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第一話 公開断罪と契約婚——悪役令嬢、成長率チートに目覚める

王立学院の卒業叙任式で、ローレン伯爵家の令嬢フランチェスカは王太子レオンから婚約破棄を宣言される。会場がざわめく中、フランチェスカは王国婚姻法を引用し、公開での婚約破棄には違約金支払いと名誉回復の公開弁明が必要だと突きつける。その場で観衆や資金の“成長率”を固定し、初のざまぁ返しに成功。さらに辺境伯アーサー・ヴァン・グレイから契約婚を申し込まれ、王都を離れて荒れた辺境領へ向かう決意を固める。悪役令嬢と呼ばれていた彼女が、数字と法を武器に世界を変えようと踏み出す。

 王都中央の丘にそびえる王立学院の大講堂。高い天井からは金糸を織り込んだ旗が垂れ下がり、壁には歴代王家の肖像画が並んでいる。磨かれた大理石の床には赤い絨毯が敷かれ、香の匂いが薄く漂う中、貴族たちの宝石が燦然と輝いていた。卒業と叙任の儀を兼ねたこの式典は、王族と貴族、軍人、聖職者が一堂に会する王国最大級の式典である。


 私は緊張と共に控室の扉を押し開け、眩い光とざわめきの渦へと踏み出した。観衆の視線が一斉に集まると共に、視界の端に数字が浮かび上がる。観衆5,126人。好感度平均0.12。ざわめき指数0.75。数字は私の周囲で淡く回転し、細い糸のようなラインで結び付いているように見える。


「これより卒業叙任式ならびに特別儀式を執り行う。フランチェスカ・ローレン、壇上へ」


 式典官の澄んだ声が響き、会場が一瞬だけ静まり返る。私はドレスの裾をそっと持ち上げ、ゆっくりと赤い絨毯を歩いた。王太子レオンの王冠が燦然と輝き、青い瞳は氷のように冷たく私を捉えている。子どもの頃の彼は、書庫で迷子になった私に手を差し伸べてくれた少年だった。しかし今日の彼は、その面影を残さない。


「フランチェスカ・ローレン。お前の傲慢さと数々の不敬、そして学内規律違反により、ここに婚約を破棄する」


 王太子の宣告は、むしろ儀礼的ですらあった。会場にどよめきが起こり、貴族の婦人たちが扇子を顔に当て、若い騎士たちがささやき合う。背筋に冷たい汗がつたうのを感じながらも、私は深呼吸を一つした。手の中に忍ばせていた羊皮紙の感触が心を落ち着かせる。


「その前に、一つ条文を読ませていただきたいと存じます、殿下」


 私は礼儀正しく頭を下げながら言った。誰かが息を呑む音が聞こえる。王太子の言葉を遮ること自体が暴挙と思われる場面だが、私は正面をまっすぐ見据えていた。私の内側で数字がゆらめき、心臓の鼓動と同期するように増減している。


「王国婚姻法第二十四条。『婚約の解除を公衆の面前で行う場合、破棄を申し出た側は違約金の即時履行及び名誉回復のための公開弁明を義務とする。支払不能の場合、契約は効力を保持する』……殿下、この条文をご存じなはずですよね?」


 羊皮紙の文面を読み上げる私の声が静かに響き、会場が再びざわついた。視界の数字が動く。好感度0.12→0.20。嘲笑指数が0.40から0.28へと減少していく。「ざまあ」と心の中で呟きそうになるのを堪え、私は続けた。


「私は不敬を働いた覚えがございません。もし今日ここで婚約を破棄なさるのであれば、法に則ってお支払いいただき、公開弁明をしていただくのが筋です」


 王太子の表情が硬直し、側近たちが耳打ちを始めた。彼らが焦りの言葉を発するたびに、私の視界に浮かぶ「焦燥指数」が上昇する。法を守れば多額の違約金を支払うことになる。無視すれば王都の人々の信頼を失う。それが法律の威力だ。


 用意していた三枚の契約書を机の上に置く。重厚な羊皮紙に赤い封蝋が施され、それぞれの表題には「違約金免除」「教育基金設立」「公開弁明の日程」と書かれている。契約書に手を触れると、数字が現れた。教育基金:初期額1200金。成長率+8%/時。好感度0.22→0.28。数字の隣には小さく「固定可」という文字。私は内心で深く息を吸い、指先でその文字をそっと掴んだ。


