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第五話 商路の開通——係数が描く繁栄の地図

市場跡地の屋根を再建し、流通効率を“微調整”して朝の商いを再開。鮮度係数の緩い加速と衛生対策で返品率を半減させ、記録精度も上昇。臨時評議で「ダンジョン管理局」の設立を決定する。一方、視界には微弱な式ノイズが走り、誰かの干渉を示唆。王都の使者が到着し、公開弁明までのカウントダウンが本格化する。

 公開弁明まで、残り二十七日。

 夜露の残る朝、私は城下の市場跡地に立っていた。骨だけになった木組みの屋根、雨で歪んだ台、剥がれた看板。風が通るたび、薄い布がばさりと鳴る。視界の端で衛生指数 0.28、滞留率 0.62、活気 0.31が鈍く点滅する。


「屋根さえ張れれば、人は戻る。まずは雨を避け、日を遮ることよ」


 私の言葉に、鍛冶場から来たアイザックが顎を引いた。彼の後ろには、釘の詰まった箱と、滑らかな金具の束。


「釘は充分、梁の補強金具も用意しました。あとは木材だが……」


「北側の納屋を解体して再利用します。古いけれど、乾いているわ」


 アーサーが短く号令をかけ、兵士と領民が動き出す。足場が組まれ、梁が持ち上がり、金具が噛み合う。木が軋む音の上で、活気 0.31 → 0.36。わずかな上昇を見届け、私は視界の奥に薄く走る式を撫でる。

 ――流通効率 k_flow。仮に0.93 → 1.02。ほんの“今だけ”、息継ぎを楽にする微調整。


 午前のうちに、軒の一列が影を落とした。そこに最初の露店が広げられる。畑から届いた青い葉の束、まだ湿りの残る根菜、川から上がったばかりの銀の魚。だが籠の縁には、早くも小さな警告が灯る。鮮度 0.62(減衰中)。夏が近い空気は、食べ物の命を急がせる。


「昼までに売り切れない分は、痛むわ」


 魚売りの男が肩を落とすのを見て、私は小さく息を整えた。人目から隠すように、指先で数字に触れる。

 ――鮮度係数 k_fresh、0.80 → 1.12。固定、ではなく、緩い加速。味を誤魔化す気はない。ただ、傷む歩みを少しだけ遅らせる。


「……お、お嬢さん?」男が魚の腹を指で押し、目を丸くする。「昼を過ぎたのに、身が締まってる」


 周囲の客がざわつき、信頼 0.34 → 0.42。私は何も言わず、手元の帳面に「氷室」と書き足した。明日までの対症療法に頼りたくない。氷の貯蔵庫がいる。氷は冬に蓄え、夏に売る資本だ。


