未知との遭遇
水の国ではいつもいつも何らかの催し物が行われていて楽しいイベントに事欠かない。
国王は、国を守ると同時に民を楽しませるべき存在、それを出来る事が水の国の王の優れた治世とされる。
この日開かれていたのは銀の湖の湖上で国内で大人気の舞姫と歌い手による水上音楽会と船遊びがセットになった素晴らしい芸術的な集まりだった。
それは国王の名前の元に行われ王家の姫君のローレヌは、国王の代理として出席することになった。
「ローレヌ姫!」
他の参加者としては他国からの留学生も多く招待され風の精のライズもその1人で、はローレヌと出会えたことが嬉しくてたまらない様子で直ぐに近づいてきた。
他にもローレヌを慕っている人々は多くていつもの水色の豪華なローブ姿の彼女の登場に歓声があがる。
ローレヌは、国益の為誰とでも平等に仲良く、という厳格な情操教育を受けている。
誰とでも微笑みを絶やさず穏やかに言葉を交わす。
ライズは、ローレヌに挨拶のため近付いてきて水の国のしきたり通りひざまづいて、ローレヌに挨拶してきた。
ローレヌは、特別な立場にあるため特別な「好き」をつくってはならないと言い聞かされてもいた。
だが、このライズという少年の無邪気な美しい碧の瞳をみつめるとどこか特別に興味が湧いてくるような、そんな抑えられない心の動きを自分の中で感じる事もあった。
それは
「この方どんな方なのかしら」
という本当にちょっとした好奇心である。
と彼女は思っている。
風の国から来られた留学生だから歓待するようにと祖父母に言われる通りに親切にしていただけだったはずなのに。
外国から来た人に水の国の魅力を伝える事で外交政治を助けるようにと子どもの頃から教え込まれてきた。
水の国ではローレヌの年齢は未成年として法律で厳格にまもられるため彼女はまだまだ未成年者だけれどある程度成長していてとそれでも全くの子どもという扱いではない。
十代後半ともなればほとんど大人として扱われ政治の手駒として扱われる事も多いし有力な貴族との縁談も持ち出されてくるかもしれない年頃だ。
それはさておき初めてライズ達と出会った時、はっきりいうとローレヌは心の中で深く落胆した。
それはライズ達が悪いのではなかった。
彼女がずっと待ち望んでいる国からの使者、もしくはずっと待ち続けている人ではなかったからだった。
もちろんそんなそぶりを見せたつもりはないがこのライズという少年にだけは自分の心の奥底を見抜かれていた?ような気がするのだ。
ただの思い過ごしかもしれないが。
ライズという少年は、出会ったその瞬間から自分に好意を持ったようでよく話しかけてくれる。
しかしながら王家の末として自分が誰かに好意を持たれることはよくある事だった。
ヴェールを被って舞台に上がって歌を歌うこともいつのまにか知れ渡っていて美声の姫君としてもローレヌは大人気だった。
だがこのライズという少年だけは特別な感じがした。
—でも、いけない—
ローレヌは自分の心の中にある好奇心の箱にしっかりと鍵をかけしまい込んだ。
ライズの方は、はっきりとローレヌと同席できる事に喜びを感じて好意を隠そうともしない。
「ローレヌ姫!俺はこの間また素晴らしい演劇をみたんだ。とても感動した。やはりこの国は素晴らしい」
屈託のない笑顔。
何度か遊びに誘い言葉を交わすうちに言葉遣いも畏まったものではなくなり友人そのもの、といった話し方に変化していて水の国の言葉も上手なのでよく笑わせられる。
彼の口調がすっかり友だち言葉になってしまったけれど、自由な空気が流れるこの国ではそれは全く自然な形だった。
ローレヌは、ライズが亡命王族ということはしらないのだが、無礼には感じなかった。
「風の羽衣の原料は、風の国でしか生息しない大型竜の産毛なんだ。
子供から大人に変わる時全身の産毛が抜けて白色が青銅色や金色、珍しいものは白のまま。に生え変わる。それは本当に大人から子どもにかけて見事に毛色が変わる」
