第107話 神聖絆壊ゲーム ~第一楽章:偽りの日常と道化師のプレリュード~
20XX年、X月XX日、月曜日。
日本の夏は、その暴力的なまでの湿気と暑さで、思考そのものを緩慢にさせる。東京都立神代高等学校の2年A組の教室もまた、その例外ではなかった。窓の外では、ミンミンと蝉が狂ったように鳴きしきり、グラウンドでは野球部員たちの気合の入った声が、熱気で歪んだ空気に溶けていく。
ありふれた、日本の高校の、夏休み明け最初の月曜日の光景。
教室の空気は、久しぶりに会う友人たちとの他愛ない雑談と、まだ休み気分が抜けきらない独特の倦怠感で満たされていた。クーラーの生ぬるい風が、生徒たちの気だるげな身体を撫でていく。
教室の隅、窓際の後ろから二番目の席。
そこに、相田翔太は座っていた。
彼は、この2年A組という30人の小宇宙において、最も観測が困難な天体――すなわち、存在感のない「陰キャ」だった。特に秀でた才能もなく、運動神経も平凡。コミュニケーション能力に至っては、限りなく低い。彼の日常は、クラスの中心で輝く太陽のような生徒たち(陽キャグループ)の光を遠巻きに眺め、自らはその影で息を潜めるように、ただ静かに過ぎていく。
彼の唯一の趣味であり、特技は「観察」だった。
彼は、この教室という名の生態系を、誰よりも深く、そして正確に把握していた。
教室の王として君臨する、バスケ部のエースでクラスのリーダー格、鈴木大和。その隣で、常に完璧な笑顔を振りまく、学年一の美少女、白石莉奈。彼らを中心に、幾重にも形成される友人グループの力学。誰が誰を好きで、誰が誰を嫌っていて、誰が誰に嫉妬しているのか。その、言葉にはならない感情の機微を、翔太はまるで高精度のセンサーのように感じ取ることができた。
それは、彼がこの教室で生き残るための、唯一の生存戦略だった。目立たず、誰の気分も害さず、ただの背景としてそこに存在する。彼は、自らをこの物語の「モブキャラA」だと、本気でそう思っていた。
午前8時30分。
朝のショートホームルームが始まる時間。
だが、担任教師である、初老の温厚な数学教師、渡辺の姿はまだ見えなかった。
「あれ、なべちゃん遅いなー」
鈴木大和が、屈託のない声で言った。その一言が、教室のざわめきをさらに大きくする。
「寝坊じゃね? 夏休みボケしてんじゃん、先生も」
「マジそれなー。てか、莉奈、この後カラオケ行かね?」
「いいねー! 行こ行こ!」
太陽たちが、その輝きを増していく。翔太は、その眩しさから逃れるように、少しだけ窓の外へと視線を移した。彼は、白石莉奈に密かな想いを寄せていた。もちろん、その想いを口にすることなど、天動説を覆すよりも難しい相談だったが。
8時35分。
まだ、先生は来ない。
教室のざわめきに、ほんの僅かな、しかし確かな「違和感」が混じり始めた。
「……なんか、おかしくないか?」
クラスの委員長で、成績優秀なリアリスト、高橋健二が、腕を組みながら眉をひそめた。
「渡辺先生が、無断で遅刻なんて一度もなかったはずだ。何か、事故でもあったのか……?」
その一言が、教室の空気を少しだけ冷やす。
スマホを取り出し、ニュースサイトを確認する生徒。廊下の様子を窺う生徒。
翔太もまた、胸騒ぎを覚えていた。彼の観察眼が、この「ありえない状況」に警鐘を鳴らしていた。
8時40分。
先生は、来ない。
ざわめきは、不安へとその姿を変えつつあった。
その、瞬間だった。
――ガチャリ。
教室の前方のドアが、ゆっくりと、しかし確かな音を立てて開いた。
全員の視線が、一斉にそのドアへと注がれる。
そこに立っていたのは、渡辺先生ではなかった。
それは、人間ですらなかった。
カラフルで悪趣味なデザインのシルクハット。純白の化粧で塗り固められた顔には、裂けたような真っ赤な笑顔が描かれ、その瞳があるべき場所には、底なしの闇が渦巻いている。ピエロ。道化師。その、あまりにも場違いな存在が、まるで古い操り人形のように、ぎこちない動きで教室へと一歩、足を踏み入れた。