「文字は得意?」私は露店の少女に声をかける。


「えっと……“い・ち・ご”なら……」


「では“ひ・む・ろ”。明日、それを看板に書きましょう」


 少女が練習用の板に文字を刻むたび、識字 0.15 → 0.16。私は上昇を固定せず、風に任せた。文字は、自分の足で歩くほど強くなる。


 昼を過ぎ、屋根の影が地面を渡る。人が増え、声が重なる。そこへ、商人ギルド支部の女頭――アデリナが姿を見せた。黒い外套、鋭い目の縁に疲れが滲む。


「約束どおり、見に来たよ。で、数字は?」


「今日一日で取引件数 0.00 → 87、返品率 0.14 → 0.08。鮮度は維持中。夕刻の雨を避ける屋根は完成済み」


「……悪くない。だが王都からの荷の道は細い。道が切れたら終わる」


「道は切らせない。許認可 k_permitを――」私は言いかけて言葉を飲み込む。数字への介入は刃物だ。

「――“手続き”を簡素化する案を、今夜の臨時評議に出します。ギルドにも席を」


 アデリナは片眉を上げ、笑った。「言葉がうまいね。席は用意しよう」


 その時、城下の外から早馬が駆け込んだ。鞍袋の封蝋に王都の紋。嫌な冷気が背筋を走る。私は受け取った封書を開き、無意識に指先で紙の質を確かめた。

 ――脅威 0.22 → 0.31(上昇)。

 文面は簡潔だった。査察の使者が、三日後に到着。税と交易、そして“契約婚”の確認。


「迎える準備をする」アーサーが短く告げる。彼の瞳に、鍛冶場の火を思わせる色が宿っていた。


「まずは数字を整えるわ。今日の成果を“見える形”に」


 私は市場の端に立ち、見渡す。屋根の影、流れる人、列に並ぶ子ども。視界の中央に、淡い曲線が浮かんだ。

 ――日次売上予測曲線。今は脆い上昇。ここに一本、支えを通す必要がある。


「ソフィア、屋台の薬草スープはここに並べて。『働く前に一匙』の看板も」

「はい!」

「リディア、流通記録の帳面を。書式は昨日の学校で教えたもの。数の書き方は子どもたちに手伝ってもらうの」


 小さな手が紙に走り、数字が列を成す。記録精度 0.22 → 0.35。私は上昇の端だけを軽く固定した。束ねること。流れるものは、流れるまま記録に宿る。


 午後遅く、雨の匂いが風に混じった。空を切り取った屋根が濃くなる。私は露店を巡り、濡れやすい品を奥へ誘導する。眼の端で、見慣れない歪みが一瞬だけ走った。

 ――式ノイズ。微弱、発生源不明。

 私以外には、誰も気づかない。視界を凝らすと、ノイズはすぐに消えた。心臓が一度だけ強く打つ。誰かが、どこかで同じ“式”に触れている?


 その不安を押し込めるように、私は腕を捲った。露店の端で幼い咳が続いている。少年の額に触れれば、熱。母親の顔色には、諦めと忙しさが混ざっている。


「今日はここまで、屋台を畳みなさい。彼には温かいスープと、清潔な布を」


 少年の肩越しに、数字が震えた。感染拡散 0.41(上昇兆候)。私は深く息を吸い、そっと指先を差し入れる。

 ――感染係数 k_infect、0.90 → 0.72。

 大きくは触れない。村全体は彼ら自身の免疫で守られるべきだ。私は動線を整理し、手洗いの桶を増やし、屋根の端に雨水の落ちない場所を作った。衛生 0.28 → 0.34。目に見えない壁が、薄く立ち上がる。


 夕刻、最初の市場は無事に閉じた。日銭の集計を終え、私は広場の石段に腰を下ろす。空は浅い灰色。遠くで鍛冶場の槌音が細く響く。アーサーが隣に立ち、視線を市場と空の境に走らせた。


「数字は、どうだ」


「日商 1.5倍。返品率は半減。記録精度は上向き。……そして、見えないところで一つ、壁を立てたわ」


「壁?」


「病に対する。完全ではない、でも流れを細くできた」


 彼は小さく頷き、静かに言った。「ありがとう」


 夜。城の小広間に領主代理、商人ギルドのアデリナ、アイザック、ソフィア、そして数人の代表が集う。私は机の上に一枚の紙を置いた。表紙には太い字で書かれている。

 ――「ダンジョン管理局 設立案」。


「市場は今日、やっと息をした。だが持続には資源がいる。ダンジョンの素材と魔石を“安全に”運用するための管理局を立ち上げます。許認可と査定、危険度の記録、出入りの統制――すべて、記録で守る」


 領主代理が眼鏡の縁を押さえ、私を見る。「人手は?」


「会計を一人。識字の早い孤児から数名。冒険者からの転職組を二名。戦術家は王都から……いえ、私が声をかける」


 アデリナが肩をすくめる。「数字好きの嬢ちゃんは、仕事も早いね」


「数字は足跡です。嘘をつかない」


 私は紙の隅に、小さくk_permitの記号を書いた。許認可の手続きを“円滑にするための段取り”を、明日から並べ替える。数字の芯を折らずに、流れを良くするやり方はある。


 合意が取れた瞬間、視界の端で活気 0.36 → 0.43、連帯 0.40 → 0.45。私は上昇の速度だけを、ほとんど気づかれないほどに加速した。


 会議がはね、人の気配が薄れる。窓を開けると、井戸の水面が月をほどいて揺れた。紙束を閉じる私の指先に、昼間と同じ微弱な式ノイズがふっと触れる。

 ――だれ?

 呼吸を整える。胸の奥に、恐れと、熱が同時に灯る。


 翌朝、城門の前に黒い馬車が止まった。紺の外套の男が降り、冷たい目をこちらに向ける。封印の紋章が光った。

 脅威 0.31 → 0.47(上昇)。

 弁明まで、残り二十六日。数字は嘘をつかない。ならば私は、その数字で、世界を動かす

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