「その産毛を集めて羽衣に織るのですか」
「そうだ。だからそれをみにまとうと空を飛ぶ助けをしてくれる」
とライズはウキウキしながら動物好きの彼女と風の国の会話をしていた。
「私が生まれる前の話なのですけれど、水の国では空前の火の国文化の大流行が起こりましたの。でもなかなか水の精が火の国に渡るわけにはいかないので火の国のお歌を歌ったり踊りやお話をまねしたり、衣装が流行ったり髪を金色に染めることなど流行していたそうです。これからは風の羽衣が大流行ですわね」
ライズは、
「ローレヌ姫、あなたは、きっと金髪もとても似合うだろう」
と笑う。
その屈託ない笑顔にローレヌがどきりとした事をライズはきがつかない。
にこにこと笑っているうちに催しが始まり皆は舞台に集中した。
さあ、この一幕が終われば、ローレヌと何の話をして楽しもう?とライズが考えた時だった。
深く静かに澄んだ銀の水の湖水に異変が起きたのは。
この度の出し物は演者は水の上で歌い踊り時に潜水してまた現れる戯曲を船の上から観客が楽しむという趣向の素晴らしいものだった。
そんな中大きな音がして船が大きく揺れ、人間数人分はありそうな鎌首をもたげた巨大な蛇の様な生き物が水中から現れた。
人々から悲鳴が上がった。
「ウツボ竜だ!」
「逃げろ!」
「空砲はないの!?」
水上で歌い踊っていた水の精の歌い手や舞姫達が口々に叫びながら船の上に逃れる。
「船内にお逃げください。ローレヌ様」
近くにいた兵士たちが大振りの槍を持ち出した。
小規模の催しのため護衛の兵士たちも少なかったのが不幸だった。
数人の兵士が竜に向かっていくも鎌首を立てたま振り回して弾き飛ばされた。
ライズは、誰よりも速く動きローレヌを横抱きにしてフワリと舞い上がった。
ローレヌは、
「私だけ逃げるわけにはいきません!下ろしてください!」
とライズに冷静に言い渡す。
「あの竜の目の前に!今すぐおろして!」
「無茶をいうな!そんなことをすれば丸呑みにされる!」
しかしながらローレヌを横抱きにしては普段のように自由に飛び回れないライズはそのあたりに着陸するしかない。
するとまたも巨竜が水中から鎌首を持ち上げて2人を狙ってきた。
当然音楽は止まり出演者、観客が悲鳴をあげる。
逃げ遅れた人々はウツボの餌食になりそうになる。
大きな音で驚いて逃げることがあるからと空砲を撃とうと船員達が大砲を取り出そうとするも竜が暴れ船も揺れて思うようにいかない。
水の精の兵士たちが咄嗟に精霊の力である水柱を出してぶつけてみるも水の中に棲むウツボ竜にはその勢いは効かないのだ。
そのヘビのような形をした巨大竜は、一頭ではなくて複数の群れのようで獲物を水中に落とすべく船体に激しい体当たりを繰り返した。
逃げ遅れた運の悪い少女が竜の獲物として狙われ、竜はその口を大きく開いて襲いかかってくる。
観客の中から叫び声が聞こえる。
そんな人々に大きな口を開けて襲いかかってくる怪物。
基本的にみな手も足も出せない。
水の精たちの精霊の力では巨大な水棲生物にダメージを与えられないからだ。
誰かがそのウツボ竜の犠牲となってしまうのは、明白だった。
5人揃ってその船遊びに参加していた風の精の少年達は、仲間内で話す会話は母国語が混じりながらも水の国の言葉もほぼ理解できているから沢山の人々が話しかけて来てくれて、大変楽しい時間だった。
そんな平和な空気の中で突然の竜の出現という大事件。
多くの人達が逃げ惑う中、ラリが一言
「抜刀!」
と叫べば風の精の少年達4人が同時に抜刀してウツボ竜の前に飛び出していく。
まるで訓練された兵士でもあるかのように・・・。
ライズ達5名は、平和の国では基本的に認められていないのだがこういった外遊びの際は帯剣が認められていた。
真っ先に飛び出したのは、血の気の多い留学生の1人ライズだった。
「こら!ライズ。お前は退避しろ。危険だろう」
思わず母国語で怒鳴るラリ。
