表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/50

第三十三話 常連の顔――浅層の攻め方

 ギルドの扉を開ける前から、人の気配が道に溢れていた。王都での弁明と名誉回復、そして〈王都窓口〉設置の布告が広まってから数日。国境領の新しいダンジョン目当てに、各地のパーティーが集まってきたのだ。


 掲示板の一番上に、私は太い字で貼る。


〈今日の運用〉

・入口A-2 → 右折の側道 → 赤縄「四」で折り返し → 帰還。

・教範走行(見本周回)を午前に一本。常連候補は午後に一本。

・救助は買い取り上限を+小。折り返し違反は買い取り対象外。

・兵は外周。ギルドは坑内。役目は交わらない。


 ガレスが広場で声を張った。


「鐘は三段! 一つで中央を空ける。二つで弱い者を先に。三つで列ごと退く!」


 いつもの木札も並べる。白(外周)、黄(影)、赤(搬送)。胸の“戻り砂”は短い方と長い方をひとつずつ。ミナは帰還板の前に立ち、隊名とときを書く係。テオは写しの束を胸に抱え、紙の角を指先で軽く叩いて緊張を落とした。


 列の先頭に、馴染みになりつつある顔が並ぶ。


 四人組の虹色の方舟。盾役の女戦士が寡黙で、回収担当の男はよく周りを見る。

 三人の影法師。音で誘導するのが得意な偵察系だ。

 五人の無冠の狼たち。血気盛んだが、昨日から「待つ」を覚えはじめている。

 若い三人の風切。弓手がよく当てる。

 ひとりで動く旅烏。口数は少ないが、戻る刻がきっちりしている。

 それに、今日は遠征帰りのブルーコメット、三人組の黒曜の犬歯、二人旅の海霧、四人の猫の梯子、五人の冬灯まで。隊の大きさも色も、まるで市の露店みたいにばらばらだ。


「ここでの登録だけ、先に決めます」


 私は受付台で説明した。

・国中のギルド登録はそのまま有効。

・国境領では“常連契約”を結ぶ隊に限り、標識当番や救助訓練を割り振る。

・個々の冒険者ランク(F→E→D→C→B→A→S)は従来通り。今日はDまでを浅層、CとBは見本走行の伴走。A以上は地上連携の補佐を一部依頼。


 黒曜の犬歯の斧使いが、肩で笑って言った。


「ここの噂は王都まで届いた。……現場に秩序があるのは助かる」


「秩序で止めないのが、うちの約束です」


 アーサーが短く言葉を足すために顔を出した。鎧紐はいつものように内側に噛ませ、余りを垂らさない結び。飾りじゃない、動くための結びだ。


「最初の一本は見本だ。攻めて、戻る。――任せる」


 それだけ告げて、堰の点検へ向かう。地上を整えないと、地下の攻めは続かない。


 私は“戻り砂”を二つ、同時に伏せた。胸の中で落ちの比を確認する。行き 0.48/帰り 0.96。数字は声に出さない。今日は定規で進む。



 見本走行は、虹色の方舟と影法師の混成、先導にブルーノ。入口A-2の白札を軽く指で叩き、右へ折れる。側道は苔の光で足元が読める程度。最初の浅い掘り返しが見えた。


「黄、刺して」


 虹色の方舟の回収役が黄の小札を一本差して、踵を引っかける溝を“見える罠”に変える。影法師の先頭は石突で床を二度、短く叩いた。灰緑の群体スライムが音へ寄る。列は縁へ寄って滑るように抜けた。転倒リスク 0.12→0.09。いい。


 二つ目の掘り返しは、溝の縁が崩れやすい。私はしゃがんで土を少し崩し、段差をなくす。テオが「段差消し」とひらがなで控え、ミナが薄紙に写した。


 三つ目の角を回る頃、風が若くなる。灯の芯が湿りで走り、炎がちょっと細くなった。旅烏が自分の灯を節約しようと芯を切り詰めかけて、私は手を伸ばして止めた。油壺の口を布で拭い、芯の先を爪で揃える。熱の逃げ 0.97→0.99。“帰るまでに足りるだけ”。


 赤縄の四つ目。私は顎で打ち返しを示す。列が半歩ずつ重なり、踵を返す。無冠の狼たちの若いのが、うずうずした肩を押さえて一歩止まる。いい判断だ。


 帰り道、影法師の偵察が天井の滴を指で受けた。滴の数が多いとき、床が滑りやすい。彼の合図で、列の歩幅が半枚分だけ短くなる。歩幅の調整 0.96→0.98。小さなことほど効く。


