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水の国の物語  作者: たくぼあき


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5/8

夢を見るのは自由だろ

「『あなたは、私が以前観劇した舞台で国歌を斉唱された人ではないのですか』と言う言葉を水の国の言葉に直せ」


と、ライズは、通訳をしてくれる羽衣売りのキチジにいいつけた。


ローレヌと話がしたくてたまらないライズの涙ぐましい語学習得の努力の一端である。


ライズは、豪商の子弟という設定なのでキチジは彼を若様、と呼ぶことにしていた。


「いつそんな言葉を使われるのですか。若様」

とキチジが尋ねたらあっさりと

「ローレヌという姫君へのご挨拶だ」

と白状する。


ローレヌ姫は国王夫妻の孫娘で、まだまだ幼いが将来的にさぞや美しくなる事だろうと語られている優しい姫君である。


そんな姫君を、少年らしく話しかけようとねらっているライズがやや微笑ましい。


キチジは、ライズの積極的な部分に感心してしまうが、難色を示してくる。


「あまり深入りなされますな。若様はいずれこの国を去られるのですから」 


故郷の戦況によってはすぐに帰国するかもしれないのに

「分かっている。だがせっかくの機会だ。顔を合わせて話せるならば話しておきたい」

そしてー。





「お前は水の国に何をしに来た?」


皮肉めいた言葉を投げつける、学友という扱いの護衛、真面目なラリ。


彼の主君は、目の前のチャラついた格好をした少年であるし、主君と臣下の仲なのに互いを継承なしでお前呼ばわりしてしまうほどに彼らは子どもの頃から共に育ちもはや肉親のように深いつながりがある。


クソ真面目な彼の問いかけを背中に受けながら

鏡に向かい、身支度と化粧に余念がないライズ。


何をしているかというとこの度水の国の銀の湖を囲むリング場の回廊が建設され、回廊につながる円形大劇場竣工式に演劇の出し物が決定した。


それについて多国籍の演者によるパフォーマンスを取り入れる為そのオーディションに応募したところ、実にすんなりと合格してしまった。


そして、公演の稽古に呼ばれ、筋が良いと褒められ、舞台出演にあたり彼の少女のようなたおやかな愛くるしさや美貌をキリリと引き締めるために教えられた舞台化粧の練習をしているのだ。


ライズは、生まれこそ王子様だが物心共に非常に苦しい生活を潜り抜けてきた彼は身の回りのことは全て自分でやれるようには出来ている。


それこそ「王子らしくない」と言われてしまうほどに。


亡命王族であることを隠している今、ライズは、近侍の者たちには何もさせず自分のことはほぼ自分でやっている。


手の空いた近侍たちは、みな知識欲旺盛な真面目な少年たちなので、せっかくの学問の機会だからと学習の機会を得て語学や歴史、貿易といった学問にのめり込むようになっていた。


そんな中、王子は、学問より舞台という亡命者がのめり込むべきではない分野に意識を広げてしまったようだ。



水の国の言葉の習得は誰よりも速く通訳のキチジに驚かれるほどだが、そもそもライズという本名も今は使っていないが紛らわしいのでライズと記すことにしている。


「俺の風の国の訛りが出ないようにと台詞は少なめなんだがな」


「目立ってはいけないはずなのに。何を浮かれているのか」


もはやかなり頭ごなしに主君に意見するラリ。

ライズは、そんなことを気にせずウキウキしているようだが

お付きのラリは、彼は子どもの頃から一緒にいる王子に対しほぼ対等な口をきく豪胆な性格でもあるのだが、内心ライズに人々の興味が向くことに対して気が気ではなかった。


「風の国では、現政権にお尋ね者にされているライズは亡命者として目立ってはならないんだぞ?」


「わかった。わかった。俺様は商人の息子。名前も偽名にすればよかったかな。でも風の国とは発音も違うし大丈夫だろう」


と浮かれた返事をしてくる。


そう、彼は、ローレヌという異国の姫に恋をしてしまった。


ライズは彼女との出会いの瞬間を生涯忘れることはない、とおもった。

風の国の戦火を逃れて落ち延びた水の国。



たどり着いた銀の湖に浮かぶ水の国の王の居城、水晶宮。


産まれて初めて目にする光に満ちた壮大な王宮。

空に伸びるかと思われるほどの幾つもの階層に分かれた見事な螺旋状の塔も。


どの建物も非常に堅牢で優美で精緻な装飾がされていることに圧倒された。


水晶という硬い岩石で作られているということだった。


風の国で最も大きな建物は国王の居城でルリアリと呼ばれる空中宮殿なのだが、実は、風の国の首都アリにはラリが赤ん坊の時に離れて以来危険すぎて近づいた事がなくライズもラリもその空中宮殿を見たことがなかった。

