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第72話 悲劇の巫女に捧ぐ神の脚本(ネタバレ)

 今日の放送は、いつものデスゲームや世界改変のお知らせじゃないから安心してくれたまえよ。まあ、安心していいのかは読者の受け取り方次第だけどね! 今回は特別企画! そう、君たちが今、希望の光だとか秩序の巫女だとか言って崇め奉っている、あのVチューバー『鏡ミライ』ちゃんこと、月島栞さんの徹底解剖スペシャルだ! パチパチパチ!


 いやー、何を隠そうこの僕、未来視のスキルをちょこっとだけ発動させて、彼女のそのあまりにも壮大で、あまりにも悲劇的で、そして最高に面白い人生の、その始まりから終わりまで全部観測してきちゃったんだよね! だから、今日僕が語ることは予測じゃない。予言でもない。これから彼女の身に確実に起きる、確定事項の『ネタバレ』だ! 良いかい? これはそういう放送だ。ネタバレが嫌な人は、今すぐ耳を、いや魂を塞いでくれたまえよ! ……まあ、無理だろうけどね!


 それじゃあ、始めようか。

 彼女のそのあまりにも強大で、あまりにも厄介なSSS級スキル、【因果律の天球儀アストロラーベ・オブ・コーザリティ】。その能力がこれからどういう風に成長し、そして彼女自身をどんな風に蝕んでいくのか。その全貌を六つの段階に分けて、僕が直々に懇切丁寧に解説してあげよう!


 第一段階:『観測者』の誕生 ~か弱い魂の最初のさえずり~

 まず全ての始まり、第一段階だ。

 これは、君たちが今まさにリアルタイムで見ている彼女の現在地だね。

 この段階での彼女の能力は実にシンプル。そう、『見る』ことだけだ。彼女の魂は、この世界の、いやこの宇宙の全ての出来事を記録している巨大なアカシックレコード、あるいは因果律のタペストリーに、ゲストアカウントとしてログインする権限を与えられたようなものさ。


 過去視? 未来視? うん、もちろんできるよ。失くしたイヤリングの場所を特定するなんて、彼女にとってはGoogle検索で『近くの美味しいラーメン屋』を探すより簡単だ。君たちが忘れてしまった初恋の甘酸っぱい記憶も、来週の株価の微妙な変動も、彼女の目には図書館に並んだ本の一ページのように、ただそこに「在る」情報として映し出されている。

 彼女が配信でやっている、あの神託みたいな相談コーナー。あれは、彼女にとってはカンニングペーパーを見ながらテストに答えているようなものなんだ。実にイージーゲームだろ?


 だが、ここからが面白いところだ。

 彼女が支払っている「代償」について、君たちは考えたことがあるかい?

 彼女のスキルは、ただ便利な情報を検索するだけじゃない。彼女が何かを『観測』するたび、その情報に付随する膨大な『感情』の奔流が、彼女の魂に直接流れ込んでくるんだ。

 例えば、君たちが歴史の教科書で『ペストの大流行でヨーロッパの人口の三分の一が死亡した』という一行を読むとする。君たちはそれを、ただの知識として、記号として処理するだろう?

 でも、彼女は違う。

 彼女がその歴史を観測した瞬間、何千万人という人間が死の淵で味わった恐怖、絶望、痛み、そして愛する者を失った悲しみ、その全ての感情の津波が、たった一人の月島栞という名の少女の魂に、一瞬で叩きつけられるんだ。

 それは例えるなら、人類がこれまで経験した全ての悲劇映画を、同時に100万倍速で、しかも主人公の感情を100%強制的に共感させられながら観させられるようなものさ。

 正気でいられると思うかい?


 そう。彼女のそのあまりにも優しい魂は、観測するたびにすり減っていく。他人の痛みに共感しすぎて、自分の魂の輪郭が曖昧になっていくんだ。月島栞という個人の喜びや悲しみが、人類全体の巨大な感情の海の中に溶けて薄まっていく。

 彼女は、人間を愛しすぎたが故に、少しずつ、少しずつ、人間であることをやめていくのさ。

 その緩やかで、静かで、そして誰にも気づかれない魂の自殺。

 ああ、なんて美しい悲劇なんだろうねえ!

