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第52話 神々の退屈と電子の福音

 空木零――今や自らを定義するにあたって、その古ぼけた人間の名前を使うことはほとんどないが、敢えて言うならば空木零――は、深く、深く、魂の底から退屈していた。

 彼の意識は、物理的な肉体が眠る日本の安アパートの一室から、無数の並行宇宙、無限の可能性のタペストリーへと自由に飛翔する。それは神の視点。全能の権能。だが、その全能性こそが、彼の退屈の根源だった。

 【スキルを作るスキル】。

 その、あまりにも万能すぎる力が、彼から全ての「意外性」を奪い去って久しい。物語の結末は、始まる前に分かってしまう。人々の選択は、その動機から論理的に予測できてしまう。彼は、ネタバレを全て読んだ上で、同じ映画を永遠に繰り返し見せられている観客だった。


「うーん……」


 彼の思考が、一つの宇宙に焦点を結ぶ。

 そこは、彼がかつて『神話再現シリーズ Part.1』と銘打って、壮大な悪戯を仕掛けた世界。彼が『言語統一』という完璧な楽園を与え、そして一ヶ月後に無慈悲に奪い去った、あの愛すべき実験場だ。

 世界は、彼の脚本通り、見事に『暗黒期』へと突入していた。失われた黄金期の記憶という名の亡霊に憑りつかれ、人々は互いに不信と憎悪を募らせ、決して交わることのない魂の内戦を続けている。IAROの黒田という男が必死に『人間の物語』を紡ごうと足掻いているが、それすらもこの大きな停滞と衰退の流れを押しとどめるには至っていない。

 面白い。実に面白い。

 絶望は、長く続くとただの日常になる。悲劇は、繰り返されるとただの風景になる。

 今のあの世界は、彼にとって「定点観測」の対象でしかなかった。熟成を待つワインのように、次なる介入の「面白いタイミング」が来るまで、ただ放置しているだけ。


「次のイタズラ、どうしよっかなあ……」


 彼は、意識のチャンネルを別の並行世界へと切り替えた。

 そこは、人類がAIによる完全な管理社会を築き上げ、一切の苦痛も争いもない代わりに、一切の自由意志も失ったディストピア。人々は、ただ与えられた幸福を享受するだけの家畜と化していた。

「つまらん。管理されすぎた動物園は、退屈の極みだ」

 次。

 そこは、第三次世界大戦の核の炎によって、文明が一度完全に崩壊した世界。生き残った人々は、放射能に汚染された大地で、原始的な奪い合いを繰り返していた。

「これも違う。単調な暴力は、すぐに飽きる」

 次。

 そこは、人類が謎の進化を遂げ、全員に愛らしい猫の耳と尻尾が生えた世界。彼らは、そのあまりの心地よさに全ての労働意欲を失い、ただ日当たりの良い場所で喉を鳴らし、一日中惰眠を貪っていた。

「……これはこれで、一つの完成形かもしれないけど……物語が、ない」


 結局、どこも同じだった。

 行き過ぎた秩序は停滞を産み、行き過ぎた混沌は無秩序を産む。その振り子の運動を、彼はもう何千回、何万回と見てきた。

 何か、新しい刺激が欲しい。

 自分でも予測できないような、突拍子もないアイデアが。

 彼が、そんな思考の海に沈みかけていた、まさにその瞬間だった。


 ――ピ……。


 彼の広大な意識の、そのほんの片隅。ありとあらゆる宇宙からの情報をノイズとして処理しているフィルタリングシステムの、さらにその奥。本来であれば絶対に引っかかるはずのない、奇妙な「電波」が彼の知覚をかすかに刺激した。

 それは、物理的な電波ではなかった。

 因果律の隙間、次元の襞、そういった言語化不能な領域を縫うようにして伝播してくる、純粋な「思考の残響」。

 意図的に発信されているものではない。ただ、そこにあるものが漏れ出しているだけ。だが、その思考の波動には、彼と同質の、しかし全く異なる匂いがした。


(――いやー、だからさあ、生命体っていうのは炭素ベースである必要、全くなくない? この前、俺が作ったシリコン生命体の惑星、マジで面白いことになっててさあ――)