教室は、水を打ったように静まり返った。
蝉の声だけが、やけに大きく響いている。
道化師は、教壇の中央に立つと、深々と、芝居がかったお辞儀をした。
そして、その裂けた口から、男の子のようでもあり、女の子のようでもあり、そのどちらでもない、聞く者の脳を直接揺さぶるような、奇妙に甲高い声が響き渡った。
「――やあ! 日本の未来を担う、才能あふれる若人たち! そして、そんな君たちの輝かしい青春の1ページを、これから最高のエンターテインメントに変えさせてもらう、君たちの親愛なる隣人!」
「――邪神君だよ!」
その、あまりにもふざけた自己紹介。
一瞬の沈黙の後、最初にその沈黙を破ったのは、教室の後ろの方でふんぞり返っていた不良生徒、鬼塚竜二だった。彼は、このクラスの食物連鎖において、鈴木大和とは別のベクトルで頂点に立つ、暴力の象徴だった。
「ああん?」
鬼塚は、椅子を蹴立てるように立ち上がった。
「なんだ、テメェは。どっかのユーチューバーか? 人のクラスで、くだらねえ撮影してんじゃねえぞ、コラ」
彼は、その筋骨隆々の巨体を揺らしながら、教壇の道化師へと歩み寄っていく。
「今すぐ、そのキメェツラとカメラ持ってここから消えねえと……どうなるか、分かってんだろうな?」
その、剥き出しの暴力の威圧。クラスの誰もが、息を飲んだ。
だが、道化師――邪神君は、表情一つ変えなかった。
彼は、ただ困ったように、その小さな首を傾げた。
「えー、何? 君、もしかして怒ってるの?」
「……は?」
「いやー、ごめんごめん。まだ僕、大事な説明の途中なんだけどなあ。人の話は、最後まで聞きましょうって、小学校で習わなかった?」
邪神君は、心底残念そうに、人差し指を立てて鬼塚を諭すように言った。
「もうちょっとだけ、静かにしててくれると、お兄さん嬉しいな。ね?」
「……てめえ……」
鬼塚の顔が、怒りで真っ赤に染まる。
「ふざけんじゃねえぞ、この三流芸人がぁっ!!」
彼が、その巨大な拳を振り上げ、道化師の顔面に叩きつけようとした、まさにその瞬間。
――ぷちゅ。
音は、なかった。
ただ、まるで熟れすぎたトマトが、自らの重みに耐えきれずに崩れるかのように。
鬼塚竜二の頭部が、何の予兆もなく内側から弾け飛んだ。
赤黒い飛沫が、教室の天井と、最も近くにいた生徒たちの制服を点々と汚した。
首から上を失った巨体は、数秒間、まだ立っていた。そして、まるで糸が切れた人形のように、どさりと重い音を立てて床に崩れ落ちた。
「…………あ」
誰かの、か細い声が漏れた。
それが、引き金だった。
「「「「「きゃああああああああああああああああああああああああっ!!!!」」」」」
教室は、阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
悲鳴、嗚咽、嘔吐する音。生徒たちは、我先にと教室の後方へと逃げ惑う。
翔太もまた、腰が抜けて椅子からずり落ちていた。目の前で起きた、あまりにも非現実的な光景。彼の脳は、完全に処理能力をオーバーしていた。
その、地獄のオーケストラのど真ん中で。
邪神君は、ただ一人、心外だというように、その小さな両手を腰に当てて頬をぷくりと膨らませていた。
「もー! まだ説明中だから、静かにしててねって言ったのに! プンプン!」
その、あまりにも場違いで、あまりにも無邪気な怒りの声。
それが、この教室にいる30人の生徒たちにとって、本当の、本当の絶望の始まりを告げるファンファーレだった。
邪神君は、パンパンと手を叩いた。すると、不思議なことに、あれほど騒がしかった教室の悲鳴がぴたりと止んだ。生徒たちの喉が、見えない力で締め付けられたかのように、声が出なくなっていたのだ。
「うんうん、それでこそ聞き分けの良い子たちだ。えー、一人死んでしまいましたが、気にせず進めますね!」
彼は、にこりと笑った。
「えー、これからみんなに、簡単なゲームをして貰います! ルールは一つだけ! 僕を、楽しませてくれたら合格です!」
楽しませる? 合格?