ラリとしては抜刀!と指示を出したのはライズを守るためであるのに、警備対象者が飛び出していってしまった。
「うるさい。緊急事態だ!」
と言い返して、抜いた剣を鞘に戻しライズは竜に襲われそうになったローレヌを間一髪横抱きにして空に舞い上がる。だが、高くは飛べず一旦甲板に降りる。
すかさず2人に襲いかかる竜に対してローレヌは片手をかざし火柱をあげて竜に対抗した。
火炎を浴びた竜は明らかに怯んだ。
「な、なんだ?」
ライズもまさか可憐な姫君が火炎噴射が出来ると思わずびっくりしてしまう。
ローレヌへの攻撃に失敗したため一旦水中に戻るウツボ竜。
ローレヌは、大きな竜に向けて手をかざしはっきりと目には見えないが炎のようなものを噴射させて竜の動きを弱めたのだ。
だが竜はまた水中から船に這い上がりその周りの人々に襲いかかった。
ラリ達はそんな人々を後ろに庇い剣を構えて躊躇わずその顎や喉元にに突き立てた。
水の国の兵士たちも立て続けに薙刀による竜への攻撃を行った。
だが暴れる竜の致命傷にはまだならない。
咆哮しながらウツボ竜は、かえって激しく暴れ出し船の上に乗りあげてきた。
「今のはなんだ?ローレヌ姫」
とライズは腕の中にいるお姫様に問いかける。
「火炎放射ですわ」
「いや、それくらいは分かる」
「王国の民や外国から来た方々を守るのは王族の義務なのです」
「それも分かるが、なぜあなたがそんな技を出すのかと聞いている」
「生まれつき出来るのです。くわしくは申せませんが」
水の国のお姫様がなぜ火炎を発射出来るのかについては彼女の父が火の精であるから、ということに理由があった。
ライズは、その事を知らなかったのだ。
だが、その説明をしている場合ではなかった。
「続きはまた別の機会にお話ししましょう。あの竜の目の前に下ろしてくださいな」
そしてローレヌは竜の目の前に降ろされ彼女の渾身の火炎放射の力で怯んだ隙に護衛の兵士が薙刀でその首を切り落とした。
その隙に、兵士たちは風の精の少年達と力を合わせて竜の動きを封じて首を切り落とすことに成功し怪我人は出たが犠牲者は出なかった。
他の少年たちも彼らが知る竜の急所に躊躇せずに切り掛かり、ラリにいたっては、剣のつかがのめり込むほどに深く自分の剣を突き立て皆の協力でようやく致命傷を与えることが出来た。
ライズ達は、祖国で子ども時代から従軍する事が多く軍事訓練の一環で竜の狩りに誘われる事も多かったため対処に慣れている一面があった。
風の国では基本的に草食の竜は使役動物として捕獲し、調教して飼い慣らすので、殺傷はしないようにしているが今回のように肉食の竜に襲われたり敵方の戦力となった戦闘に加わった竜は殺傷しても仕方ないという認識だ。
戦争続きで開発が進まない風の国には太古からの空間のがのこり水の国では姿を消した巨大生物が普通に野生下で生息して遭遇する事も多い。
だが水の国ではこういった巨大な竜と遭遇することは滅多にない。
今回のように人が集まる場に入り込んで暴れる例などほとんどないので油断していた。
人々は自然を愛してその魅力を満喫しようとするがすっかりその危険な部分を忘れているのだ。
5人の少年たちが、連携して兵士たちと竜の攻撃を防いだという話はあっという間に人々に知れ渡り国王陛下自らが、青龍という名前の剣を与えて「素晴らしい勇気だ。心から感謝する」と直々に少年達を労うとその活躍の話は、あっという間に聞こえなくなってしまった。
まるで近衛の護衛兵かのような見事な動きで竜に向かっていったライズ達風の精の少年達。
ローレヌは思う。
「あの緑色の瞳のライズという男の子には何か秘密があるのではないかしら?」
と。
ローレヌは、特別な立場にあるため特別な「好き」をつくってはならないと言い聞かされてもいたけれど
ライズには特別な好奇心を抱かずにはいられなかったのだ。
ローレヌの強烈な火炎放射をみて益々ライズがローレヌのことを特別に「好き」になってしまった事も知らず。




