ローレヌ
話を少し遡る。
「ローレヌ様、王妃陛下がお呼びでございます」
水晶宮の奥まった一角にある王族の私的空間。
鮮やかな青い花が咲き乱れる王室専用の花園に面しているのはローレヌの部屋である。そこには世界中から集めれられ、育てられた美しい青い花々が常に咲き誇っている。
水の国で最も尊い色は青なので許される限り青い色のものが揃えられる。
その花園の中に佇お姫様と呼び掛けられた少女は、呼びかけに対してゆっくりと侍女を振り返った。
年齢は十をいくつか超えたあたり、まだまだ幼さも抜けきらない年齢だがあたりを払うような美しさと気品に満ちていた。
水色の真っ直ぐな長い髪を背中に流れるようにおろし、額には銀色のティアラをはめ彼女の瞳と同じくらいキラキラと輝いていた。
彼女の名前はローレヌ。
水の国の国王夫妻の一人娘のソフィーニ王女を母に、火の国のケイシー王子を父に持つ、二つの王家の血を引く少女である。
ローレヌは、水の精の母に生き写しと言われて水色の髪と瞳の色をもつ。
そして顔立ちの中には父方の火の精の華やかさを受け継いでいえ彼女に会う人が思わず言葉を失うほど美しい少女だったという。
水を操る能力は高くまたとにかく歌唱力に定評があるので王立劇場で身分を隠して飛び入り参加をして喝采をさらう姫君でもある。
あまり良いことではないように言われる種の異なる精霊同士の血の交わりには魔力があるのではないか、と囁かれる所以だ。
しかし、ローレヌのこの世ならぬ美しさ、能力の高さをみると彼女の両親の恋も全て運命だったのだろうと思う人も多い。
母方の水の精の容姿を色濃く持って産まれた彼女は、水の国に残り、火の精の特徴である金色の髪と瞳を持つ双子の姉は父の国に引き取られていった。
その後母のソフィーニが亡くなった後ローレヌは、母方の祖父母である国王夫妻に引き取られ、二人から溺愛されて育つ。
「おばあさまは私にどんな御用なのかしら」
ローレヌの美貌もよく通る美しいその声も彼女に出会う人を驚かせる。
「珍しく風の国から来られた方や他の異国の方々を招いて歌劇の上演や謁見を予定されているのでローレヌ様も同席なさるようにとのことでした」
女官が手際よくローレヌの普段着の上にもっと豪華に裾の長い上着を着せ掛け髪型などを直して着付けし直す。
身内とはいえ国王夫妻への謁見の際は正装かそれに準ずる衣装を整えることがマナーだったからだ。
着付け中、ローレヌは、リラックスして「あああー」などと優雅に発声練習などしたりするが
「風の国の方?楽しみね。他の国の方もおられるのでしょうね。楽しみだわ。それにわたくしまた舞台でお歌を披露したいわ。私の歌を皆様がじっと聴きいってくれてそこで拍手が響いてとても楽しいもの」
「舞台での歌唱もお願いしたいとのことでしたわ。王立歌劇の演出家がもう姫様のお歌を用意しておられるそうです。ヴェールでお顔を隠せばまさか姫様が舞台におられるなどと他の観客には気がつかれませんよ」
ローレヌの世話係の女官は、侍女に命じて衣装箱や風の国の文化や歴史を書いた小冊子も持って来させローレヌ姫に差し出して髪を梳る。
水の国は、古来より人々の交流が盛んな土地でその洗練された文化や芸術面や、気さくで大らかな人間性から外国の若者達が語学や芸術や建築術、などなど様々な事象を学び、更に観光や買い物など沢山出来事を愉しみに集まっている。
水の国も常におもてなしの心を忘れずに異国の人々を拒まない。
女官達もお姫様も慣れたものだ。
「風の国は内乱が続いているのね。まあ、風の国には巨竜が絶滅せずに生息している地域があるなんて。羽衣は巨竜の雛の産毛でおるのね」
ローレヌは頭の中に簡単な風の国の知識をとりこむ。
「羽衣を普段着にされてるなんてオシャレな方達ね」
多くの人々に愛されるような唯一無二の文化圏を作り上げさえすれば平和と安全につながるはずだからだ。
長い歴史の中で水の国が高圧的な外交政策を繰り返して、武力侵攻や併合を繰り返す圧政を敷いてきた過去も無きにしも非ず。