生徒たちは、恐怖に震えながら、その言葉の意味を理解しようと必死だった。
「ルールは、理解したかな? うん、シンプルで分かりやすいよね! じゃあ、特別に質問タイムを設けましょう! 質問がある人は、手を上げてください!」
邪神君は、まるで優しい先生のように言った。
誰も、手を挙げられない。この、人知を超えた怪物を前に、何を問えばいいのかすら分からなかった。
数秒の沈黙。
その中で、おずおずと、一本の細い手が震えながら上がった。
白石莉奈だった。
彼女は、恐怖で顔を青ざめさせながらも、その美しい瞳で必死に道化師を見据えていた。
「はい、そこの可愛いお嬢さん、どうぞ!」
「……あ、あの……。な、何のゲームを……したら、良いんですか……?」
その、あまりにも素朴な問いに、邪神君は心底楽しそうに笑った。
「うーん、それは秘密だよ! 決めてあるけど、あと何ゲームかは教えない! だって、その方が君たちの精神を折りに行くのに、都合が良いからね!」
莉奈の顔から、血の気が引いていく。
「はい、次の質問、どうぞ!」
次に手を挙げたのは、委員長の高橋だった。彼は、莉奈とは対照的に、この状況を必死に分析しようとしていた。
「……これは、何かのドッキリですか? テレビの企画とか、そういう……」
「いやー、ガチだね!」
邪神君は、あっさりと答えた。そして、証拠を見せるかのように、指をパチンと鳴らす。
その瞬間、教室の窓の外の風景が、ぐにゃりと歪んだ。
青い空と、白い雲と、緑のグラウンド。その全てが、絵の具のように混ざり合い、やがて、ノイズの走る灰色の何もない空間へと変わってしまった。
生徒たちの間に、絶望的な呻きが広がる。
「はい、次の方!」
次々と、手が上がる。
「目的は、何なんですか!?」
「退屈しのぎだよ! 人生で一番の、ね!」
「警察は!? 自衛隊は、助けに来てくれないんですか!?」
「あー、それね。この教室は今、この宇宙の因果律の外側に、僕が特別に作ったポケット宇宙に隔離してあるから、誰も助けに来られないよ。君たちは、世界から完全に『消えた』んだ。良かったね、これで学校もサボれる!」
「……お、父さんや……母さんは……」
誰かが、涙声で尋ねた。
その、あまりにも人間的な問い。
それを聞いた邪神君は、一瞬だけ、その裂けた笑顔を消した。
そして、これまでで最も冷たく、そして最も残酷な声で、こう告げた。
「ああ、心配しなくても大丈夫だよ」
「君たちが存在したっていう記憶は、僕がさっき、世界から綺麗に『修正』しておいてあげたから」
「君たちの親は、最初から子供なんていなかったことになってる。君たちの友達も、君たちのことなんて、もう覚えてない。君たちが今、ここで全員死んだとしても、悲しむ人はもうこの宇宙のどこにも一人もいないんだ」
「良かったね!」
その一言が、生徒たちの心に、最後の、そして致命的なとどめを刺した。
希望は、ない。
助けは、来ない。
自分たちは、誰にも知られることなく、この狂った道化師の玩具として、ただ弄ばれて死んでいくだけ。
その絶対的な絶望が、教室を支配した。
「はい、これくらいで質問タイムは終わりにしようか!」
邪神君は、満足げに手を叩いた。
「では、最初のゲームの舞台に移動しますよ!」
「ハイ、移動!」
彼がそう叫んだ、瞬間。
教室の風景が、白い光に包まれた。
浮遊感。身体が、一度原子レベルまで分解され、そして再構築されるような、理解を超えた感覚。
翔太が、次に目を開けた時。
