け取った後、内ポケットにしまった。
あなた「それじゃ、そろそろ」
あなたともっと話をしていたい。
僕 「そうだね、それじゃ、手紙、待ってるよ。」
だが、言えない。
彼女 「待っててネ、んじゃ!」
コッコッと品の良い音を立て、あなたは去っていった。
静寂が戻ってくる。
今この時だけは、静寂が鎮魂歌の様に感じられました。
ああ、寒い、僕も帰ろう。
夜は純粋さを増して、より黒く黒く・・・。
彼女からの手紙
あなたと会話した夜から、数日たちました。
何日が過ぎたかは数えていませんが、毎日のようにあの日の事を思い出しています。
僕はあなたの事を狂信的に好いています。
手紙はまだか、内容はどんなんだか、毎朝ポストを覗いています。
あなたと出会った次の日の朝にもチェックする有様。
恋する人間は皆、どこか頭がオカシイ。
阿呆みたいに浮かれて、他人に余計に絡む。
ヘラヘラした態度で、注意力が減る代わりに、軽率さが増す。
お前も恋をしたらどうだと説教をし始める奴までいる。これが一番性質が悪い。
僕は、恋が人間を完膚なきまでにダメにする事を知っていました。
しかし、運命は、理性より強い次元で作用しているから、なす術がない。
僕は今日が休日にも係わらず、朝の5時30分に目を覚まし、歯を洗い顔を磨くという奇行をとった後、ポストへ向かいました。
すると、中には何々の広告やらが4~5枚入っていたが、その一番下にソレはありました。
純白で、何もデザインの入っていない、厚みと重みのある封筒が・・・。
僕はその封筒だけを取り出し、興奮しながら自宅の自室へ。
さぁ、空けよう。一体、彼女は何を書いているのだろうか。
封を切り、厚みのある封筒から中身を取り出しました。
縁にレースのあしらわれた、純白の便箋がでてきました。
ああ、クンカクンカ。
自らの奇行を誰にも見られていないか、キョロキョロした後、内容へ目をやりました。
全く、恋は人をダメにする。
あなたの手紙には、頭語や季節に沿った挨拶がなく、いきなり本文から始まっていました。
カサッ。
「約束通りに手紙を書きます。恥ずかしながら、生まれて初めて手紙を書くんです。字が汚い事はご容赦願います。
この前は声をかけてくれて、どうもありがとう。少しの時間だったけど、とても楽しかったよ。
この街に戻ってきた甲斐がありました。向こうでは、声をかけられるイコール100%ロクでもない事に巻き込まれるだから。
悪意ある情報は、頼んでもないのに向こうからやってくる事を教わったよ。
そうだ、向こうの街の事をあなたに書きますね。
向こうでは、合理的な事を良しとして効率を追求します。私はついていけなくなっちゃってさ。
この前は引越してきたと言ったけど、実は私この街の出身なんです。
向こうの大学を卒業後、そのまま3年間住んでいました。
良い事や悪い事、色々あったんだよ。もう思い残す事もなくなって、この街に帰ってきました。
いわゆる都落ちです(笑)
向こうの人々は豊かだったけど、みんな利己主義に走って心が貧しかった。
心が貧しい人々の醜さに耐えられなかった。
知ってる?