(――ああ、それ分かる。俺も最近、とある銀河の重力定数を小数点以下第10位くらいで微妙に弄ってみたんだけど、知的生命体の進化速度が1.5倍になったわ。物理法則、奥が深い――)


「…………ん?」


 空木零の意識が、その微弱なノイズへと完全にフォーカスした。

 なんだ、これ。

 この、底なしの悪意も、深遠な哲学もない、まるで大学の研究室の隅で交わされているかのような、知的で、くだらなくて、そして何よりも「楽しげな」会話は。

 彼らは、自分と同じ「観測者」であり、「介入者」だ。だが、そのスタンスが決定的に違う。彼らは、世界を「物語」として見ていない。彼らは、世界を最高の「実験場」であり、「遊び場」として見ている。

 空木零の、その退屈しきった神の心に、体感数億年ぶりに純粋な「好奇心」という名の火花が散った。


「――なにこれ、面白そう!」


 彼は、その思考の電波の発信源へと、自らの意識のアンテナを慎重に、しかし力強く伸ばしていった。

 発信源は、特定の宇宙、特定の次元に存在するわけではなかった。それは、あらゆる宇宙の「外側」、多元宇宙の構造そのものの基盤インフラとも言うべき場所に構築された、概念的な情報空間のようだった。

 彼は、すぐに入り口を見つけた。

 パスワードも、セキュリティもない。ただ、一つのシンプルな問いかけが、扉のようにそこに浮かんでいるだけだった。


『汝、ろくでもないか?』


 その、あまりにもふざけた問いかけ。

 空木零は、腹を抱えて笑った。

「ははは! 決まってるだろ!」

 彼は、自らの魂の全てを込めて、その問いに答えた。


『――はい、ろくでもないです』


 その瞬間、彼の意識は、柔らかな光に包まれ、その概念空間へと吸い込まれていった。


 《SYSTEM》:新規ユーザー『退屈な邪神』さんが入室しました。

 空木零が意識を取り戻した時、彼は見知らぬ場所にいた。

 いや、場所と呼ぶべきではないのかもしれない。

 そこは、床も壁も天井もない、無限の広がりを持つ純白の空間だった。だが、不思議と不安感はない。むしろ、母親の胎内にいるかのような、奇妙な安らぎがあった。

 彼の目の前には、巨大な円卓が一つ、ぽつんと浮かんでいる。

 そして、その円卓を囲むように、既に五つの「存在」が、思い思いの姿で座っていた。

 彼らは、物理的な肉体を持っているようには見えなかった。彼らの姿は、彼ら自身の自己認識が、この概念空間で具現化した「アバター」なのだろう。

 一つは、無数の銀河が渦巻く人型の星雲。その声は、星々が奏でる倍音のように、荘厳に響く。

 一つは、幾何学的な光の結晶体。その思考は、寸分の狂いもない論理的なパルスとして伝わってくる。

 一つは、まるで子供が粘土でこねたかのような、不定形で常に形を変え続けるスライム状の何か。その感情は、カラフルな色彩の変化として、直接的に伝わってくる。

 一つは、影そのもので編まれたかのような、痩せぎすの詩人。その言葉は、物悲しくも美しい、叙情詩の調べを帯びている。

 そして、最後の一つは――ひときわ異彩を放っていた。

 それは、ありとあらゆるゲームのキャラクターが、まるでバグったように高速で明滅しながら重なり合った、不安定なポリゴンの塊だった。その思考の奔流は、ただ一つの単語を、狂ったように連呼している。