彼は、教室の床ではなく、冷たいコンクリートの上に立っていた。
吹き付ける、強風。遥か眼下には、灰色の異空間が渦巻いている。
そこは、超高層ビルの屋上だった。
クラスメイト30人、全員がそこにいた。
そして、その中には、先ほど頭を失って死んだはずの鬼塚竜二の姿も、何事もなかったかのようにあった。彼は、自分がなぜここにいるのか分からず、ただ呆然と自らの両手を見つめている。死の記憶だけが、彼の魂に焼き付いているようだった。
邪神君の声が、上空から響き渡る。
生徒たちの目の前には、隣の同じ高さのビルへと続く、二本の細いガラスの橋が架かっていた。
『やあやあ、子羊たち! 神聖絆壊ゲームへようこそ! 記念すべき最初のゲームは、君たちの「友情」と「信頼」を試す、簡単なアスレチックだよ!』
『目の前にある、美しいガラスの橋。あれを渡って、向こうのビルにたどり着けばクリアだ。簡単だろ?』
『ただし、ルールが二つだけある』
『二者択一の床』:
橋を構成する20枚のパネル。その左右どちらかは、人が乗ってもびくともしない『強化ガラス』だ。
でも、もう片方は、人が乗った瞬間に粉々に砕け散る、ただの『普通のガラス』さ!
つまり、各ステップで君たちは、50%の確率で死ぬってこと! ロシアンルーレットみたいで、ドキドキするだろ?
『贖罪の復活』:
制限時間は、30分。
時間内に、クラス30人のうち、たった一人でも向こう岸に渡りきれば、そのクラスは『クリア』と見なすよ!
そして、ここからが僕からの超絶優しいボーナスルールだ!
クリアが確定した瞬間、このゲームで死亡した全ての生徒を、五体満足、記憶もそのままに、完璧に蘇生させてあげよう!
説明が終わる頃には、生徒たちの顔から完全に色は消え失せていた。
『さあ、どうする? 誰が、その栄光ある『最初の生贄』になる? 誰が、仲間全員を復活させるための、尊い『死の体験ツアー』に参加するんだい? これは、生き残るためのゲームじゃない。誰が、その地獄の片道切符を受け取るかを選ぶ、足の引っ張り合いの始まりさ!』
『君たちの、その美しい友情が、どんな醜い押し付け合いに変わるのか、特等席で見せてもらうとしよう!』
『さて、勇気ある一歩を踏み出そう!』
邪神君が、応援するようにポンポンと手を叩く。
だが、誰も動けない。
最初に動いたのは、やはり鈴木大和だった。
「……ふざけるな。誰かが死ぬしかないなんて……。そんなルール、俺は認めない」
「だったら、どうするんだよ!」
高橋健二が、冷静に、しかし追い詰められた声で反論する。
「時間だけが過ぎていく! このままじゃ、全員死ぬだけだ!」
「じゃあ、お前が行けってのかよ!」
「俺は、合理的じゃないと言っているだけだ!」
議論は、すぐに罵り合いへと変わった。
その、醜い言い争いを止めたのは意外な人物だった。
白石莉奈だった。
「……もう、やめて」
その、凛とした声に、誰もが口をつぐんだ。
「……こんなことで、仲間割れなんてしたくない。……決めましょう。一番、公平な方法で」
彼女は、震える手で自らの拳を胸の前に突き出した。
「――じゃんけんで」
その、あまりにも日常的で、あまりにも場違いな提案。
だが、今の彼らにそれ以外の選択肢はなかった。
30人による、人類史上、最も残酷なじゃんけんが始まった。
「じゃーん、けーん、ぽん!」
勝った者の、安堵のため息。負けた者の、絶望的な呻き。
一人、また一人と勝ち抜けていく。