水晶宮が彼らが生まれて初めてみた他国とはいえ王の住まう居城。

本当にあくまでも他国のものだが。


本来なら父の居城だったはずなのに。

今は流浪の民になってしまったな。

ライズもかなりしんみりしたというのに。


キチジは元々は風の国の王家の出入り商人であり公的な朱印状まで持って他国と貿易する許可を得ている。


それでいて密かに元王妃と、ライズ王子に資金援助などをしているのだから危険な空を飛び回るという大変危険な振る舞いをする、という意味の風の国の諺そのもの生き方をしている。


のかつてライズの父王や祖父王のでは空中宮殿でよく商いをしていて参内したこともあるのだそうだが


「正直申しますが我が国の王の居城が質素に思える程に水晶宮は広範でございます。そして精緻な細工ものは大変完成度が高くまた統一感に溢れこの水晶宮ほど豪華絢爛な建築物はこの世界に無いと申せましょう」


ライズとラリは、アマリエ元王妃から風の精の王の居城ルリアリはとても広くて空の青さに対して白色で塗られていてその色彩のコントラストが美しくてたくさんの兵士たちが飛び回り王宮を守っていた勇壮な城と語ってくれたものだったが、自分達の国の王の居城を見るよりも先にライズもラリも外国の城を目にしてしまったことになる。


円形劇場で世界最高峰の歌劇というものを見て驚きと共に感動をした。

そしてその歌劇の冒頭、ソプラノの見事な歌声を披露して観せた高雅な少女歌手。


その歌い手であるローレヌ姫という可愛らしい乙女にライズは心惹かれた。


それはもはや恋をしたと言って良い。


彼女の姿形、声、佇まい、性格や話す内容全てが好ましく面影が常に瞼の裏に焼き付き、更にその人のことを考えるだけで胸がときめくのだから。


どの角度からみても、どんな辛口の批評家が判断してもそれはライズ王子の初恋といって差し支えないのだった。


ライズは、由緒正しき風の国の国王家の第一王子として生まれるも、現在は流れ流れて水の国の王宮に世話になっている。


風の国は太古の時代、精霊たちが4つに分けたと言われる四大大国の一つなのだが、他の3国と異なり、なかなか国内の統一が遅れていると言う面があった。


いってみれば、風の国諸侯国とでもいようか、国王の下に属領のように豪族達が領民をまとめた小さな小国が集まっているような国だった。


そんな風の国での楽しみといえば素朴な楽しみとして明るい歌やダンスなど身一つでできる娯楽である。


身軽な彼らの空中空間を使うダイナミックな舞踊はかなり高度に発達していた。

とはいえ、水の国ほど洗練されたものはまだ無かった。

ライズ王子は、生まれつきも歌も踊りも才能があったようで次々難しい舞踊のテクニックを会得し、歌も声量高らかに歌い上げるものだからあっという間に舞台で役がついてしまった。


言葉の訛りもあっという間にとれ、演出家が唸るほどの難曲を生き生きと歌い上げる。


「俺の夢?水の国の国歌を歌唱できるようになる事だな」


水の国での国歌独唱は最高の歌手にしか許されないことになっているのだ。

また風の国ほど自由に飛び回れないが、軽やかな身のこなしは異国情緒に溢れている、と総評されはじめは荒削りだったが次第に慣れて色々上手になっていき器用なダンスや声量が求められる歌唱など絶賛され始めた。


化粧映えもする。


まだ若く小柄なところがやや舞台的には不利なのだが。


顔立ちはキリッとカッコよく2枚目の役を嫌味なくこなしたりする。


「さっきの場面の俺の目線どうだった?」


とラリや随員にきいて更に研究したりして、あきれたラリが

「おい、いい加減にしろ」

と進言するも聞く耳は持たない。





こうしてライズ王子の水の国生活の第一章は幕を開けたのだった。


「王子たるお前の夢が他国の国歌斉唱だなどと。いいのか、これで」


と嘆くラリの横でライズは大いに笑うのだった。


「こんな目立つ事をする亡命王族もいないだろう」と言い返した。


「夢を見る事は素晴らしいことだ。お前も好きな夢をみろ。そしてかなえろ!」


何を勝手な事を言うのか、とラリは言い返そうとした。


ラリ達の夢は祖国に戻り王冠を奪還する事以外にないのだが。

ラリが言い返そうとした時には、いよいよ出番が近づいたとライズはそのまま舞台袖に行ってしまったのだった。

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