蟹を一匹バケツに入れて、フタをしなかったら壁を登って逃げてしまう。
だけど二匹の蟹をバケツにいれておくと、お互い足をひっぱりあって逃げない。
というより逃げれない。
向こうの街には人間じゃなくて、蟹が住んでいるの。
被害妄想で済めばいいのだけど、私の足も見えない何かに引っ張られていた様に感じた。
どうしよう、どうすればいいんだろうと私なりに考えました。
ここからが大事だから、シッカリ気を引き締めて読むように(笑)
これからは、助け合いの時代だよ。他人に暖かく接する事ができる人間が成功する。
向こうでは皆が荒んでいた。荒んだ心は、暖かい場所を必要とする。
だからやさしい人の需要があるの。
生きる為に最も必要な力は、人に好かれる事。
向こうの街の景色や人々は、全てが間違っているのよ。
だから、帰ってきた。
私が人に教えてあげられるこの世の真理は、これぐらい。
少し説教臭くなったけど、気を悪くしないで。
歳のせいかも?ヤダワー(笑)
お返事待ってます。 」
僕は、この世の真理を一つ学びました。
全く、その通りなんです。
僕は、あの夜話した時のあなたを思い出していました。
明るいあなたは、優しさも兼ね備えていた。
明るいだけの人間は嫌いです。
元気で明るい子どもは、嬉々として蝶の羽をむしる。
そして、優しさとは、余計な事を口にしない事です。
元気によく喋るのに、僕が聞かれたくない事は察知して避けてくれる。
また、答えた先に衝突が生じそうな話題は、上手にいなす。
僕はむやみやたらに明るい人間が大嫌いでしたが、あなたは同時に優しさも兼ね備えているから心地よく話す事ができた。
この手紙で、あなたの事も少し知りました。
あなたは、夢を無くしてしまったのですね。
生き物に例えるならば、牙の抜けた犬だ。
だからこそ、ギラギラとした他人と認識させる違和感が無かった。
きっと、あなたと僕は同じ成分でできている。
僕が抱くあなたへの思いは、更に膨らみました。
さぁ、返事を書かなければ。
僕は、この街の事を書こう。
この街の事、つまり、知らない方がいい類の事。
あなたの好きな、この街の景色の意味を、真実を。
手紙を書く
僕はこの街の事を書こうと決めたものの、少し悩みました。
わざわざ楽しくもない事を、書くべきかどうか。
書かない方がいいのは明白でした。
・・・。
しかし胸の内には、この街の事を、真実を、あなたに知らせたいという気持ちが染み始めていました。
真っ白なテーブルクロスにワインをこぼした様に、シミはジワジワと広がっていきます。
この気持ちは、子どもが嬉々として蝶の羽をむしる気持ちと同質のものでしょう。
僕は、わざとあなたに間違った事をして、その後、赦して欲しいのです。
そうする事でしか、あなたに投影された僕の影を拡げる事はできない。
書くことを決意し、紙を一枚取り出し、ペンを握りました。
あなたにあわせ、挨拶云々は書かない事にしよう。
僕とあなたの間に、固苦しい常識は必要ない。
「手紙を受け取り、今、読み終えました。まずは御礼を。どうもありがとう。
あなたの書いている事、僕はちゃんと理解をしましたよ。あなたは全て正しい。
あなたは向こうの街の事を、効率を追求する故に間違った街だと仰った。
僕は、この非効率な街の事を、あなたへ書きましょう。
楽しい話ではないから、読みたくなかったら今すぐこの便箋を燃やすといい。
僕はあなたの事が好きです。
だからあなたの、知らなくていい事を知らないままにしておく自由を侵したくない。
心は決まりましたか。
それでは話しましょう。
この街は昔、日本と呼ばれている国に属していたそうです。
しかし、やはりその国の人たちも二匹の蟹でした。
経済が衰退していく中、政府は自己責任だ、民は国の責任だと足を引っ張り合っていた。
経済は更に衰退していき、政府は力を失っていきました。
その後、商人の先導で、外来人がこの国を頻繁に出入りする様になりました。その後、みるみる治安は悪化していきました。
