汝幸いなる水の国よ
『汝幸いなる水の国よ』
水の国の王の居城、水晶の迷宮と呼ばれる水晶で作られた壮大な宮殿には、本格的な円形劇場が併設されていて王家が後見する劇団まである。
折に触れ、舞踊、演奏会、歌劇や演劇などの公演を不定期に開催して人々を楽しませてくれる。
今回は、異国から水の国に訪れて学問に励む多くの留学生達を国王の名において招待し、水の国の成り立ちや神話、国家としての素晴らしさをうたいあげる出し物となっていた。
客席は風の国の一行を含めた沢山の留学生たちが座席を埋め、王室専用桟敷には国王夫妻、王太子夫妻も臨席するという格式高い舞台が用意された。
国王が最後に桟敷に入られると拍手が鳴り響きそれが収まってから開演を告げる声が響いた。
静まり返った円形劇場の中央に水色のヴェールで顔を隠した娘が静々と現れそのままアカペラで歌い出す。
水色の長い裳裾を引いた豪華な衣装をまとった可憐な少女の歌声が響き渡り一気に観客を舞台にひきこむ。
『ここは、この世界の中心、世界で最も豊かな美しき至上の王国、我らが水の国よ』
と歌いあげるのは自画自賛国家の誉れ高い水の国の国歌である。
よくも自分の国のことをそこまで丁寧に褒め称えることができるものだ、と謙虚な性格の人間は眉をひそめる事もあることで有名なのだ。
その曲調は優雅でテンポが良く非常に覚えやすい。
少女歌手の表現力が素晴らしくしばらく非常に心地よい美しい歌声が響きわたる。
彼女の透き通った歌声はその空間を支配し、観客の心を引き寄せた。
水色のヴェールの少女の歌につられて唱和する留学生たち。
見事な国歌斉唱が終わると流れるように舞台の奥にはけていく水色の衣装の少女と入れ替わるかのように舞台の開始をつげる美しい舞台回し役の若者がふいに登場し、王の御座する桟敷に水の国の伝統的なお辞儀を深々としてから客席の人々に向き直り軽やかに話を続けた。
『世界で最も美しい我が水の国に来訪なされた我が国を愛する素晴らしき皆々様よ』
太古の昔の水の精霊が神に選ばれてこの広大な広い土地を与えられた事。
他の国と不幸な争いに陥ったこと。
舞台回しが指し示すと金色の髪を持つ火の精霊に扮したもの達が炎の槍を振り回し、更に戦いの中で炎の槍に刺された水の精が苦悶の表情で絶命する。
それらはかつての火の精霊達との激しい戦乱の様子そのものだ。
更に戦いの中の敵も味方もない阿鼻叫喚の様子など戦乱の場面が織り込まれ、ついに神に扮した舞台回しが天空にサッと腕をかざすと水が渦を巻いて水柱が沸き起こりさらに霧散し舞台には誰もいなくなった。
このように幾度か火の国と水の国が領土争いで戦ったのは双方に利益のない非常に不幸な歴史であり、互いに偉大な王が現れて国を平和に導いたこと、などなど寸劇をして見せながら観客たちを物語に引き込んでいく。
「戦争は愚かな事。平和を愛するのだ!汝幸いなる水の国よ!」
水の国の言葉が分からない観客もいることから身振り手振りで時に滑稽にわかりやすく話が進んでいく。
本日の公演の隠れた主賓である風の国の少年達も良席を提供されていて出し物に夢中になって見入っていた。
なにぶん水の国に来たばかりでほとんど言葉が分からないが見事な舞台装置や歌やダンス、狂言回し役役者の演技力で言葉が分からなくてもとても楽しむことが出来るという趣向だ。
水の国の成り立ちの劇がひと段落をすると今度は色とりどりの沢山の踊り子たちが舞台になだれこみ、一糸乱れぬ群舞を踊り始めた。
招待された外国からの留学生達は、見事な歌と踊りと衣装、舞台転換の早さや次々に変化する場面テーマの変遷の見事さに心を鷲掴みにされて興味深げに見入っていた。
終演後は客席の人々から喝采が上がった。
多くの観客は、はじめに歌声を響かせたヴェールをかぶった歌姫がカーテンコールに出てきてくれることを願ったが、可憐な歌声の彼女は引っ込んだまま最後まで出てきてくれなかったのでとても残念に思われた。