 感覚が爆ぜるように視界が一瞬明るくなり、数字が青白く輝いた。観衆の好感度は0.28で固定され、教育基金の成長率が小刻みに加速する。胸の奥に熱いものがこみ上げた。これが私の力——世界の成長率を操るチート。幼い頃、借金に苦しむ使用人を助けるために夜な夜な裁縫をし、彼の「絶望指数」を減らしたあの時と同じ感覚だ。あの頃は偶然だと思い込み、誰にも言わなかった。だが今、この力は私の未来を切り開く。


「フランチェスカ嬢」


 低い声が式場に響いた。叙任式の来賓席から、黒い軍装をまとった男が進み出る。灰色の髪と狼の紋章入りのマント、頬には刀傷。辺境伯アーサー・ヴァン・グレイだ。彼は静かに王太子の前に膝をつき、敬意とともに言う。


「王太子殿下。彼女を罰するのであれば、その責務を私が担う。ローレン嬢を契約妻として我が領地に迎えたい」


 観客席がざわめき、次の瞬間には歓声が混じった。「契約妻」という言葉が波のようにホールを駆け巡り、私の視界の数字が乱舞する。好感度0.35。嫉妬指数0.18。驚愕指数0.74。誰かがハンカチを落とした音が聞こえ、遠くで誰かが舌打ちをする。


 幼い頃から教本と礼法に縛られ続けた私は、感情よりも数字が正直だと悟った。十五歳の時、借金まみれの使用人を救おうと徹夜で裁縫をし、彼の収入を増やした。彼の「絶望指数」をプラスに転じさせるための努力は報われ、彼は今もローレン家で笑顔で働いている。数字ひとつで人の人生が変えられるなら、私も世界を変えたい——その思いが胸の奥で再び燃え上がる。


「……条件があります」


 私はアーサーの眼を正面から見据え、三本の指を立てた。


「一つ、辺境領に学校と市場を建て直す権限を私にお与えください。学びと経済の基盤がなければ成長はありません。

 二つ、領内に出現したダンジョンの管理権をください。魔石や素材を安全に加工し、冒険者や兵士が活用できる仕組みを構築します。

 三つ、この婚約破棄に関わった王都貴族と殿下には、三十日後の公開弁明の場で事実を説明していただきます。法と数字に基づき、責任を取っていただきたいのです」


 私の言葉に王太子の拳が震えたのが見えたが、アーサーは微動だにせず静かに頷いた。


「すべて受けよう。学校も市場もダンジョンも——君が望む改革を進める。三十日後の弁明には私も立ち会おう」


 その瞬間、視界の数字が再び踊り、未来予測曲線や幸福度指数が大きく上昇した。教育基金の伸び率は毎時+8%から+12%へ。識字率の予測は半年で+200%。好感度は0.40へ到達し、会場に満ちていた嘲笑は消え、期待と興奮が高まっていくのが分かる。


 王太子は無言のまま頬を引きつらせ、王族席の後ろに退いた。貴族たちが視線を逸らし、誰かが床に頭を垂れる。私は背筋を正し、深々と一礼した。


「殿下、公開弁明は三十日後、王都広場にて。法と数字の両方で語り合いましょう。それまでどうぞお健やかに」


 控え室に戻ると侍女リディアが駆け寄ってきて、震える手をそっと握ってくれた。彼女の「緊張指数」が0.80から0.45へと下がっていくのを見て、私も肩の力が抜けた。


 馬車に乗り込むと、窓の外の王立学院の尖塔が徐々に遠ざかっていく。馬車の揺れに合わせて数字はゆっくり揺れ、隣に座るアーサーが静かに問いかけた。


「君の式、戦場やダンジョンでも使えるか?」


「戦場こそ、数字の差がものを言います。ダンジョンも未知数ですわ」と私は微笑み、手帳を開いた。白紙のページに、私は新たな式を書きつける。


 人口×識字×栄養×治安=幸福度——そこに係数kを設定し、固定する。これが私の領地改革の基礎になる。


「まずは子どもたちに読み書きを教え、パンを配ります。人は満腹になると寛容になりますから。ダンジョンも、食糧と教育があれば安全に運営できます」


 アーサーがわずかに口元をほころばせた。「契約妻の仕事とは思えないな」


「領主の妻ですもの。世界で一番の領地にしてみせます」と私は微笑んだ。視界の端で好感度がもう一段上昇し、淡い光が辺境への道を照らしていた。


 王都の空は薄く曇り、遠くの城壁には年月の刻んだひびが走っている。私は拳を握りしめ、震える手をそっと膝の上で隠した。これから始まる長い旅路に胸を躍らせながら——。


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