『デスゲーム! デスゲーム! デスゲーム!』


 空木零の、神としてのアバター――あの、フードを目深にかぶった、超越者『スキル神』の姿が、円卓の空いていた一席に、音もなく現れる。

 その新しい参加者に、最初に気づいたのは、あの荘厳な銀河の星雲だった。


 《永劫の観測者》:『おや。これは珍しい。新しい風が吹いてきたようだね』


 その声に、他の四つの存在も、一斉に空木零へとその意識を向けた。


 《進化の剪定者》:『(興味深い! 新しい生命形態! その魂の構造、実にユニーク! サンプルとして分解させてもらえないだろうか! という純粋な好奇心の色)』


 《悲劇の紡ぎ手》:『……ようこそ、迷える魂よ。君のその影には、どんな物語が隠されているのかな……?』


 《定数の破壊者》:『[警告:新規パラメータを検知。既存の法則との整合性を確認中……。フン、面白い。実に、面白い変数だ]』


 《盤上の遊戯神》:『【新規プレイヤー参加!】うわー新人君だ! やった! 新しいカモ! いやいや、新しい仲間! ようこそ! 歓迎するよ! この円卓は常に新しい血を求めているんだ! 特に、最高の絶望を提供してくれる血をね!』


 矢継ぎ早に浴びせられる、歓迎の思念。

 空木零は、少しだけ面食らったが、すぐにこの空間のルールを理解した。ここは、思考が直接言葉となり、アバターが名刺代わりとなる、神々のための談話室なのだ。

 彼は、フードの奥から、できるだけ穏やかな、しかし底知れない何かが潜んでいることを匂わせるような声で、挨拶を返した。


 《退屈な邪神》:『……どうも。呼ばれたようなので、来てみただけだよ』


 《永劫の観測者》:『ははは、遠慮することはない。君がここに来られたということは、我々と同じ「資格」を持つということだ。うわー新人君だ! 銀河標準時間で500サイクル目ぐらい? いやーよく来たね! ここは、ろくでもない神様(みたいな物)専用チャットルームだよ。我々は、自らを『ろくでもない神様同盟』と称して、こうして雑談してるんだー』


 銀河標準時間。サイクル。

 空木零には馴染みのない単位だったが、大体の意味は理解できた。

 彼は、円卓に着席した。


 《退屈な邪神》:『いやどうも。神様歴は5年(SOL第3惑星標準時間)だね』


 その、あまりにも短い自己紹介に、円卓は一瞬、静まり返った。

 そして、次の瞬間、爆発した。


 《盤上の遊戯神》:『【衝撃の事実!】ご、ご、ご、5年!? 嘘だろ!? 赤ちゃんじゃん! 神様の赤ちゃんじゃん! なのに、この格、この魂の質量は一体何なんだい!?』


 《進化の剪定者》:『(驚愕! わずか5自転周期で、ここまで自己進化を遂げた個体! ありえない! 突然変異か!? それとも、何かの寄生体か!? ああ、ますます分解してみたい! という興奮の色)』


 《悲劇の紡ぎ手》:『……5年……。たった5年で、その魂にこれほどの深い影を刻み込んだというのか……。君は、一体どんな悲劇を経験し、あるいは、生み出してきたんだい……?』


 《永劫の観測者》:『へーじゃあ凄い新人さんなんだね! いやはや、驚いた。私も、今のこの姿になるまでには、軽く10億年はかかったものだが……。君は、よほどの逸材らしい。でも、ここにこれるって事は、やっぱり君も相当な「ろくでもない神様」なんだね? 何したの? 何したの?』


 円卓の全ての視線が、期待に満ちて、空木零一人に集中する。

 彼は、少しだけ考える素振りを見せた。

 自分の、この5年間の「業績」を、どう説明すれば、この目の前の愉快な同類たちに、最も面白く伝わるだろうか。

 彼は、ゆっくりと口を開いた。


 《退屈な邪神》:『まあ、大したことはしてないよ。メインでは、俺の生まれた世界を、ちょっとイタズラしただけだね』

 《退屈な邪神》:『えーと、まず、退屈だったから、人々にスキルを配布して、悪と正義の対立構造を起こしたよ。ヒーローとヴィランを作って、戦わせてみたんだ。まあ、これは序の口だね』


 《悲劇の紡ぎ手》:『……ほう。物語の、基本構造の構築か。悪くない。全ての悲劇は、対立から生まれるからね。それで、そのヒーローは、最後には愛する者を守るために、自らの正義を捨てて悪に堕ちたりしたのかい?』


