第二話 荒れ地への旅路——揺れる心と始動する改革
王都の重い城門がゆっくりと閉じる音が背後で響いた。朝の薄霧に包まれた道を馬車は滑るように進み、石畳が土の路へと変わるにつれ、都会の喧騒は遠ざかっていった。窓の外、王都の塔が霞んで見えなくなると同時に、私の視界に浮かぶ数字も変化する。富裕度0.85から0.42へ、治安指数0.95から0.70へ。今まで暮らしていた世界がどれほど恵まれていたか、数字が教えてくれた。
馬車の対面に座るアーサーは目を閉じ、腕を組んでいる。狼紋のマントの下、静かな呼吸が規則正しく上下しているが、警戒指数0.72がその表情に影を落とす。彼が心を許しているわけではないことは数字が示していた。
窓を少し開けると、春の土の匂いと冷たい風が頬を撫でた。畑の緑はまだまばらで、枯れ草の間から新芽が顔を覗かせる程度。視界の片隅で、土壌肥沃度0.31、水分指数0.28が揺れる。辺境に近づくほど、それらはさらに下降していく。数字を見ているだけで喉が渇く気がして、私は小さく息を吐いた。
やがて馬車は最初の宿泊地となる小さな村に差しかかった。石造りの家々には苔が生え、井戸の傍らには壊れた荷車が置かれている。人々は仕事の手を止め、警戒と好奇心が入り混じった目でこちらを見ていた。好感度0.18、恐れ指数0.65。私は馬車を降りると、柔らかく微笑んで村長に歩み寄った。
「お世話になります。短い滞在ですが、どうぞよろしくお願いいたします」
年老いた村長は深々と頭を下げ、震える手で迎えの言葉を述べた。長い冬を越えたばかりの村は食糧も水も不足している。井戸の水面には茶色い泥が沈殿し、水位0.12、汚染度0.47の数字が浮かんでいた。
「こちらの井戸は枯れかけておりますが、地下に別の水脈があるはずです」私はしゃがみ込み、井戸の石壁に耳を当てた。かすかに水の流れる音が聞こえる。地下水脈までの距離15メートル、推定水量0.78——数字が確かに示していた。「新しい井戸を掘りましょう。この村が干からびる必要はありません」
アーサーは「君の判断に従おう」と短く応え、その目に少しだけ安堵が浮かんだ。彼もこの地の苦境を知っていたのだろう。村人たちの「希望指数」がわずかに上昇するのが見えた。それをそっと固定する。数字は長期的な変化をもたらさないが、今日一日でも彼らの心の支えになれば良い。
翌朝、旅立ちの準備をしていると、小さな少女が手に花束を持って近づいてきた。髪に枯草が絡み、泥で汚れた服の袖を引っ張ってこちらを見上げる。
「これ…これ、差し上げます。お姫様みたいな人が来てくれて…お礼です」
その手は震え、緊張指数0.80。私はしゃがんで彼女と目線を合わせ、花束を受け取った。白い花の香りがかすかな甘さを運んでくる。
「ありがとう。私はお姫様ではないけれど、あなたたちと一緒にこの村を守る者よ。心配しないで」
少女の「希望指数」が0.55に跳ね、頬に笑みが広がった。それをまた固定した。彼女の未来が明るくなるように願いながら。
旅を続ける途中、森林地帯に差しかかった時だった。道端の灌木の影から男たちが飛び出し、馬車の前に立ちふさがった。数十人。顔には布を巻き、粗末な剣や棍棒を構えている。盗賊だ。貧困指数0.85、飢餓指数0.78、戦闘力0.20。彼らの目は血走っており、恐怖と絶望が渦巻いていた。護衛の騎士たちは慌てることなく隊列を整え、剣を抜く。戦闘力0.45、士気0.70。
「ここから先を通るなら通行料を払え!」盗賊のリーダーが叫ぶ声は、どこか哀れみを誘うほど震えていた。
「払うつもりはない。ここは私の領地だ」とアーサーが静かに言った。その声には嘲りも怒りもなく、ただ揺るがない意志が宿っていた。狼紋の剣が陽光を反射し、相手の士気をわずかに下げる。
私は馬車の陰から数字を見つめる。盗賊たちの士気を少しずつ減速させ、護衛たちの集中力を固定する。盗賊の多くは腹を空かせた農民だ。彼らの「貧困指数」を見れば、これが王都の政策や貴族の搾取の結果であることは明らかだった。戦闘は短く済んだ。数人の盗賊は捕まり、残りは武器を投げ捨てて逃げた。
「なぜ襲ってきた?誰に命じられた?」アーサーが捕虜の一人に尋ねると、彼は震える声で答えた。
「王都の貴族様に言われたんです……辺境伯の物資を奪えば褒美をやると……」
私はその言葉を聞き、背筋に冷たいものを感じた。王太子派がこんなにも早く妨害を仕掛けてくるとは。彼らの背後にいる者を突き止めなければならない。盗賊たちが再び悪事に走らぬよう、彼らの「更生指数」をそっと上げた。
日が傾きかけた頃、遠くに石造りの城壁が見えた。苔むした城壁は所々崩れており、戦の傷跡が残る。国境線の城、通称〈狼関〉だ。ここは王都に近い国境の喉元である。遠い辺境伯の祖領〈外縁領〉は、今は家臣が預かっている。門前には兵士や侍女たちが整列し、私たちを迎える準備をしていた。兵士たちの装備は古びているが、背筋は伸びている。忠誠度0.70、士気0.55。侍女たちは緊張指数0.65、期待指数0.60を湛えていた。
「こちらが新しい領主の妻、フランチェスカ様だ」アーサーが紹介すると、全員が一斉に頭を下げた。その瞬間、私の責任の重さが肩にのしかかった。
城の中へ足を踏み入れると、長い廊下の壁には色あせたタペストリーが掛かり、炎の揺らめく光が石壁を照らしていた。食堂の棚には少量の乾燥肉と野菜。厨房では侍女たちが慌ただしく立ち働いている。食料指数0.25。私は一つ一つの数字を見て、明日から始めるべき課題のリストを心の中で組み立てた。
「フランチェスカ様、こちらが城の執事でございます」アーサーが紹介すると、背筋の伸びた老執事が頭を下げた。銀髪の間に皺が刻まれたその顔には、長年の苦労と誇りが滲んでいる。
「お初にお目にかかります。城の管理はお任せください。足りない物資や備品については早急に申し送りさせていただきます」と執事は礼儀正しく言った。忠誠度0.85、疲労指数0.70。私は微笑み返し、彼の忠誠心を感謝とともに固定する。
夜、私の部屋に戻ると、窓の外には漆黒の山並みが広がり、遠くで狼の遠吠えが響いていた。机の上に今日の出来事と数字を記録したノートを開き、インクをすべらせる。井戸掘り計画、盗賊の再教育、学校建設、税制改革。やるべきことは山積みだが、私には信頼できる人々とこの目に見える数字がある。
筆を置いて窓を開けると、冷たい夜風が入り込み、花束の残り香と混ざった。王都の煌びやかな光は遠い。ここから始まるのは、数字だけでは語れない、人々の息遣いと共に紡ぐ新しい物語だ。私は胸の中でそっと誓う。
「この地に、笑顔と学びと豊かさをもたらす。数字も心も、必ず成長させる」
星々の光が夜空に瞬き、私の視界の数字が淡く輝いた。
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