それから、この街の街灯は暖色ではなく、防犯効果のある青が使われるようになりました。
この街が青い理由です。
そして、夜九時以降の商いは、過当競争を防ぐ為という理由で禁止にされました。この時には、政治の舵取りに外来人が口を挟む様になっていました。
しかし、当時の民の間では、刑務所の消灯時間をモチーフに制定されたのでは、という噂が蔓延っていました。
この街に夜が訪れるのが早い理由です。僕達は夜を奪われました。
あなたは向こうの街の空は、電線だらけで汚いと言いましたね。
この街の電線は地面に埋まっています。
メンテナンスを行う際には、とても手間が掛かります。
手間は多くの人手を必要とし、職となり、民へ仕事を与えます。
この街の外観は、そういった非効率、非合理的なモノの成れの果てなのです。
僕はこの街の外観だけは好きです。
しかし、理由を知って以降死ぬほど嫌いになってしまいました。
あなたにこんな事を話した僕を、どうかお許し下さい。
僕はもう一度あなたとお話がしたい。
この街の事なんかより、大事な事を言わなければならない。
xx月xx日、21時頃に、千畳敷海岸で待っております。
朝鮮海、いや、昔は日本海と呼ばれていた海を見下ろしながら、あなたとお話したいんです。
風が強く吹く場所なので、来る際には、暖かくしてきて下さいね。
お待ちしております。
それでは、失礼。」
僕は、この手紙を投函しました。
メールではなく、手紙にするのは、郵便業務に従事する人達の仕事を作る為です。
もしかすると、あなたはワザワザ言わずとも、この街を知っていたかもしれませんね。
あなたは来てくれるだろうか。
僕は、千畳敷海岸で焚き火をしながらあなたと話をしたい。
この街に、暖色の明かりを灯し、あなたと・・・。
X day
僕は一斗缶と、ワザワザ燃やす為に買ってきた木材を切断したモノを、車のトランクに乗せて千畳敷海岸へ向かいました。
時刻は20時30分。
駐車場には、僕の車が一台のみ。
思ったより早く到着しましたが、これでいい。
僕は待ち合わせをすれば、人より早く着く事を良しとしていました。
理由は簡単、待ち合わせ時間の何分前に来るかで、その人がよく分かる。
JUST IN TIMEが世論の理想ですが、僕はそうする。
一斗缶を後部のトランクから引っ張りだし、袋に詰めた木材も車から降ろしました。
僕は、あんぐり大きく口を開けたトランクに腰をかけ、あなたを待つ事にしました。
あなたに告白をしようと目論んではいるが、その前には何を話そうか。
袋から一つ、切断された木材を取り出し、その切断の木目をぼーっと眺めながら、考えていました。
外面はすすけているが、切断面の新鮮さ、木目のうねるエネルギッシュな表情に励ましと応援を受けました。
きっと、あなたは僕を受け入れてくれるに違いない。
だって、僕達は同じ成分でできているのだから、何の抵抗も無く一つになれる。
時刻は20時53分。
遠くから、控えめなスクーターの音が聞こえます。
こんなクソ寒い中、スクーターで来させてしまった事を申し訳なく思いました。
僕は駐車場の入り口であなたを迎えた。
来てくれてどうもありがとう、寒い中一人で越させて申し訳ない旨の謝罪を会釈とし、一斗缶を抱え二人で並んで海の方へ。
それは何?と尋ねられ、暖をとる為だと説明しました。
本当は、赤やオレンジの光に照らされながら話をしたいからだったのですが、気恥ずかしくて言えなかった。
今日のあなたは、寒さで赤く染まった鼻がとてもチャーミングでした。
そしてスグに、海が見えてきました。
眼前に広がる海は、誰のものでもなく、僕達だけのモノでした。
いつも荒い波音をたてておりますが、今日は少し穏やか。
やはり、場所をここに決めたのは良かったと確信しました。
黒に、白が散りばめられた地平線を眺めつつ、僕はその景色に荘厳さを感じておりました。
あなたは何を感じているんだろうか。
そんな事を考えつつ、平坦で大きな岩の上を歩き、岩の真ん中辺りで足を止めました。
そこに、一斗缶をガンと鳴らしながら置いた。