翔太は、最初の数回であっさりと勝ち抜けていた。彼の心には、安堵と同時に、何もできない自分への強烈な自己嫌悪が渦巻いていた。
そして、最後に残ったのは二人。
鈴木大和と、白石莉奈だった。
クラスの太陽と、月。
誰もが、固唾を飲んで見守る。
「「最初は、ぐー! じゃん、けん……」」
――ぽん。
大和が出したのは、パー。
莉奈が出したのは、グー。
勝者は、鈴木大和。
敗者は、白石莉奈。
時が、止まった。
莉奈の顔から血の気が引き、その美しい顔が恐怖に歪む。
「……いや……。嘘……」
「……莉奈……」
大和もまた、自らの勝利を呪うかのように、顔を青ざめさせていた。
誰も、何も言えない。
莉奈は、ふらふらと、まるで夢遊病者のようにガラスの橋の前に立った。
「……大丈夫……。すぐ生き返れるんだから……。大丈夫……」
彼女は、自分に言い聞かせるように、何度も、何度も呟いた。
そして、その涙に濡れた瞳で、一度だけクラスメイトたちの方を振り返った。
その、あまりにも儚く、あまりにも美しい姿。
それを見た、瞬間。
相田翔太の、何かが切れた。
「――待って!」
彼が、生まれて初めてクラス全員の前で、大きな声を出した瞬間だった。
全員の視線が、彼に突き刺さる。
驚愕、困惑、そして侮蔑。
「……なんだよ、相田……。今更、しゃしゃり出てくんなよ……」
誰かが、言った。
だが、翔太は、もう何も聞こえていなかった。
彼は、白石莉奈を庇うように、その前に立った。
そして、震える声で、しかしはっきりと、こう言ったのだ。
「……俺が、行く」
「……君が死ぬ必要はない。……俺みたいな、いてもいなくても同じ人間が、行くべきだ」
それは、自己卑下からくる、あまりにも悲しい志願だった。
莉奈が、息を飲む。
「……相田、君……」
「いいから!」
翔太は、彼女の言葉を遮ると、一度も振り返ることなくガラスの橋へとその一歩を踏み出した。
怖い。
死ぬほど、怖い。
だが、それ以上に、彼女が死ぬところを見たくなかった。
彼は、自らの直感を信じ、最初のパネル――右側へと、その足を乗せた。
ガラスは、割れない。
「……おおっ!」
クラスから、どよめきが上がる。
翔太は、心臓が張り裂けそうになるのを堪えながら、次の一歩を踏み出す。
左。
ガラスは、割れない。
「すごいぞ、相田!」
「いける! いけるぞ!」
仲間たちの、声援が聞こえる。
生まれて初めて、自分が誰かの役に立っている。誰かの希望になっている。
その、あまりにも甘美な感覚が、彼の恐怖を麻痺させていく。
彼は、自分が英雄になったかのような万能感に包まれていた。
そして、三歩目。
彼は、迷いなく再び左側のパネルへと、その全体重をかけた。
――バリンッ!
その、乾いた破壊音は、彼の耳には届かなかった。
ただ、足元の感覚がふっと消えた。
身体が、宙に浮く。
彼の最後の視界に映ったのは、絶叫する白石莉奈の美しい顔と。
そして、その全てを心底満足げに眺めている、道化師の、裂けた笑顔だけだった。
終わり。
彼の、あまりにも短く、そしてあまりにも惨めな物語は、ここで終わるはずだった。
だが、彼の意識が完全に暗闇に飲み込まれる、その寸前。
彼の魂の、最も深い場所で。
一つの、温かく、そして荘厳な声が、静かに響き渡った。
『――うむ。ようやった、人の子よ。……その、あまりにも気高い最初の『失敗』を、ワシは、確かに見届けたぞ……』
なんかなろうでPVが伸びたのでいつかやるフォルダに入ってた章を蔵出しします。




