第96話 【Webニュース:WORLD ALTER REPORT】ヘッドライン: IARO、アルター利用の『永久機関』発明を電撃発表――黒田事務総長「人類には早すぎる火」、インフラ活用は当面見送りか
【Webニュース:WORLD ALTER REPORT】
発行日: 20XX年X月XX日
ヘッドライン: IARO、アルター利用の『永久機関』発明を電撃発表――黒田事務総長「人類には早すぎる火」、インフラ活用は当面見送りか
(東京、IARO本部) - 世界が秩序派と混沌派による終わりなき代理戦争の泥沼に沈んでから5年。膠着した戦況と人々の心に蔓延する緩やかな絶望を打ち破るかのように、昨日、IARO(国際アルター対策機構)は、人類の歴史を永遠に変えうる画期的な技術の発明を、全世界に向けて電撃的に発表した。
その名は、『ジェネシス・システム』。
特定のFランクスキルを持つアルター、佐藤健司氏の能力【観測済み自販機・概念複製】を応用し、理論上、無限にエネルギーを取り出すことが可能ないわゆる「永久機関」である。
この発表は、全世界に衝撃となって突き刺さった。エネルギー問題の完全な解決。それは、貧困、格差、そして国家間の紛争の根源そのものを消し去る可能性を秘めた、まさに神の御業に等しい。だが、その発表と同時にIAROが示した方針は、世界中の期待に冷や水を浴びせるものだった。IARO事務総長、黒田氏は緊急記者会見の席で、この革新的な技術のインフラへの積極的な活用を、「時期尚早」として当面の間、凍結すると明言したのだ。
輝かしい未来への扉を開けながら、その扉に自ら閂をかけるという、あまりにも不可解な決断。その裏には、何があるのか。本レポートでは、専門家の分析と各国の反応を交え、この歴史的な発表が持つ本当の意味と、それがもたらすであろう世界の新たな潮流を多角的に分析する。
第一章:『ジェネシス・システム』――缶コーヒーから生まれた無限の光
IAROが公表した技術資料によれば、『ジェネシス・システム』の根幹を成すのは、驚くべきことに、かつてはそのあまりのくだらなさから「史上最も無価値なスキル」とまで揶揄された、佐藤健司氏のFランクスキルである。
彼の能力は、「半径1km以内に存在する自動販売機の、完璧なコピーを、別の座標に召喚する」というものだった。しかし、IARO特殊技能研究棟の青木博士率いるチームによる長年の研究の結果、このスキルが持つ三つの特異な性質が明らかになった。
無限エネルギー供給: 召喚された自販機は、外部からの動力供給なしに、照明や冷却機能を半永久的に維持する。これは、我々の宇宙とは異なる高次元の領域から、無限にエネルギーが供給されていることを示唆している。
不壊属性: 召喚された自販機は、あらゆる物理的干渉を受け付けない。核爆発の熱量にすら耐えうる、因果律レベルでの絶対的な耐久性を持つ。
概念の完璧な複製: スキルは、自販機の物理的な形状だけでなく、その「概念」そのものを複製する。
青木博士のチームは、この三つの性質、特に「概念の複製」という点に着目した。彼らは、「電力を販売する自動販売機」という新たな概念を設計・製造。これを佐藤氏に「観測」させ、複製させることで、無限のエネルギー供給と不壊属性を併せ持った、究極の発電装置『ジェネシス』をこの世に生み出すことに成功したのである。
「これは、科学の勝利であると同時に、発想の勝利です」と、技術カンファレンスで青木博士は語った。「我々は、神が与えたもうた世界のバグを、人間の知性と好奇心によってハッキングしたのです。Fランクのスキルが、人類の未来を照らすプロメテウスの火となりうることを、我々は証明しました」
その言葉通り、『ジェネシス』がもたらす未来は、計り知れない。化石燃料は不要となり、環境問題は過去のものとなる。エネルギーコストの概念が消滅すれば、食料生産、工業、輸送、あらゆる産業の生産性は爆発的に向上する。理論上、人類は全ての労働から解放され、文化と芸術の発展のみにその生を謳歌する、ユートピアの時代を迎えることさえ可能になるのだ。
第二章:「我々は、神になってはならない」――黒田事務総長の苦渋の決断
だが、その輝かしい未来への扉は、固く閉ざされた。