特に内戦が続いている風の国からやってきた少年達はこのような豪華絢爛な舞台など観たことがなかったことからあっけにとられてしまい、ただただその素晴らしさに引き込まれた。
そして幔幕が降りた後、風の国の一行の5名は、水の国の国王夫妻の観劇の桟敷に案内された。
「いかがでしたかな?我が国の歌劇は?」
と国王が穏やかに風の国からきた少年達に優しく話しかける。
お言葉を賜ったライズ王子は、好奇心と観劇で感動した余韻からかとても感激した様子だった。彼は母国語でハキハキと答えた。
「我が国にはない演劇など非常に素晴らしいものでした。わたしは感動で震えています。とくに冒頭のお歌は素晴らしかった。あの美しい歌を歌われた方がカーテンコールに出てこられなかったのは残念でした」
と言った意味の言葉をライズ王子が口にし、近くに立つ水の国の言葉が堪能な風の精の通訳が王に伝える。
それを聞くと王は嬉しそうに笑って
「私もあの歌い手のファンなのですよ。まあそのうちご紹介しよう」
などと上機嫌だった。
しかし、ライズは年若いが生まれ持った落ち着き振りはさすが王子の風格を感じさせた。
ところで風の精霊として銀色の髪、緑色の瞳、まだまだ幼くまるで女の子のような可愛らしい容姿の王子だったので驚いたのは水の国の国王一家も驚いたのは同じだった。
こんなに小さな男の子が母親や祖国を離れて遠い異国に身元を隠して落ち延びなくてはならないとは不憫な話だ。
人の良い国王夫婦は一瞬で同情し親身に助けようと思うのだった。
「せっかくこの国に滞在なさるのですから宜しければ語学を学んでください。早くあなた方と通訳無しで話ができるようになりたいものです」
王は風の国の言葉も少し話せるのでそう言ってとても優しく語りかけてくれるので一同は嬉しくなってしまった。
「はい!」
風の精の一行達は通訳を介しながらだが国王と和やかな雰囲気で会話をする事ができた。
そうして一人一人が水の国の儀礼に則った水の国の礼儀作法を披露しているところに、桟敷の中に入ってきた少女がいた。
国王と王妃と王太子夫妻に次々に優雅な挨拶をする水色のローブを纏った美しい少女。
水の国の王妃も王太子妃も宝石を散りばめた民族衣装をきてそれぞれ美しい方だったが、突然桟敷に入ってきたこの女の子があんまりにも美しくて可愛らしい優雅な姿なので風の国の少年達は驚いて声も出なかった。
王妃は可愛がっている孫娘を軽く抱きしめその王妃の眼前に白い風の国の衣装に身を固めた少年達を指し示した。
「よくきましたね。愛しいローレヌ。あなたに新しいお友達を紹介しますよ。こちらの皆さんは戦乱で荒廃した国境の都市テトクエから避難してこられた風の精の方々なのです。風の国の方々、この娘は私たちの孫娘ローレヌ。どうぞ仲良く」
王妃は孫娘をその少年たちに紹介した。
「ご機嫌よう。水の国のローレヌです」
それは、可愛いらしく、とにかく鈴のような美しい声。
彼女の美しい顔形、声の張り、そして親しみのこもる笑顔。
全てがライズ王子の心の中に染み透るかのように感じられた。
そしてライズは、直感的に何かを感じた。
ハッと気がつく。
ー先程の国歌を歌ったヴェールの少女だ!ー
「あ。か、風の国より参りました。ライズと申します」
ライズはようやく言葉を口から出す事ができた。
自分が亡命王族という事を隠さなければならないようにこの姫君も歌を歌う事を隠さなければならないとかあるのだろうか?とライズは頭の中が混乱したのだ。
「風の国の方々とお話しするのは初めてですわ。どうぞ仲良くしてくださいな」
「先程のお歌見事でした」そう言って通訳を介して伝えようかとライズは思ったが頭が混乱して言葉が出ず、うなずくことしかできなかった。
「私は風の国の織物が大好きですの。どうぞおよろしくね」
この日からローレヌと話がしたい一心で風の国のライズ王子は必死で水の国の言葉を勉強するようになったということである。