水の国からのあまりの外圧に耐えられなくなった地の国や元々好戦的な隣国の火の国などと不毛な争いを繰り返してきた歴史もある。
だがそれらは過去の歴史なのだ。
これからは、どちらも豊かに幸せに生きるべく水の国の素晴らしいおもてなし文化で過去の黒歴史を塗りつぶし、そんな黒歴史など全く気にせず水の国の文化に迎合する人々を増やさなければならない。
水の国の潜在的な味方が増えれば増えるほど水の国の安全保障につながるからである。
したがって王家の人々の公務は、外国要人、留学生、国民達を全ておもてなししているようなもの。
そして、風の精を招いた上演会があったその日、ローレヌは、身分を隠して歌を披露し出番が終了した後、ひと息ついてから桟敷に入って行った。
王妃は、最愛の孫娘に
「よくきましたね。愛しいローレヌ。あなたに新しいお友達を紹介しますよ」
と言ってくれた。
祖母がさししめした風の国の少年達にローレヌはニコニコと笑顔を贈る。
まずは国王、王妃、更に、王太子と王太子妃に恭しくお辞儀をした後で風の国からきた可愛らしい少年達に親しみ深い笑顔を送って挨拶をした。
異国からきた5人の少年達と異国の商人が立っていて王妃とローレヌに対して水の国風のお辞儀をしてきた。
その中で1人の少年が自分の声や佇まいに何かを感じたらしくハッとした顔をしたような気がする。
—この男の子がきっと5人のリーダーなのだわ—
ローレヌは心の中で
私が歌を唄ったこと気がついたのかしら?よこ
彼らは銀色の髪、緑の瞳、白い肌、銀色の糸を織り上げた風の国特産の織物で縫い上げられた羽衣という民族衣装を着ていた。
余談だが水の国では今素朴で軽やかな織り物として風の国を産地とする生成りの織物が流行り始めていた。
その羽衣という織り物は、風の国にのみ生息する竜の羽毛から織られる為今や手に入りにくい大変希少な衣装となっている。
その羽衣は空を自由に飛び回る風の精にとって非常に着心地が良いため彼らのための必需品で家内工業的に自給して織り上げ、女性たちが自分や家族のものを織ら上げるもの。
そして水の国では、衣装や裳裾を芯を入れない状態でもふわりと膨らませてくれる新素材としておしゃれな人々に大人気となっているものでもあった。
しかし、ただでさえ生産量が少ないのに加え
戦争が長引きあまり入手出来ないことから水の国では希少な品となっていて皆それなりに風の国の男の子達に興味を持っていた。
ローレヌが初めて出会った風の国の少年達は風をはらんだようなふんわりとした素材の白い衣装とターバンのような布地を頭に巻いてはごろもを身につけているけれどさほどおしゃれにも見えなかった。
(風の国の方って清らかで素朴な方たちなのですわね)
と思った。
「この方たちはこれから水の国の語学の学習をなさるのですよ」
「ローレヌも話して差し上げなさい」
王妃と国王が優しく微笑む。
『ここは、この世界の中心、世界で最も豊かな美しき至上の王国、我らが水の国よ』
そのタイミングで水の国国歌『世界の真ん中の国』の歌が聞こえ始めた。
水晶宮では、いつも何処かで雰囲気の醸成のため背景音楽が演奏されている。
弦楽器であったり管楽器であったり、歌声であったりするが比較的抑えた小音量で流される音楽で城内で計算された音響でいつでも心地よく城内に音楽や歌がなり響いているのである。
ライズ達5人の風の精にとって、友好ムードを感じて有難いと思う反面、自分達の立場の弱さも感じ、非常に複雑なやるせなさも感じてしまった。
水の国の王の居城と流浪の自分達の立場の違いに落ち込みそうになる。
ここは、世界中の人々の羨望を集める、水の精達が興し彼らが多く住まう大国、水の国である、自分達の国とは異なり平和で全てに余裕があり規模も円熟度もなにかも異なるのだと。
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