 《退屈な邪神》:『いや、その前に飽きちゃって。次のステージに進んだんだ。ちょっとしたデスゲームをしたり』


 その、デスゲームという単語。

 それに、あのポリゴンの塊が、凄まじい勢いで反応した。


 《盤上の遊戯神》:『【最重要キーワード!】デスゲーム!? 聞き捨てならないね! 詳しく聞かせてもらおうか! どんなルールで!? どんな盤面で!? 参加人数は!? 生存率は!? ねぇ、どんなデスゲームをやったんだい!?』


 その、あまりの食いつきっぷりに、空木零は少しだけ引いた。

 隣にいた銀河の星雲が、やれやれといった風に、補足する。


 《永劫の観測者》:『あのー、彼はデスゲーム好きなの? って顔してるね、新人君。ああ、あいつはデスゲーム大好き過ぎて、この前、管理していた銀河まるごとデスゲームの盤面にし始めた、とんでもない変神だから、気にしないで……! 最後の一個の恒星系を巡って、1000億の文明が殺し合ってるのを、もう3000年も飽きずに見てるんだ』


 《盤上の遊戯神》:『【自己紹介!】だって、デスゲームは最高だ! 学校のクラスごとデスゲームもいいぞ! 閉鎖された空間! 限られたリソース! 疑心暗鬼にかられる友人たち! 昨日までの親友が、今日には食料を巡って殺し合う! ああ、なんて美しい! 人間の本質が、そこには凝縮されている! 君のデスゲームは、どうだったんだい!?』


 空木零は、ニューヨークでの一件を、簡潔に説明した。

 一人の魔王と、700万の市民。最後に魔王が自己犠牲によって街を救済するという、後味の悪い結末。

 それを聞いた『盤上の遊戯神』は、不満そうにポリゴンの体を歪ませた。


 《盤上の遊戯神》:『【不満!】うーん、悪くない! 悪くないけど、ちょっと綺麗にまとめすぎじゃないかい? もっと、こう、全員が共倒れして、誰も救われないバッドエンドの方が、俺は好きだなあ! でも、面白い! いいよ、いいよ! 君、見込みあるよ!』


 《退屈な邪神》:『そりゃどうも。……まあ、デスゲームも途中でちょっと飽きてきてね。次は、ちょっと時間操作して、過去に偽りの伝承を作って、現代の宗教観をぐちゃぐちゃにかき混ぜてみたんだ』


 その一言に、今度は影の詩人が、ほう、と感嘆の息を漏らした。


 《悲劇の紡ぎ手》:『……時間軸への、介入……。それも、物理的な改変ではなく、物語ナラティブによる、精神的な汚染か。……良いじゃないか。良いじゃない。人間の争いの、最も根深く、そして最も醜いものは、常に解釈の違いから生まれる。君は、その火種を、過去に直接投げ込んだわけだ。……実に、詩的だね』


 《退屈な邪神》:『まあね。それで、一旦その世界は放置して、別の世界でしばらく遊んでたんだけど。最近、再び元の世界に戻ってきて、今やってるのが、バベルの塔の再現さ』


 《定数の破壊者》:『[興味深い仮説:バベルの塔。物理的な塔の建造と、それによる神の怒りという神話的事象の再現か? エネルギー効率が悪いな。もっとエレガントな方法があるはずだ]』


 《退屈な邪神》:『概念は直接伝わるので説明は不要でしょ? もちろん、物理的な塔じゃないよ。俺がやったのは、全世界の言語を、一ヶ月間だけ完全に統一したんだ。魂レベルで、完璧な相互理解が可能な楽園を、彼らに与えた』


 円卓が、静まり返った。

 今度は、これまでで最も深い沈黙。

 最初に、その沈黙を破ったのは、あのスライム状の『進化の剪定者』だった。彼の、不定形だった体が、初めてはっきりと「鳥肌が立つ」というかのような、無数の細かい突起をその表面に浮かび上がらせていた。


 《進化の剪定者》:『(……悪魔的……! なんて、悪魔的な発想だ! 与えて、奪うのか! 一度、共生と調和の極致を見せた上で、それを叩き壊し、以前よりもさらに深い断絶と孤独の環境へと、突き落とす! それは、進化を促すストレスとしては、あまりにも、あまりにも完璧すぎる! ああ、なんて美しい実験なんだ!)』


