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懺悔その1.絵師ママについて

 私がいまのアプリを使ってラジオ配信するようになったのは最近の事である。それまでは他のライバーと同様に立ち絵を使っていた。

 私の場合、元々創作界隈で知り合った能力はあるが、付き合い方にやや難のあるかつての仲間に描いて貰った。

 当人曰く、最近の煌びやかな王子様系の中性男子をイメージし、ガワを被る私がそれに合わせるのをイメージしていたそうだ。

 無論、元々、オープン気質な私には難しい事だったので創作仲間の思惑から早々に離脱した。

 当の本人である私もペイント機能で不慣れながらデザインをしたが、いま思うとセルフ受肉でも良かったかも知れない。

 元々、この立ち絵は一つの通過点であり、妥協点と絵師の思惑に如何に寄り添うかと言う結果に結び付いた。

 当時の私の立ち絵を担当してくれた絵師は暇と余力があり、モチベーション次第で次の仕事が可能環境である状態でかつ、独特のこだわりに特化したインターネットに比較的明るいタイプの人間であった。

 ただ、妥協点を模索していても思ったが、インターネットに明るい分、常識を強調するタイプで知らない事に関しては、ややマウント気味になるところが、不安要素ではある。

 後輩が出来た時など、人にモノを教える時にこのマウント気味なモノの教え方で和を乱さないかが、心配なところであるが、まあ、本人も自覚があるようなので多分、大丈夫ではあろう。

 インターネット弁慶なところもあるので社会的なルールに束縛された時に爆発しないと良いのだが……。


 こう言った経緯も兼ねて、私の立ち絵は約二ヶ月近くの経過の末に完成した。

 それまでは進捗状況やラフ絵など経過に必要なモチベーション維持も兼ねたチャットのやり取りなども欠かさなかった。

 今回の私が依頼した絵師は技術面では文句は言わないが、長年の付き合いでお互いにフランクに接し過ぎて互いに良し悪しがある一定水準を満たした間柄であるのを理解して欲しい。

 本来の絵師は依頼以外の不必要なチャットのやり取りは筆を遅らせるだけでなく、和を乱しかねない行為である。

 長年の付き合いだからこそ、このタイミングで妥協しないとズルズルと長引くとラインを引かないと延々とこだわり続けるのがこのクセの強い絵師の良いところでもあり、悪いところでもあるので妥協点の合致と絵師のクセを考えてなかったら、完成すら怪しかったろう。

 私の依頼した絵師は旧知の創作界隈の知り合いだったからこそ、そのポイントに気付けたが、これが全くの顔も知らないネットだけのやり取りの間でかつ、納期や資金面のやり取りがあったなら、妥協点と絵師の気持ちに寄り添うのは更に困難なものになっていただろう。

 技術を売りにする絵師とのやり取りも人との接し方である。


 余力がない状態や気持ちの相違などが発生した場合、妥協案を提示出来るかどうかでまた変わってくるだろう。


 こんな事をしてまで私は何者かになりたかったかというとそんな事もないので今のスタイルが仕上がった。

 コーヒーを淹れて静寂の中にある様々な音を聞きながら朝に気を引き締める為のルーティン的な30分のラジオ配信である。

 極論を言ってしまうともともと、なりたい自分もなければ、飾る自分もない私に立ち絵などと云うモノは必要はなかったのだろう。私は私なのだから。


 それが最近になった至った境地であり、何者にも束縛されず、ルールの範囲で活動して、かつ金銭が目的でない私の悟りにも似た境地である。

 だからこそ、私は空でありつつ、そこに存在する息吹に耳を傾け、静寂さに居場所を見付けたのだろう。

 しかし、立ち絵は私に絵心を与えるきっかけにもなった。

 何気ない日常のリアルをフィクションも交えながらメッセージとして絵に宿す。元々、底辺ながらも文を嗜み、自分の在り方を追求した私だからこそ、言霊や絵に必要なメッセージを与える文通代わりの手法となった。

 ここに到達するのには日々の日常から慕っていたライバーさんなどの敬意の念があった。最初はそれが全てであったが、私も人間だ。

 人に褒められたり、評価される事に意識を向けるようになり、次第に天狗になって大切な事を見落としていた。


 私の描く絵とは売れる事を意識した感情とは別のものに意識を向ける事ではなく、絵を描く事で大切な人の励みになる事であり、そう云った苦しんでいる人にエールを送ったり、メッセージを宿す為に魂を込めた作品である。

 第三者には響かなくとも届けたいたった1人にエールを送る為に私の絵は存在するのだ。


 私の立ち絵を依頼した絵師に様々な技術的な指南を貰ったが、完成度が近い絵を人間の手でA7サイズに縮小した模写をアナログで描けるようになったが、私の生活面や向上面、先の結論に到達した観点から、私と依頼した絵師は別の方向を向いているし、わざわざ、同系統に寄せる必要もなく、また、私の魂を込める意味も合わせて、無機質な表現でなく、温かみを持たせる意味でも水彩色鉛筆という手段で絵を描くのは間違いではなかったのだろうといまでは思う。もともと、趣味や思想が似ているだけで自身の表現の仕方は人それぞれなのだから。


 依頼した絵師は売れる絵を描き、私に同じ道を示したかったのかも知れないが、私は私で歩むべき道を見付けた。

 理屈っぽくなってしまったが、依頼した絵師がいたからこそ、私はここに到達出来たのだろう。そう云った意味でも少しはまだ感謝が残っている。当人の前ではいつも通りに接するが、心や頭の隅には未だに納得していない自分がいるので色々と複雑なのである。

 そう言った意味ではお互いにマウントを取り合ってじゃれ合いをするくらいに話せる程の距離感の仲間とだけ伝えておく。

 無論、これを当人が見れば、色々言いたいだろうなので弁明しておくと私が心を赦せる数少ない友人の1人であるからお互いに気になっている部分や言わない場所がある事には違いないだろう。


 私と依頼した絵師とはそう言った距離感を気にせず、お互いに言いたい事を言える範囲の旧知の仲なのである。

 冒頭で色々とああは言ったが、技術や知識面では秀でているので付き合い方を間違わなければ、お互いに良い関係を保てる間柄ではあるだろう。


 ──私が言えるのはそれくらいである。

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