ここで、僕達は大事な話をする。
二人で、木材を一斗缶に放り込み始めました。
二人の初めての共同作業です、ああ、超楽しい。
木材一つを残して全て放り込みました。
今から、この一つに火を灯します。僕は胸ポケットから粗末なライターを取り出し、木材の尻をあぶり始めました。
この瞬間、自分のミスに気がつきました。
木材というモノは十分に水分を含んでいるから、中々火がつかない。
しかも、この風でライターの火なんぞすぐに吹き消されてしまう。
僕は詳細に計画を練らずに、思いつきだけで行動する事の浅はかさを恥じました。
・・・。
すると、あなたはポケットからターボ式のライターを取り出し、僕に「ン!」と渡しました。
オオ!と素っ頓狂な声をあげた僕に、こう言った。
彼女 「隠してた訳じゃないけど、吸うんだぁ」
僕は、少し残念な気持ちになりましたが、これで火が灯せるのだから、感謝をしなくては。
シュゴーと勢いよく燃える火に、とうとう木材は抵抗を諦め、端っこから燃え始めました。
その火が十分に広がるまで僕の手中で見守り、一斗缶にくべました。
僕「やっとついた」
あなた「・・・。」
あなたは燃えるオレンジを無言で見つめています。
海岸での勝手な焚き火はご法度ですが、今日だけは無視させていただく。
ルールを破って、火を灯すからこそ意味があるのです。
二人は無言で、5分ばかし火を見つめていました。
僕達は青い街頭ではなく、オレンジ色の火に照らされていました。
以前の夜は、あなたの方から話題を振ってくれましたよね。
今度は僕から、会話を始める事にしよう。
目の前に燃える、力強い赤やオレンジがそうさせるのか、僕はあなたへ失礼や無粋を承知で、過去を探る事にしました。
諸君、過去を探ってくる男には要注意です。
そういう奴は必ず、独占欲が強く、気が小さい。
しかし僕はこの火に照らされ、そういう下種な欲望を隠し切れませんでした。
僕「この火の前では嘘は禁止、正直に話をしなければいけない。」
あなた 「うん、いいよ」
僕「向こうの街の大学を卒業したって言ってたね。何を勉強していたの?」
あなた「学部は言いたくない、言うと、じゃやってみせてってなるでしょ。」
僕「やってみせて、ねぇ。そういう学部なんだ。」
あなた「ハッキリとは言わないけど、それはもう酷い所だったナァ。」
僕「酷い?」
あなた「そこにはね、小さい時から専門の英才教育を受けてきた天才か、病んでしまい、幼児退行を起こした病人しかいないの。既に完成している、完璧なプロデュースの元にできあがった天才の方にしか、真っ当な教育は行き届かない。病んでしまった残念な方々へは、ソレを通じて社会との繋がりを実感させてや・っ・て・るンですって!夏休みが終わって後期に顔を出してみれば、なんと、生徒は半分に!!とにかく、リハビリを受ける病人と、教授の愛の押し売りを一身に受ける極々一部の天才しかいない。学費を出して貰った以上、キチンと卒業はしたけど、才能がある訳でもなかったし・・・。あそこは私の行くべき場所ではなかった、道を誤ってしまったの。」
あなたは不満を爆発させておりました。
僕「なるほど、色々あったんだね。その後は?」
あなた「迷走したあげく、歳がふたまわりも上の人と一緒に暮らしてた。だって、あんなトコで女一人で暮らしてはいけないでしょ。生きていくだけなのに、あんなに大変だとは思わなかった。親に申し訳なかったから自立だけはしたかったし、そうするしかなかったのよ。」
僕は今、過去を暴いた天罰を受けました。
スーッと冷静になっていくのが実によく分かる。
同時に、今までの浮き足だった自分を恥じました。僕は馬鹿か。
あなたは何も言えない僕に続けて言います。
あなた 「いやいや、別にその人が好きだった訳じゃなくて、生活の為だって。でも、そんな生活は非生産的、ヤッパ違うと思ってこの街に帰ってきたの。」
あなたの優しいフォローが、逆に痛い。
気を使う程に、大人なあなたに対して僕は子どもでした。
僕「そっかぁ、そうなんだ・・・。」
