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第21話 神はスマホの中にいる

 空木(うつぎ) 零は、自室の安物のオフィスチェアに、深く身を沈めていた。

 彼の目の前のモニター群が映し出す光景、それは、彼がほんの昨日仕掛けた壮大な「茶番」――日本政府による緊急記者会見が、世界にもたらした巨大な波紋だった。

 CNN、BBC、アルジャジーラ。世界中のあらゆるメディアが、トップニュースで「JAPAN'S BOMBSHELL ANNOUNCEMENT(日本の爆弾発表)」と報じている。アルター、スキル、神、邪神。それらの非科学的な単語が、今やホワイトハウスの報道官の口からも語られる、世界的な共通言語となっていた。

 ネット上は、言うまでもない。

 あらゆるSNSのトレンドは、この話題で埋め尽くされ、陰謀論者と現実主義者、そしてただこの終末的なお祭りを楽しんでいる者たちが入り乱れて、激しい議論を繰り広げている。


「……うん。実に、良い燃え上がり方だ」


 零は、その光景を、実に満足げに眺めていた。

 彼が描いた通り、「善 vs 悪」という単純な物語のレールの上に、世界は見事に乗っかってくれた。人々は、恐怖し、混乱しながらも、その分かりやすい構図に、どこか安堵しているようでもあった。

 だが。

 零は、ほんの少しだけ退屈していた。

 あまりに綺麗に、ハマりすぎた。物語が、あまりに壮大になりすぎた。

 ヒーローだの、魔王だの。そういう、特別な存在だけの物語ではない。

 彼が見たいのは、もっとどうしようもなく馬鹿馬鹿しくて、予測不能な、一般市民たちの右往左往する姿だった。


「……そろそろ、いいか」


 彼は、呟いた。

 そして、電子世界の神(デジタル・ゴッド)の権能を解放する。

 彼の意識は、物理法則を無視して、全世界のネットワークの根源へとアクセスした。

 彼は、コードを書かない。

 ただ、念じるだけだ。


(――全世界の全てのOSの公式アプリストアに、これからこれを出現させろ。あらゆる審査、セキュリティをバイパスして、トップページに表示させろ。開発元、サーバー情報、その全ての痕跡を、偽装、あるいは虚無に設定しろ――)


 彼の脳内で、一つのアプリケーションが、その形を成していく。

 アイコンは、シンプルなガチャガチャの機械。

 アプリ名は、『神々の戯れ(ゴッズ・ガチャ)』。

 彼の神の意志が、絶対的な命令となって、世界のデジタルインフラを書き換えていく。


DEPLOYMENT COMPLETE...