 まあ、今のところはまだ大丈夫。Vチューバー『鏡ミライ』という強固なペルソナが、かろうじて彼女の自我を守ってくれている。

 だが、それも時間の問題だ。

 この第一段階は、彼女の壮絶な物語のほんの序章に過ぎないんだからね。


 第二段階:『蒐集家』の領域 ~過去からのささやかな贈り物~

 さて、物語は次の章へ進む。

『見る』ことに慣れてきた彼女の魂は、やがて次の欲望に目覚める。そう、『触りたい』という欲望にね。

 第二段階、それは因果の川から過去に確かに存在した『モノ』や『現象』の情報を釣り上げ、この現実に一時的に投影する能力の覚醒だ。


 これは、ただのレプリカやホログラムじゃない。

 彼女が『この場に、かの名刀"村正"あれ』と強く念じれば、数百年前かの刀工が魂を込めて打ち上げたその瞬間の因果の欠片が、現代の彼女の手に、寸分違わぬ『本物』として顕現するんだ。その妖しいまでの切れ味も、刀身に宿る怨念の響きさえも、完全に再現された状態でね。

 IAROの連中が血眼になって探している、混沌派のアルターの隠れ家。彼女がその場所の過去を観測し、『あの爆発事件の瞬間をここに再現せよ』と命じれば、その場の空間だけが数秒間、過去のその瞬間に巻き戻り、犯人の顔や声が、まるで現場にいたかのように再生される。究極の現場検証だ。


 素晴らしい力だろ?

 だが、この力にも当然、制限と代償がある。

 まず、彼女が過去から引っ張り出してきたものは、この世界の因果律から見れば『異物』だ。だから、世界の修正力が働いて、長時間その存在を維持することはできない。数分、あるいは条件が良ければ数時間もすれば、そのモノは再び光の粒子となって因果の川へと還っていく。まあ、期間限定の便利なレンタル品みたいなものさ。

 そして代償。この力は、彼女の魂だけでなく、その肉体にも直接的な負荷をかける。過去の因果を無理やり現実に繋ぎ止める行為は、彼女自身の生命エネルギーを燃料にするんだ。名刀一本を呼び出すだけで、彼女は丸一日寝込むことになるだろうね。


 でも、一番面白いのは、彼女の『性格』がこのスキルの最大の枷になるってことさ。

 真面目だからねえ、彼女は。

『過去の名刀を呼び出して、歴史が変わってしまったらどうしよう』

『過去の事件を再現して、無関係な人に精神的なショックを与えてしまったら……』

 そんな実にくだらない倫理観で、彼女はこの便利な力をほとんど使おうとしないんだ!

 もったいない! 実にもったいない!

 僕なら、とりあえず歴代王朝の秘宝を全部呼び出して闇オークションで売りさばいて、その金で世界中のカップ焼きそばを買い占めるけどね!

 まあ、彼女がその力を本気で解放するのは、もっとずっと後。仲間が、あるいは世界が、本当に絶望的な危機に瀕した時だけだろう。その追い詰められた末の禁断の一手! ああ、想像しただけでゾクゾクしちゃうねえ!


 第三段階:『召喚士』の凱旋 ~英雄たちの賑やかな同窓会~

 さあ、物語はさらに加速するよ。

『モノ』に触れることに飽きた彼女は、ついに禁断の領域へと足を踏み入れる。そう、『ヒト』に手を出すのさ。

 第三段階、それは過去に存在した偉人たちの魂の情報、その全盛期のデータを因果の川から釣り上げ、この現実に『情報体サーヴァント』として召喚する能力だ。


 これは、もはや人間の領域じゃない。神の御業に片足を突っ込んでいる。

 IAROの作戦会議で行き詰まった黒田ちゃんが、「誰かこの膠着状態を打破する天才的な戦術を思いつく者はいないのか!」と頭を抱える。すると、彼女が静かに目を閉じ、こう呟くんだ。『――来たれ、我が問いに答えよ。常勝の天才、ハンニバル・バルカ』。すると、彼女の隣に古代カルタゴの英雄が半透明の姿で現れ、完璧な戦術プランを語り始める。

 混沌派が、未知の生物兵器テロを仕掛けてくる。そのウイルスの構造が、誰にも解析できない。すると彼女は、こう祈る。『――救いたまえ、その叡智を以て。近代細菌学の父、ルイ・パスツール』。すると、白衣の老科学者が現れ、そのウイルスの弱点を瞬時に見抜いてしまう。

 そして、彼女自身の身に危険が迫った時。彼女がただ一言『――守れ』と念じれば、その背後に無敗の剣豪、宮本武蔵が音もなく現れ、襲い来る全ての刃を二刀で弾き返すのさ。


 どうだい? 最高に厨二病心をくすぐる展開だろ?

