第三話 初めての朝——辺境城に灯る小さな炎
辺境城で初めての朝を迎えたフランチェスカは、数字チートで城と村の現状を把握し、井戸の枯渇、食糧不足、識字率の低さ、兵士の装備の老朽化を確認する。大広間に領民や兵士を集め、新井戸の掘削、簡易学校の設立、兵士の読み書き教育を含む再訓練計画を発表。村人と兵士を巻き込み作業を進めた結果、夕方には井戸から清水が湧き出し、人々の希望指数が上昇する。初日の改革は成功し、フランチェスカとアーサーは領地再建の未来に手応えを感じる。
日の光が石壁の隙間から差し込み、灰色の廊下が淡い橙に染まった。辺境伯の城で迎える初めての朝、私は薄い毛布を払い、一晩中開きっぱなしにしていたノートを閉じた。ページにはびっしりと数字と走り書きが並んでいる。識字率の推定値、食料在庫、井戸建設の手順――すべてが私の成長率チートで見える数字と、常識的な計算とを合わせて書かれていた。
窓を開けると、外の冷たい空気が入り込み、鳥のさえずりが耳に届いた。中庭では兵士たちが朝の剣術訓練をしている。戦闘力0.35、士気0.55。数字はまだ低いが、規則正しい動きからは真面目さが感じられた。鍛冶師が鍛えた剣はどれも刃こぼれしており、装備耐久度がすでに0.20を切っている。新しい武具と、訓練方法の改善が急務だ。
部屋の扉をノックする音。侍女リディアが朝食を運んできた。パンとチーズ、薄いスープ。食材指数0.25、栄養指数0.30。これが今の城の現実だ。「おはようございます、フランチェスカ様」とリディアが微笑む。緊張指数はまだ0.40と高いが、好感度は0.70を超えている。私は湯気の立つスープを一口すする。
「ありがとう。今日は忙しくなるわ。朝食を食べたら、大広間に皆を集めてください。領民代表や兵士、侍女も含めて」
リディアが目を丸くする。「わ、私もですか?」
「ええ。あなたは私が信頼する仲間ですから。皆でこの城と村を変えていくのよ」
好感度がさらに上昇し、彼女の頬が赤らんだ。その横で、私の視界に“連帯指数”が薄く表示される。数値は0.32。これは、皆がどれほど共通の目的を共有しているかを示している。私は内心でその数値をじっと見つめ、しばらくそのままにした。固定するにはまだ早い。まずは共有すべきビジョンを具体化しなければ。
大広間に集まった十数人がざわめく。兵士、侍女、城内管理の執事、村の老人、何人かの若者。みな期待と不安が入り混じった表情だ。アーサーが常席から睨みをきかせ、老執事が議事の進行役として立つ。私は前に出て、胸の前で手を組んだ。
「皆さん、まずはこの城と領地の現状をお伝えします。井戸は枯れかけ、食料はこのままでは二週間持ちません。識字率は推定で1割以下。兵士の装備は古び、子どもたちは教室のないまま育っている。これは私の目と、見ることのできる数字が示している現実です」
ざわめきが広がった。老執事が深刻な表情で頷き、兵士たちは顔をしかめる。しかし私は続けた。
「だからこそ、変えられる。私たちには力があります。まず今日から始めるのは、新しい井戸の掘削と簡易学校の設置です。村人の代表であるあなた」私は前列に座る老人を指した。「今日から子どもたちを集める準備をお願いします。読み書きを教える教師は私と、リディアと、そして学園時代の友人に来てもらいます」
老人の“希望指数”が0.42から0.55へ跳ね上がる。目を潤ませながら彼は頷いた。「長年、読み書きを覚えられなかった者がどれほど苦労したか……村の者たちも救われます」
「井戸掘りについては、城の倉庫にあるスコップと、馬車の修理用の木材を利用します。今はまともな井戸掘り道具がないので、掘削作業に必要な金属部品を製造できる鍛冶師を招く予定です。手紙を出してあるので、数日以内に優秀な鍛冶師がここに到着します。彼は魔石加工と鉄製工具の加工に長けた人物ですから、信頼してください」