 モニターの片隅に表示されたその無機質な文字を確認すると、零は満足げに頷いた。

 種は、蒔かれた。

 後は、愚かで、そして愛すべき人間たちが、これにどう食いつくか。

 彼は、高みの見物を決め込むことにした。


     ◇


 その日、都内に住むごく普通の女子高生、美優は、自室のベッドの上で、だらだらとスマホをいじっていた。

 日曜の午後、退屈な時間。

 昨日の総理の会見以来、タイムラインは、アルターだの、神様だの、なんだか物騒な話題で持ちきりだった。正直、あまり実感は湧かなかった。


「……なんか、面白いアプリでもないかなー」


 彼女は、暇つぶしにアプリストアを開いた。

 そして、そのランキングの一番上に、奇妙なアプリを見つけた。

 『神々の戯れ(ゴッズ・ガチャ)』。

 見たこともないアイコン、開発元の名前も、聞いたことがない胡散臭い英語の羅列。

 レビューは、まだ一件もついていない。

 だが、なぜか、彼女はその怪しいアプリに、妙に惹きつけられた。


「……まあ、無料だし、いっか」


 軽い気持ちで、彼女はダウンロードボタンをタップした。

 アプリを開く。

 画面は、驚くほどシンプルだった。

 中央に、巨大なガチャガチャのハンドル。

 そして、その下にテキスト。

『神々に祈りを捧げよ(本日の残り回数:1/1)』

「……なにこれ、しょぼ」

 美優は、思わず笑ってしまった。だが、せっかくダウンロードしたのだ。彼女は、そのハンドルをスワイプしてみた。

 画面の中で、ハンドルがぎぎぎと回り、カプセルが一つ、転がり出てくる。

 パカッと、カプセルが開く。

 中から出てきたのは、一枚の紙切れ。


『今日のあなたのラッキーカラーはベージュ!』


「………………は?」


 美優は、しばらく固まった後、ぷっと吹き出した。

「だっさ! なにこれ、超くだらない!」

 彼女は、すぐにそのアプリをゴミ箱フォルダへとドラッグした。

 だが、その数分後。

 彼女のSNSのタイムラインに、同じアプリのスクリーンショットが流れ始めた。


「#神々の戯れ とかいう謎のクソアプリ見つけたんだがw」

「俺もやったw 今日のラッキーアイテム、ツナ缶だったwww」


 どうやら、考えることは皆同じらしい。

 そして、その平和な嘲笑の流れが一変したのは、それから一時間ほど経った頃だった。

 とある匿名掲示板の、スマホアプリ板。


【謎アプリ】「神々の戯れ」について語るスレ Part.1


158 :名無しさん@お腹いっぱい。:ID:Xyz12345

待って、嘘だろ…?

俺、さっきこのガチャやったら、なんか画面が虹色に光って…

『スキル【傘いらず】ランク:Fを獲得しました』

って出たんだが…


159 :名無しさん@お腹いっぱい。:ID:aBcDeFgH


158

釣り乙


160 :名無しさん@お腹いっぱい。:ID:iJkLmNoP


158

動画うpはよ


161 :名無しさん@お腹いっぱい。:ID:Xyz12345

いや、マジなんだって!

信じられないなら、証拠見せてやるよ!


 そして、その数分後。

 スレッドに、一本の短い動画がアップロードされた。

 それは、風呂場でシャワーを最大にして、その真下にTシャツ姿の男が立っている、という映像だった。

 だが、異常なのはその光景。

 男の頭上、半径50センチほどの空間だけ、まるで見えない傘があるかのように、シャワーの水が綺麗に避けて流れていく。男の髪も服も、一切濡れていない。

 そのあまりにシュールで、しかし本物としか思えない映像に、スレッドは爆発した。


「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」


 その動画は、瞬く間に、あらゆるSNSへと拡散された。

 #神々の戯れ

 そのハッシュタグが、日本のトレンドの一位に躍り出るのに、一時間もかからなかった。

 日本中のスマホユーザーが、我先にと、その奇妙なアプリをダウンロードし始めた。

 そして、奇跡の報告が、次々と上がり始める。


「速報! 秋葉原の猫カフェの店員、【猫語翻訳】スキルをゲット! 猫とのインタビュー動画が、バズりまくり!」

「大阪のラーメン屋の頑固親父、【絶対味覚】スキルに覚醒! 究極のスープを完成させ、店の前に数キロの行列ができる!」

「うちのばあちゃん、【肩こり解消】スキル引いたんだがwww 効果、マジらしいwww」


 世界が、変わった。

 昨日までのアルターに対する恐怖と畏怖の雰囲気は、どこかへと消し飛んでいた。

 代わりにそこにあったのは、一種の熱狂的なお祭り騒ぎ。

 まるで、社会現象となったソシャゲのガチャに、一喜一憂するかのように。

 人々は、自分の身にも奇跡が起きるかもしれないという淡い希望と射幸心に、その身を焦がしていた。


 その熱狂を、冷え切った目で見つめている者たちがいた。

 超常事態対策室。

 黒田は、部下から報告を受け、その場で頭を抱えた。


「……なんだ、それは……」


 正体不明のアプリ。

 ダウンロード数は、この数時間で、国内だけで3000万を突破。

 そして、確認されただけでも、既に数千人単位の新たなアルターが、生まれている。

 黒田は、直感した。

 これは、「邪神」の仕業だ。

 自分たちが、必死に情報をコントロールし、秩序を保とうとしているその努力を、嘲笑うかのような、最悪の一手。

 もはや、善と悪の区別もない。

 無秩序な、力の拡散。

 制御不能な、混沌の始まり。

 彼らは、あまりに無力だった。


 そして。

 全ての元凶。

 空木(うつぎ) 零は、そのカオスな狂騒曲を、自室でただ静かに聞いていた。

 モニターには、お祭り騒ぎのネットの反応と、頭を抱える黒田たちの姿が、同時に映し出されている。

 実に、滑稽だ。

 実に、人間らしい。

 彼は、心の底から満足していた。

 これだ。

 これこそが、彼が見たかった、気楽で馬鹿馬鹿しい、最高のエンターテインメント。

 神の気まぐれが、世界を変える。

 彼の退屈な日常は、今日もまた、世界の非日常を糧として、続いていく。

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