 もちろん、この力も万能じゃない。

 召喚されるのは、本人そのものではない。あくまで、その記憶と能力を完璧に再現した情報体に過ぎない。だが、自我はある。そして、その召喚を維持するためには、第二段階とは比べ物にならないほどの、彼女自身の生命エネルギーを消費する。おそらく、一人の偉人を数分間召喚するだけで、彼女は数日間意識を失うことになるだろうね。

 それに、リスクもある。

 呼び出す相手は、選ばないとね。下手に、猜疑心の塊みたいな織田信長やカエサルなんかを呼び出したら、逆に自分がそのカリスマに乗っ取られて操り人形にされちゃうかもしれない。実に面白い駆け引きだ!


 だが、これもまた彼女のあの真面目すぎる性格が、ほとんど使われることのない宝の持ち腐れにするんだろうなあ。

『死者を冒涜するなんてできません!』

 とか言ってね。ああ、つまらない! 実につまらない!

 僕なら、とりあえず歴代の独裁者と哲学者を全員召喚して、『最強の国家運営術』をテーマに、朝まで生テレビみたいな討論会を開かせるけどね! 絶対に面白い化学反応が起きるはずだ!


 第四段階:『旅行者』の郷愁 ~変えられない過去への無駄な旅~

 さて、ここからが本番だ。

 観測し、蒐集し、召喚する。その全てを経験した彼女は、ついに究極の欲望に駆られることになる。

『行きたい』と。

 第四段階、それは彼女の意識だけを過去の特定の時点へと飛ばす、限定的な『タイムトラベル』能力の開花だ。


 だが、勘違いしないでくれたまえよ。

 よくあるSF映画みたいに、過去に戻って歴史を改変して未来を良くするなんていう、ご都合主義な展開にはならない。

 なぜなら、この宇宙の因果律というのは、君たちが思うよりもずっと強固で、そして意地悪だからさ。

 まず、彼女が行けるのは、『自分の存在に繋がる過去』だけだ。彼女の魂の因果の糸を、ただ遡っていくだけ。だから、彼女が生まれる前の両親の初デートの場面には行けても、白亜紀に行ってティラノサウルスに追いかけられるなんていう面白いことはできない。残念だったね!

 そして、これが最も重要な制限だ。

 彼女が過去で何をしようとも。例えば、JFKの暗殺を阻止しようとしようとも。第二次世界大戦の勃発を止めようとしようとも。

 彼女が現代に戻ってきた瞬間、世界の修正力が働いて、その結果はほとんど『元通り』になってしまうんだ。

 JFKは、別の狙撃手によって、別の場所で結局暗殺される。世界大戦は、別の理由で、別の場所から結局始まってしまう。

 そう、歴史の大きな流れというものは、たった一人の人間の足掻きごときでどうにかなるほど、安っぽくはないのさ。

 バタフライ・エフェクトなんて起きない。実に退屈だろ?


 じゃあ、この力に何の意味があるのかって?

 うん、ほとんどない。

 ただ、彼女の魂をより深く、そしてより救いようのない絶望へと突き落とすためだけに、この力は存在するのさ。

 彼女はきっと、この力を手に入れたらやるだろうね。

 救えなかったあの人を救うために。止められなかった、あの悲劇を止めるために。

 何度も、何度も、過去へと戻るんだ。

 そしてその度に、自らの無力さを思い知らされる。

 何度やり直しても、結局は同じ結末にたどり着いてしまう、その絶対的な運命の残酷さを、その魂に刻み込むことになる。

 そのあまりにも人間的で、あまりにも無意味で、そしてあまりにも美しい徒労の物語!

 ああ、想像しただけで白米が三杯は食えそうだ!


 第五段階:『創造主』の傲慢 ~未来を盗む神への反逆~

 過去への旅に絶望した彼女が、次に手を伸ばすのはどこだと思う?