あなた「幻滅した?でも、正直に話したよ。嘘はついてない。」
眼前で燃える火は、身は照らせど心は暖めてくれませんでした。
あなた「そういうあなたはどうなの」
僕「仕事も見つからず、親と同居。プラプラしてる。公共事業の仕事を請け負ってるトコを調べてたまに面接を受けるが、競争率は80倍を切る事はなく、受かりはしない。」
あなた「なんか、そんな感じしてた」
あなたは嫌味なく、ケラケラと笑っていました。
何が可笑しいんだ、このやろう。
しかし、笑われて当然の身分なので反論できませんでした。
嫌味がない分、気持ちも悪くはなかった。
僕「幻滅した?」
あなた「・・・。」
あなたは腰をかがめ、目線を火と同じにしました。
あなた「それでも、それでもさぁ」
そこで二人の会話は止まってしまった。
言葉はもう、枯れてしまいました。
僕の直感は間違っておらず、確かに僕達は同質でした。
それはさながら、磁石の同極同士の様。お互いが同じ性質故に、反発が生じてしまいます。
だったら何故人の心は、似た存在に好感を抱くのか。僕はそこのところが分からない。
僕はもうだめだと思っていました。
あなた「それでもォ、なんだろう、後に続く言葉がでてこないよ」
あなたは何を言えばいいのか、どうすればいいのかも分からないまま、会話を、二人の関係を先に進めようとしていました。
これ以上先にあるのは、嫌だ、想像したくない。
そろそろ、木材も全て黒く縮んで、燃え尽きてしまいそうです。
思ったよりも、早く燃えてしまったなぁ。
傷心に打ちのめされる僕とは逆に、あなたは消えゆく火を見つめ、それでもとずっと呟いていました。
あなたの呟く言葉と、波の音だけが聞こえていました。
X day 後半
僕達は、地べたにしりもちをついて座っていました。
目線は互いを見合わず、同じ方、海の方へ向いていました。
僕達は共に、貧しかった。
貧しいから、恋の一つや二つもままならない。
時代のうねりを前にしては、僕達は塵に等しい。
あなたに必要なのは僕ではなく、歳が二回りも上のパトロンなのではと考えていました。
僕にとって恋愛は必然の病ですが、あなたにとっての恋愛は生きる為の糧の様に思えました。
しかし、あなたは一度パトロンを見つける事に成功したが、それを捨て帰ってきたのです。
間違えても、汚れても、何をどうするのかは分からないが、それでも未来を恐れない。
それでもと呟く強さに魅力を感じていました。
あなた「女は強く、男は美しくなくちゃ。これが私の自論。これを実践すれば、男女は必ず上手く行く。ハズ」
あなたは僕よりも、たくさんの真理を知っていました。
あなたの経験から導き出された言葉には、とても重みがあります。
僕は自らの無知と幼さに、自信を無くしていました。
卑屈になった僕は、口篭りながら言う。
僕 「今日はナゼ、ここに来たの」
あなた 「大事な話があるんでしょ?それに、私は呼ばれた方だよ」
僕 「そうだった。」
僕は会話もままならない程でした。
それを見かねたあなたは、今日の昼に果物を買いに行った話を始めました。
あなた 「ミカンでも何でもいいんだけど、果物を買う時は、青いぐらいでちょうどいいの。食べ終わる頃には、黒くなっているんだから。で、大事な話ってなに?」
僕は彼女に手を引かれる、3歳児でした。
不甲斐なく、最低ですが、その後僕は吐き出すように彼女へ想いを告げておりました。
あなたは僕の想いを少しもったいぶった後、笑顔で受け止めてくれました。
その後 完結
あなたは、一つテーブルの向かい側で作詞をしています。
あなたの作る歌詞は、全てが良いとは言えないが、たまにスゴく神がかったフレーズがある。
そのフレーズが大好きでした。
こんなツラいご時世に愛だの恋だのが響く訳がない、があなたの自論。
「金が欲しい」等の素直な欲望を丸出しにした歌詞が、あなたの作風です。
僕は、その歌を口ずさみながら、履歴書を書いています。
金が欲しい~♪
end
ご意見、ご指導お待ちしております。
読んでくれてどうもありがとう。