 入口の白札が見えた。胸の砂は八分ほど。帰還板に刻を写す。戻り一致 0.86→0.92。初日としては上々だ。



 地上は午前の日差し。買い取り台の秤をアデリナが軽く叩き、値を読む。初日は控え高めにして回す。市場の詰まり 0.95→0.98。列の肩の力が落ちる。


「方舟、常連契約を――共済に一部、それから記録提出。印は後追いで大丈夫」


 盾の女が頷く。「写しの形式はそちらに合わせる。うちは手書きが得意なやつがいる」


「影法師は標識当番を週二回。白墨の補充と、黄札の差し直しもお願い」


「了解。静かな仕事は長く続く」


 無冠の狼たちのリーダーは腕を組み、口の端を少し上げた。


「四つ目で戻るの、正直まだムズムズする」


「そのムズムズは、明日への貯金よ。違反は買い取り対象外。救助に切り替え」


 私は規約のその一行を彼の人差し指でなぞらせる。彼は渋い顔で頷いた。


「……分かった」


「風切は弓の基礎をミナと。今日は外周で写し優先。矢は明日から」


 弓手の少年が唇を噛んで頷く。若い手ほど、待つのが難しい。


「旅烏は単独を許可。ただし灯の節約は勝手にしない。影の導線が死ぬ」


「了解」


 そこへ、通りがかりのブルーコメットが肩越しに言っていった。


「膝が重い日は、奥の空気も重い。違和感は戻る理由になる。……じゃ、うちは北の塔へ」


 助言だけ残して去るのが彼らしい。言葉は短く、効き目は長い。


 黒曜の犬歯は「午後は様子見で外周に」と言い、海霧の二人は「夜間の周回も試したい」と相談してきた。夜は兵の外周が手薄になる時間がある。私は夜間の訓練用に、笛の合図を確認する段取りを入れると約束した。



 午後は常連候補の二本立て。“お手本走行”で見えた課題を、その場で直していく。


 一本目、影法師が先頭で標識の点検。黄札が湿って緩んでいた位置を差し直し、白墨の丸が薄い箇所に上書きする。方舟は後ろで間合いを守り、回収に回る。無冠の狼たちは折り返しできっちり止まった。リーダーは一度だけ深く息を吐き、誰も前へ出ない。風切は外周で、ミナの手元を睨むように見て写し方を覚える。旅烏は独自の歩幅で“戻り砂”に合わせ、入口の直前で速度を落として列の合流に合わせた。無駄のない戻りだ。


 一本目の帰還刻を書き終えたとき、入口の白札の柱の根元で、視界の隅が一瞬だけ欠けた。0:2□→0:24。刹那の空白。式ノイズ。私は顔に出さず、胸の“欠け帳”に印をひとつ足す。書くのは私だけ。口にしない。


 二本目は、救助の練習を混ぜる。私が合図し、無冠の狼たちの後衛を“倒れ役”に。赤は担架布をほどき、黄が影から回り込み、白は外周に呼びかける。風切の弓手が矢筒を置いて肩を貸す。列の歩幅は崩れない。搬送の導線 0.93→0.96。いい。


 戻る途中、旅烏の灯が一瞬だけ強く揺れた。彼は迷わず“戻り砂”を胸で見て、歩幅を半枚落とした。判断が早い。私は心の中で小さく頷く。



 日が傾く前に、広場で“公開評価”をやる。人前で褒めると、行動が速く育つ。叱るときは短く、理由を添える。


「虹色の方舟――常連契約、明日から。標識の差し直しが早くて正確。回収の判断も良い。

影法師――標識当番、火の管理まで。音の誘導、今日いちばん静かで効いた。

無冠の狼たち――二週間は教範ルート優先。折り返し遵守、合格。次は救助の主柱をやって。

風切――訓練三本、実戦一本。写しの精度が上がった。弓は“待って撃つ”を体に入れる。

旅烏――単独周回、観察付きで一本。戻りの刻が安定。灯の扱い、今日は良し。」


 アデリナは買い取りを締め、札を返させる。控えは薄紙で残し、本紙は後追い。紙の角が揃う音が、今日の終わりの合図だ。ソフィアが鍋を抱えて現れ、冒険者と兵の手に木椀を押しつけて回る。


「食べてから話せ。腹が空いてると、賢い人も馬鹿な判断をする」


 彼女の言い方はいつも真っ直ぐで、よく効く。


 道具台ではアイザックが、返却された鎖と返し鋲を点検していた。口径が揃っているか、刻印の向きが揃っているか。孤児の子に、指の置き方から教える。


「混ぜ物は軽い。軽い印は嘘を呼ぶ」


 彼のぼそりとした一言に、旅烏が無言で頷くのを見た。現場の信頼は、こういう場所で増える。


 クラウスは受付の隅で、規約の文言を“素の言葉”へ直す手伝いをしている。


「『折返し位置』は『この印で戻る』に、『救助優先の特例』は『困っている人を助けた時は、上限を増やす』でどうだ」


「分かりやすいのが一番」


 ミナが笑って頷き、テオが短く「うん」と返す。二人の手つきは、昨日より早く、迷いが少ない。

 ガレスは外周の兵に「明日は夜の訓練を一度」と伝え、鐘の試し打ちをして去った。兵の足音と冒険者の足音が交わらないよう、目で確認する。役目は重ねない。重ねるのは記録だけ。



 片付けに入る前、私は掲示板の裏柱へ歩いた。昼に“欠け”を見た場所だ。木目を指で撫でる。冷えが薄く残っている。柱はただの木。けれど、こういう“揺れ”が線になる日が、どこかで来る。今は触れない。ただ、記録する。


 黒板に明日の段取りを書いた。


「常連二本運用(方舟/影法師)。救助訓練を混ぜる」

「夜の避難訓練(兵とギルドの合流テスト)」

「新規三隊の試走(黒曜の犬歯/海霧/猫の梯子)」


 最後に小さく一行。入口A-2白札と掲示板裏柱で式ノイズ再観測――記録のみ、触れない。


 灯を落とすと、広場の空気は静かになった。今日は“退く手順”を“攻めの土台”にできた。

 数字は声に出さない。けれど、戻りの刻、並んだ札、鍋の湯気、笑った顔――ここに残っている。私の紙と、皆の呼吸の上に。明日は、もう一本、攻める本数を増やせる。

最後まで読んでくださって感謝です!

少しでも「続きが気になる」と思っていただけたら、ぜひブクマや★で応援お願いします。

感想もとても励みになるので、気軽に書いていただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