これはもちろんアイザックのことだ。まだ名前は伏せておくが、期待指数は0.60ほどの温かい数字として立ち上がった。兵士たちも頷き始める。
「そして、兵の訓練は午後から改めて見直します。ダリウス――戦術家の先生――が来るまでは、アーサー様と私が兵站と指揮を見ます。弓や槍の扱い方に加え、読み書きや計算も含めた訓練です。兵士にとっても文字は武器ですから」
驚きの声が上がった。多くの兵士は読み書きができないことを恥じているが、それを指摘する者はいなかった。“士気指数”と“恥指数”が同時に動くのを見つつ、私は彼らに穏やかに目を向けた。
「羞恥を感じる必要はありません。誰もが最初は初心者です。重要なのは、学ぶ意思を持つことです」
老執事が一歩前に出た。「それでは、井戸掘りの作業班と学校準備班に人員を割り振りましょう」と手際よく指示を出し始めた。彼はこの城の司令塔のような存在であり、忠誠度は0.88で輝いている。私は数値を固定せず、そのまま伸びるのを見守った。
解散後、城の裏庭で実際に井戸掘りが始まった。地面を掘り返す音と、土の匂い。兵士や若者が汗を流し、リディアが村の女性たちと子どもたちに麦粥とスープを配っている。識字率を表す数字がわずかに上がっていくのが見えた。筆を持つ子どもたちは、はじめは戸惑いながらも、文字を書くごとに目が輝き始める。私は一人ひとりの机を回り、名前を書く練習を手伝った。学習効率指数をそっと加速させ、子どもたちの理解力がほんの少し上がるように。
「フランチェスカ様」と、いつの間にかアーサーが私の横に立っていた。汗を光らせた彼の額を見て、私は思わず笑みをこぼす。士気指数0.75、信頼指数0.65。彼も作業の手伝いをしていたのだろう。重い土を運びながら兵士と肩を並べる姿が目に浮かぶ。
「あなたも泥だらけですね」
「領主だからといって働かない理由はない」と彼は短く答えた。彼の目にほんのりとした柔らかさが宿っている気がしたが、それは幻かもしれない。
「今日中に水が出るといいが」と彼が言うと、井戸を掘る男たちから突然歓声が上がった。地下から湿った匂いが漂い、冷たい水の音が耳に届いた。水位0.00から0.50へ、汚染度0.47から0.15へ。数字が一気に跳ね上がる。泥水が透明に変わっていくのを見ると、広場にいた村人たちから拍手と歓声が湧き起こった。
私は胸の奥で熱いものが込み上げるのを感じた。これが、数字だけでは計れない、心の成長だ。井戸から汲み上げた冷たい水を一口含み、喉を潤した。周りの笑顔が、私の成長率チートの数字をもしのぐ輝きを放っていた。
夕暮れ時、私は執務室で改めてノートを開いた。今日一日で変化した数字を記録し、次に何をするべきかを記す。読み書き教室に必要な教材、鍛冶師アイザックが到着するまでの間に準備すべき炉や工具、村との交換物資。ダンジョン管理局の建物を建てる場所――それらの計画がページに列を成す。視界の数字は安定して上昇し、連帯指数も0.45まで伸びてきた。私はその数値をそっと固定する。これが、明日への土台になる。
「今日はよくやった」とアーサーの声。いつの間にか部屋の扉に寄りかかっていた彼は、汚れたシャツから軍装に着替えていた。
「あなたもです」と私が応じると、彼はほんのわずか口角を上げた。
「まだまだ始まったばかりだ。だが、この調子なら領地は変わる」
その言葉に、私は頷いた。数字が示すとおり、現実が変わり始めている。そして何より、ここにいる人々が変わろうとしている。私は心の中で誓いを新たにした。
「ええ、ここからが本当の始まりです。成長率も、笑顔も、この地に満ちていくように——」
外では、掘りたての井戸から水を汲む子どもたちの笑い声が続いていた。見上げれば空には早くも星が瞬き、辺境城の空にも光が灯り始めていた。
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