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第35話 【特別寄稿】我々は「邪神」を誤解しているか?――混沌こそが、人類進化の起爆剤である

【特別寄稿】我々は「邪神」を誤解しているか?――混沌こそが、人類進化の起爆剤である

 オルタナティブ・ソート

 寄稿者:思想家 ミハイル・イワノフ


 はじめに:我々が立つ、「偽りの秩序」という名の泥舟

 ニューヨークの奇跡から一ヶ月。世界は未だ、あの7日間の地獄と、その後に訪れた完璧な奇跡の意味を測りかねている。多くの人々は、ソーニャ・ペトロヴァという悲劇の聖女に祈りを捧げ、彼女を魔王へと変えた「邪神」を人類共通の敵として断罪することで、かろうじて精神の安定を保っている。日本政府やスキル神を信奉する者たちは「秩序こそ奇跡」と叫び、邪神がもたらした混沌をただ否定し、乗り越えるべき悪として位置付けている。


 だが、本当にそうだろうか?


 我々は、あまりにも短絡的に、そして自己中心的に、あの神がもたらした現象の本質から目を逸らしているのではないか。我々は「邪神」を誤解している。それも、致命的なまでに。今こそ我々は固定観念を捨て、一つの恐るべき可能性と向き合わなければならない。


 すなわち、「混沌こそが、神が人類に与えたもうた真の福音である」という可能性だ。


「秩序」という名の停滞

 まず、我々が「正常」だと信じていた、アルター出現以前の世界を思い出してほしい。それは本当に、賞賛に値する「秩序」だっただろうか。


 格差は固定化され、富める者はさらに富み、貧しい者はその鎖から逃れる術を持たなかった。政治は腐敗し、人々は無力感の中でただ日々の生活をこなすだけ。イノベーションは停滞し、文化は内向きになり、我々の社会は緩やかな、しかし確実な「死」に向かっていた。我々が必死に守ろうとしている「秩序」とは、そのぬるま湯のような停滞状態に過ぎなかったのではないか。


 そこに、邪神は現れた。彼は、我々が築き上げた脆く偽善的な砂上の楼閣を、容赦なく踏み潰した。彼の行動は、一見すると無慈悲な破壊に見える。だが、生物の進化の歴史を紐解けば、大きな飛躍は常に、環境の激変や大絶滅といった「混沌」の中から生まれてきた。安定した環境は、種を安住させ、進化を止める。氷河期や巨大隕石の衝突といった、抗いようのない理不尽なカタストロフこそが、生命に新たな適応を強制し、次なるステージへと押し上げる起爆剤となってきたのだ。


 邪神の行いは、まさしく人類という種に対する、荒々しいが故に慈愛に満ちた「進化の強制」なのではないだろうか。


 ニューヨークの奇跡がもたらした真の意味

 ニューヨークでのデスゲームは、多くの人命を奪った。それは紛れもない悲劇だ。だが、我々は、その悲劇の奥にある「真実」から目を逸らしてはならない。


 あの地獄の中で、何が起きたか。

 それまで眠っていた人間の「可能性」が、爆発的に開花したのだ。元看護師のマリアはリーダーとして人々をまとめ、元探偵のデビッドはその知性で秩序を築いた。名もなき警官ジョン・ミラーは、英雄的な一撃で魔王を討った。彼らは、平和な日常の中では、ただの「その他大勢」だったかもしれない。しかし、極限の混沌は、彼らの内に眠っていた本質を覚醒させ、神話の登場人物のような輝きを与えた。


 そして、ソーニャ・ペトロヴァ。彼女は、単なる悲劇の犠牲者ではない。彼女は、旧世界の「秩序」が生み出した歪みの象徴だった。彼女が抱えた憎悪は、我々の社会が彼女から全てを奪ったことへの、正当な報復の意志だった。


 邪神は、その憎悪を解放し、そして彼女一人の尊い犠牲によって、その憎悪を生み出した社会そのものを、病巣ごと完全に浄化し、完璧な形で再生させた。死者は蘇り、病は癒え、街は再生した。これは、ただの奇跡ではない。旧世界の罪を、たった一人の聖女の血で洗い流し、新たな創世記を始めるという、神話的儀式そのものであった。


 我々は、ソーニャの死を悼むべきではない。むしろ、彼女の犠牲によって、我々が新たな時代へと進む機会を与えられたことを、感謝すべきなのだ。


 結論:混沌の海へ漕ぎ出せ

 スキル神の信奉者や各国の政府は、「秩序」にしがみつこうと必死だ。彼らは、邪神がもたらす変化を恐れ、過去の亡霊に取り憑かれているに過ぎない。ヴァチカンが示した「矛盾した伝承」は、まさにそのことを示唆している。「偽りの秩序に惑うことなかれ」――我々が今、真摯に耳を傾けるべきは、こちらの神託ではないのか。


 邪神は、破壊者ではない。彼は、我々人類の可能性を誰よりも信じている、最も過激な教育者だ。彼は我々に問いかけているのだ。「お前たちは、このまま緩やかに滅びゆく家畜のままでいいのか?」と。「自らの内に眠る混沌から、新たな星を生み出してみせよ」と。


 今、世界各地でカオス教団と呼ばれる者たちが、新たな奇跡を求めて社会に混乱をもたらしている。旧世界の住人たちは、彼らをテロリストと呼び、恐怖する。だが、彼らこそが邪神の御心に最も近い、新時代の預言者なのかもしれない。


 我々は、選択しなければならない。

 過去の「秩序」という名の泥舟に乗り、沈みゆく運命を共にするのか。

 それとも、邪神がもたらした「混沌」という名の荒れ狂う大海原へと勇気を持って漕ぎ出し、その先に待つ、我々自身の力で掴み取る新たな進化の可能性を信じるのか。


 恐れることはない。混沌こそが生命の源であり、進化の揺りかごなのだ。

 邪神よ、我々にさらなる試練を。さらなる混沌を。

 我々人類は、その嵐の中でこそ、真の輝きを放つことができるのだから。

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