懺悔その2.最推しについて
私の悪いところは何事もお節介が過ぎる事である。
私自身も善意からの行動なのだが、主語などがたりなかったりして端から見たら余計な事をし過ぎている面があるだろう。
特に私はインターネットの表面上の仲でしか過ぎないのに踏み込んだところまで考え過ぎてしまったりして後々に後悔や反省をする事も少なくない。
考えが足りないと言えば、それまでだし、私が我を出し過ぎている面が見えるからと言うのもあるだろう。元々、ライバー活動をする前から人間の裏表に関して疎い人間であるが故に信じすぎたり、心配し過ぎたりしての行動も多々ある。
何事に関しても真面目に取り組むクセがこういったところにも出てしまうのが私である。
逆に言えば、そういった一面から迷惑を掛けてしまったり、人に心配を掛けすぎてしまったりもしているので出来れば、治したいクセではある。性格上の問題もあるかも知れないが、そこまで不器用ながら生きて来たのが、私──陰猫(改)という存在である。
人を心配し過ぎるあまりにお節介になってしまうところは美徳かも知れないが、別視点では迷惑になってしまう事も忘れてはならないだろう。
前置きがまた長くなってしまった。
今回は最推しについて話をしておこうと思う。
私にもガチ恋とまではいかないが最推しと呼ばれる最も親しいライバーさんがいる。
最初は距離を取りつつ、軽い世間話をしたりして程良い距離感で話をしていたが、そのライバーさんの事務所の二次創作関連の話題以降、更に距離を縮め、いまでは個人的ながらライバーとリスナーの理想の距離感で配信でやり取りしている。
近すぎず、遠すぎず、お互いの顔も知らず、しかし、配信でやり取りをしたり、ファンレターを送るくらいのほどほどな距離感である。
ダイレクトメッセージでのやり取りも全くしてないし、していたとしてもライバーさんに出会いを求めたり、愛を囁いたりなどをするのではなく、年齢制限のある使用しているコミュニケーションアプリ内にて明らかに低年齢層が入りやすい長期的な休日期間に際して、何も知らない──或いは知っていて尚、入室する低年齢層が配信内に出没する事などに関して忠告する事やその時間帯に私が不在だったり、良識あるリスナーが欠如している事に関して一層の警戒を呼び掛けるくらいである。
他のライバーさんとのやり取りに比べれば、お互いにライバーとリスナーであり、ある程度の信頼関係が出来上がっているからこそ、それ以上の踏み込みがないのが、私と最推しの関係である。
寧ろ、逆に最推し以外の他のライバーの方が心配になる事もしばしばあり、滅多にではないもののダイレクトメッセージでやり取りする機会も最推しに比べれば多いだろう。
そんな最推しの存在は私が理想とした自分のペースで何者にも染まらない信念めいたものを感じるだけでなく、波長的に似通った物を感じるのもあり、ある種の同族に近いシンパシーみたいなものを感じている。
心配する要素があるとすれば、あまりにも理想過ぎる距離感と関係性で私の理想を押し付けすぎたり等をしていないかなどである。
ライバーも人である以上は限界もあるだろうし、許容範囲もあるだろう。無理を強いれば、ライバーのメンタルに悪影響も出るだろうし、リスナーが気遣いすぎても何も出来ない事で悩みを抱えてしまう。
それらを踏まえて見ても、私とそのライバーさんの関係は絶妙なバランスでお互いに居心地の良い関係を継続している事になる。
今後、ライバーさんがやりたい事にも応援できるし、そういった距離の取り方でお互いに気遣いが出来るライバーとリスナーの関係でそれ以上は互いに踏み込まないからこそ、この関係は長期的な継続を可能としているようにも思う。
もっとも、ライバー側からすれば、どんなイメージを持たれているかは解らないところもあるが、そこを心配せずとも良いくらいには良好な信頼関係として成立しているつもりである。
逆に私の場合、それ以外のライバーを心配する事の方が多い。
駆け出しや身体を張るライバーを見たり、心配事に耳を傾けるのは一種のライバーのメンタルケアである。
私が聞く事が多い系統や声の状態から感じて聞くのはそう言った体調やメンタル面の不調の話が多い。
無論、私もキチンとしたカウンセラーなどではない為、聞いたりは可能だが、そう言ったライバーさんの悩みや秘密関連を誰にも話さず、私自身の中で溜め込むのでリスナーとしてもメンタル面で潰れやすくなっている。
そういった意味では私はまだ理解のあるリスナーなのだろうが、私の溜め込んだ負のエネルギーは疲労となって表れやすくなってしまった。
ネット掲示板(?)とでも言えば良いだろうか?……よく聞くアプリで私が不調になる原因の幾つかは自宅でも外でも人間関係の悩みを聞いていたりするからが多く、そう言った不安定さが出てしまうとつぶやきなどの文章の内容などにも言霊として宿ってしまっているらしい。
そういった意味では私は他人の負を一緒に背負う事が多いだろう。
最推しの距離感はある意味、そんな私の癒し空間である。一定以上の過度な心配をする必要もないし、最推しも無理に聞いてきたりなどはしない為、藪をつつく真似もして来ないので他の枠よりも安心してコメントをする事が出来るからである。
無論、最推し以外にも癒しの空間を提供してくれる関係のライバーさんもいるが最推しの程良い絶妙な雰囲気と空間と居心地良さが全て両立する場所もないだろう。
私にとって最推しというライバーはそれくらい大きな存在なのである。




