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第7話 「誤解、定着」

昼休み明け。


 学園の空気は、明らかに変わっていた。


 視線が合わない。

 いや――正確には、“合わせないようにしている”。


 ひそひそとした声だけが、やけに耳につく。


「……思った以上に広がってるな」


 アルスは柱に背を預け、小さく呟いた。


 隣で、ヴィオレッタは満足げに頷く。


「順調ですわね」


「そんな顔して言うことじゃないですよね?」


「褒め言葉として受け取っておきます」


「だから褒めてないですって」


 軽口を叩きながらも、アルスの視線は周囲に向いていた。


 距離。

 声のトーン。

 視線の逸らし方。


 すべてが、昨日とは違う。


(ただの人気者だったはずなのに)


 今は違う。


 好意の中に、わずかな“警戒”が混じっている。


「……すげぇな」


 思わず漏れる。


「一回でここまで変わるもんなんですね」


「人の印象など、その程度のものですわ」


 ヴィオレッタは淡々と言う。


「曖昧で、都合が良くて――」


 一拍。


「とても、操作しやすい」


「さらっと怖いこと言うな!」


「事実ですもの」


 その時だった。


「――ヴィオレッタ様」


 静かな声。


 振り向けば、そこにいたのは――


 生徒会長、クラウス=ベルン。


 王家直属の監査役を務める家系の出であり、

 本人もまた学園首席の成績を誇る人物。


 その発言は、個人の意見ではなく――

 “判断”として受け取られる。


 周囲の空気が、わずかに引き締まる。


「……ベルン家かよ」

「あの人が言うなら……」


 小さなざわめき。


(あ、これ“確定演出”だ)


 アルスは嫌な予感を覚えた。


「少し、よろしいでしょうか」


「ええ、構いませんわ」


 ヴィオレッタは優雅に応じる。


 完璧な微笑み。完璧な姿勢。


 だからこそ――


「最近の振る舞いについて、少々気になる点がございます」


 その一言が、重く落ちた。


「マリアに対しての指導――」


 一拍。


「少々、行き過ぎではありませんか?」


 ――断言。


 ざわり、と空気が揺れた。


「……」


 誰もすぐには口を開かない。


 だが、その沈黙こそが合図だった。


「たしかに……」

「昨日のも……」

「ちょっと怖かったよな……」


 声が、繋がっていく。


(来たな……)


 アルスはポケットに目を落とした。


【因果補正(弱)】


(やっぱりこれだ)


 バラバラだったはずの印象が、

 “同じ形”に収束していく。


 そして――


「……そんなこと、ありません」


 控えめな声。


 マリアだった。


「ヴィオレッタ様は、その……ちゃんと見てくれてて……」


 必死に言葉を紡ぐ。


 だが。


「でも昨日……」

「今日も厳しかったよね」


 周囲の声が、重なる。


「……っ」


 言葉が詰まる。


 信じたい気持ちと、見た事実。


 その狭間で揺れている。


(キツいなこれ……)


 アルスは顔をしかめた。


 だが、その渦中にいるヴィオレッタは――


「そう見えるのであれば、仕方ありませんわね」


 あっさりと、受け入れた。


 否定しない。

 弁解もしない。


 それが逆に――


「……やっぱり」

「否定しないってことは……」


 “確信”を強める。


(うわ、これ……厄介だ)


 アルスは内心引いた。


 沈黙が広がる。


 その空気を、無意識に破ったのは――


「……いや、まあ」


 アルスだった。


「あれはちょっとキツかったかもな……」


 ぽつり。


 何気ない一言。


 ――だが。


「ほら」

「やっぱりそうじゃないか」


 一気に流れが傾いた。


(あ)


 アルスの顔が固まる。


「え、いや違……そういう意味じゃ――」


「素晴らしいですわ」


 小声で、満足気なヴィオレッタが囁く。


「よくねえよ!!」


 思わずツッコむ。


 だがもう遅い。


 空気は、完成していた。


「ヴィオレッタ様は厳しい方だ」

「いや、行き過ぎているのでは……」


 言葉が、形になる。


 そしてそれは――


 “評価”として定着する。


(……マジかよ)


 アルスは頭を抱えた。


(俺も共犯になってしまった……)


 ゼロだったはずの状況が、

 今や明確な“意味”を持っている。


 ヴィオレッタは静かに踵を返した。


「行きますわよ」


「……はいはい」


 力なく返事をし、後を追う。


 背後では、まだざわめきが続いている。


 もう誰も、それを“ただの噂”とは思っていない。


 人気のない廊下に入る。


「……やりましたわね」


 ヴィオレッタが満足げに言う。


「やってないです俺は」


「いいえ」


 くるり、と振り返る。


「完璧な一押しでしたわ」


「不本意すぎる」


 アルスは顔を覆った。


「これで“前提”は整いました」


「前提……」


「ええ」


 静かに、言い切る。


「“悪役令嬢は厳しい存在である”という前提です」


「いや勝手に決めないでくださいよ」


「もう共有されていますわ」


 さらり。


 否定できない現実。


「では」


 ヴィオレッタは微笑んだ。


「次ですわ」


「まだあるんですか……」


「当然です」


 一歩、踏み出す。


「“誤解”は十分に育ちました」


 その瞳が、わずかに細まる。


「次は――」


 一拍。


「“確信”を“事件”に変えます」


「絶対ロクでもないやつだ!!」


 廊下にツッコミが響く。


 だが、その声はもう止められない。


 物語は、次の段階へと進む。


 ――“誤解”は、


 もう、誰の中でも“事実”だった。

第7話お読みいただきありがとうございます。


今回は「誤解が定着する回」でした。

クラウスの一言と、アルスの何気ない一言で一気に形になりました。


次は“事件化”です。ここから一気に動きます。


面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価で応援してもらえると嬉しいです!


それではまた次回で。

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