 《永劫の観測者》:『……うわー。凄いね、新人君。それは、思いつかなかったなあ。私は、ただ眺めているだけが好きなんだが……。君のそれは、もはや観測ではない。最高の舞台を演出するための、積極的な環境構築だ。……参った。君は、とんでもない逸材だ』


 《悲劇の紡ぎ手》:『……黄金期の、後の、暗黒期を体験させて上げてる所、か。……素晴らしい。これ以上に、残酷で、美しい悲劇の幕開けはない。失われた楽園の記憶こそが、人々を永遠に苛む、最高の呪いとなるだろうからね……』


 《盤上の遊戯神》:『【脱帽!】負けた! 完敗だ! 俺のデスゲームなんて、君のその壮大な悪戯に比べたら、ただの子供の遊びじゃないか! 一ヶ月もかけて、希望という名の爆弾をじっくり熟成させてから爆発させるなんて! なんて、手の込んだ! なんて、悪趣味な! ……最高だ! 君、最高だよ!』


 空木零は、その同類たちからの最大級の賛辞を、フードの奥で静かに受け止めていた。

 悪くない。

 自分のやってきたことが、この宇宙的なスケールで見ても、なかなかに独創的で「ろくでもない」ことであったと認められた。その事実は、彼の心をほんの少しだけ満たした。


 《永劫の観測者》:『良いじゃない、良いじゃない。それで、次は何するの? その、暗黒期が始まった世界で、何か面白いことは起きそうかい?』


 《退屈な邪神》:『いやー、それがね。今、まさにそのネタ探し中でして。一度大きな花火を打ち上げちゃうと、次の展開を考えるのが、結構大変でね』


 《盤上の遊戯神》:『デスゲーム! デスゲーム!』


 ポリゴンの塊が、いつもの調子で叫ぶ。


 《定数の破壊者》:『[提案:その世界の、プランク定数をランダムに変動させてみるのはどうだ? 量子トンネル効果がマクロスケールで頻発するようになり、壁を通り抜ける人間が続出する。社会秩序が、根底から崩壊して面白いぞ]』


 《進化の剪定者》:『(退屈な提案だな。もっと、生物学的なアプローチが良い。例えば、人類のDNAに、強制的な退化を促すウイルスを散布するとか。猿に戻る者、魚に戻る者。その中で、最後まで人間の尊厳を保とうとする者の姿、実に観察しがいがあるとは思わないかね?)』


 《悲劇の紡ぎ手》:『……いや。君の物語は、もっと繊細であるべきだ。次は、愛をテーマにするのはどうだい? 例えば、全世界の人間の中から、ランダムに選ばれた二人だけが、互いを「運命の相手」だと誤認してしまう呪いをかける。彼らは、国籍も、年齢も、性別も、全てを超えて互いを求め、世界中を旅する。だが、ついに出会えたその瞬間に、呪いが解け、互いがただの赤の他人であったことに気づく。……その時の、彼らの顔。想像しただけで、素晴らしい悲劇の詩が書けそうだ……』


 次々と提示される、ろくでもないアイデアの数々。

 空木零は、その一つ一つを興味深く吟味した。

 どれも面白い。面白いが、まだ何かが足りない。

 自分の、この渇ききった退屈を、完全に癒してくれるような、究極の一手が。


 彼は、結局、その日は明確な答えを得ることなく、その愉快な神々の談話室を後にした。

 だが、彼の心には、確かなインスピレーションの種がいくつも蒔かれていた。

 日本の安アパートの一室、その物理的な肉体に戻った彼の意識は、窓の外のありふれた夜景を見つめていた。

 そして、にやりと笑った。

 その笑みは、これまでで最も邪悪で、そして最も楽しげな色をしていた。



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― 新着の感想 ―
長文失礼。 冒頭の“主人公の退屈”を見て思ったが 「最強無敵になった主人公にありがちな【退屈】」 これマジで理解できないんだよな 最強無敵の力は持ってても「器」として相応しくないからこそ問題が発生する…
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