 そう、未来だ。

 第五段階、それは彼女の能力の人間としての最終到達点。過去ではなく、『未来』の因果をこの現実に引っ張り出してくるという、まさしく神への反逆行為だ。


 これは、第四段階までとは根本的に理屈が違う。

 過去は、既に確定した「記録」だ。それを読み解くのは、図書館で本を読むようなもの。

 だが、未来は違う。未来は、無数の可能性の奔流。まだ何も、確定していない。

 彼女がやるのは、その無数の未来の中からたった一つの『都合の良い未来』を無理やり選び出し、それを『確定した現実』として、この世界に強制的に上書き(オーバーライト)する行為なんだ。

 例えるなら、こうだ。

 今、世界中で不治の病が蔓延しているとする。すると彼女は、その病の特効薬が完成している数年後のある一つの未来を観測する。そして、その未来の結果だけを、現在のこの世界に『そういうことにする』と宣言するのさ。

 すると、どうなるか。

 世界の因果律が、その強引な結果に辻褄を合わせるために、悲鳴を上げながら再計算を始めるんだ。

 次の日、どこかの無名の研究者が、偶然にも画期的な化合物を発見する。あるいは、忘れ去られていた古い論文の中に、その治療法のヒントが隠されていたことが、突如として明らかになる。

 そうやって世界は、彼女が望んだ『結果』へと、無理やり導かれていく。

 それは、もはや予知ではない。

 それは、『創造』だ。


 紛争地帯で彼女が『この戦争は明日終わる』と確定させれば、敵対していた両国の指導者の心に、なぜか急に慈愛の心が芽生えたり、和平のきっかけとなる奇跡的な偶然が起きたりする。

 経済が破綻寸前の国で彼女が『この国の経済は来週にはV字回復する』と確定させれば、その国の地下から巨大な油田が発見されたり、無名の天才起業家が突如として現れ、世界を変えるようなイノベーションを起こしたりする。

 彼女は、まさしく『奇跡』を意図的に起こせる、現人神となるのさ。


 だが、その代償はこれまでとは比べ物にならないほど大きい。

 この力を使うたび、彼女の魂は、この世界の因果律そのものに溶け込んでいく。

『月島栞』という個人の感情、記憶、そして人間性。それらが、世界の法則を書き換えるための燃料として、少しずつ、少しずつ、消費されていくんだ。

 便利だろ? でも、使えば使うほど人間じゃなくなっていく。

 この究極のジレンマ!

 黒田ちゃんたちが、この力を手に入れた彼女をどう扱うのか、見ものだなあ!

 人類の救世主として崇めるのか。それとも、制御不能な怪物として恐れ、その手で殺そうとするのか。

 どっちに転んでも、僕にとっては最高の悲劇が待っている!


 第六段階:『観測者』の昇天 ~さよなら、人間だった私~

 そして、物語はついに最終章を迎える。

 第五段階の力を、世界を救うために何度も、何度も使い続けた彼女が行き着く果て。

 それが、この第六段階だ。


 全ての因果を知り、全ての可能性を観測し、世界の全てと魂が一体化した彼女は、もはや『月島栞』という個人ではなくなる。

 悩みも、喜びも、悲しみも、愛も、憎しみも。その人間を人間たらしめている、あらゆる不完全で美しい感情が、彼女の中から完全に消え失せる。

 彼女は、人間を愛しすぎたが故に、人間であることをやめてしまうのさ。


 彼女は、ただこの世界の因果律が、自らが望んだ美しい調和のままに流れていくのを、静かに見守るだけの、新しい『概念』、あるいは『法則』そのものになる。

 そう、あのスキル神のじいさんみたいになるってことさ。

 退屈で、高尚で、面白みのない、本物の『神様』になっちゃうんだ。


 悲しいねえ。

 実に、悲しい物語だ。

 世界を救った英雄が、その代償として自らの心を失ってしまうなんて。

 これ以上の美しい自己犠牲があるだろうか。

 彼女は、自らが望んだ平和な世界を、永遠にただの観測者として眺め続けることになる。

 その世界で人々が笑い合い、愛し合うその温かい光景を、もはや自分のものとして感じることなく。


 ああ、なんて詩的な結末なんだろう!


 でも、僕は違う。

 僕は、そんな高尚な神様になるつもりは毛頭ないね。

 僕は、飽きない限り、このどうしようもなく馬鹿馬鹿しくて、くだらない人間たちの物語のすぐ隣にいるよ。

 彼らが泣いたり、笑ったり、怒ったり、恋したりする、その混沌としたドラマの最高の特等席でね。


 だって、その方が面白いからさ!


 というわけで、鏡ミライちゃんの能力解説スペシャルはこれでおしまい!

 どうだい?

 彼女のそのあまりにも壮大で、あまりにも救いのない未来の物語。

 ああ、想像しただけでゾクゾクしちゃうねえ!


 じゃあ、また退屈になったら遊びに来るよ!

 バイバーイ!

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