昨日行われた緊急記者会見の席で、IARO事務総長、黒田氏は、疲弊しきった、しかし鋼の意志を宿した表情で、全世界に向けてこう語った。
「本日、我々IAROが発表した『ジェネシス・システム』は、諸刃の剣です。それは、人類に無限の繁栄をもたらす可能性を秘めていると同時に、我々をこれまでとは全く質の違う、新たな地獄へと突き落としかねない、禁断の果実でもあります」
彼は、その理由を三つの点から説明した。
第一に、「特定個人への過度な依存」というリスク。
「『ジェネシス』の根幹は、佐藤健司氏という、たった一人のアルターの存在に依存しています。もし、彼の身に万が一のことがあれば? もし、彼が我々の意に反して、混沌派の側に寝返るようなことがあれば? 我々が築き上げた文明の全てが、一夜にして停止する。そんな、あまりにも脆く、あまりにも危険な砂上の楼閣の上に、人類の未来を築くわけにはいかないのです」
第二に、「倫理的な問題」。
「特定の個人を、文明の『エネルギー源』として扱う。それは、形を変えた奴隷制度ではないのか。我々が『人類憲章』で掲げた、個人の尊厳を踏み躙る行為ではないのか。我々は、効率や利便性のために、魂を悪魔に売り渡すべきではない。我々は、神になってはならないのです」
そして最後に、「混沌派への刺激」という、安全保障上の懸念。
「この技術を公然とインフラに活用すれば、どうなるか。カオス同盟は、間違いなく佐藤健司氏本人を、あらゆる手段を用いて奪いに来るでしょう。それは、全世界を巻き込んだ、新たな、そして最終的な世界大戦の引き金となりかねない。我々は、そのあまりにも大きなリスクを、冒すことはできません」
黒田事務総長は、最後にこう締めくくった。
「故に、我々IAROは、そして『人類憲章連合』は、ここに宣言します。『ジェネシス・システム』の研究は継続する。だが、その応用は、現時点ではIARO内部の活動、及び緊急時の人道支援といった、極めて限定的な範囲に留めるものとします。この技術を、人類全体が安全に、そして倫理的に共有できる、本当の意味での『人間の技術』へと昇華させるその日まで。我々は、このあまりにも強大すぎる『神の火』を、厳重に管理し、封印し続ける所存です」
その演説は、あまりにも誠実で、あまりにも理性的で、そしてあまりにも、もどかしいものだった。目の前にぶら下げられた楽園への梯子を、自らの手で蹴り倒すかのような、苦渋の決断。その裏にある黒田の深い苦悩と葛葛藤を、世界は見た。
第三章:失望と嘲笑――引き裂かれる世界
IAROのこの「自制的な」発表に対し、国際社会の反応は、綺麗に二つに分かれた。
アメリカ、DAA(超常事態対策局)は、即座に懐疑的な声明を発表した。ホワイトハウスの匿名の高官は、大手通信社の取材に対し、「日本の発表は、欺瞞に満ちている」と語った。
「彼らが、インフラに活用しないと言ったからといって、軍事転用しないという保証はどこにもない。むしろ、これは我々の『プロジェクト・キメラ』に対抗し、水面下で圧倒的な軍事的優位を確立するための、巧妙なカモフラージュだろう。我々は、楽観視していない。同盟国として、日本の動向を、これまで以上に厳しく注視していく必要がある」
ヨーロッパ諸国は、より複雑な反応を見せた。ドイツの首相は、「IAROの倫理的な判断に、深い敬意を表する」と公式に述べた。だが、その一方で、経済界からは「せっかくの技術革新の機会を、日本が独占し、停滞させている」という批判の声も上がっている。
そして、最も深刻な反応を示したのは、発展途上国、そして『カオス同盟』に与する国家群だった。
彼らにとって、IAROの発表は、希望ではなく、絶望の最終宣告だった。
カオス同盟の大元帥、ケイン・コールドウェルは、ソラリス解放区から全世界に向けて、強烈なプロパガンダ放送を行った。その声は、怒りではなく、深い、深い憐憫の色を帯びていた。
「見なさい、虐げられし同胞たちよ! これこそが、秩序派が掲げる『理性』と『倫理』の、醜い正体だ!」
「彼らは、無限のエネルギーを手に入れた。それさえあれば、この星から飢えも、貧困も、全ての不平等を消し去ることができる。だが、彼らはそれをしない。なぜか? 彼らは、それを『独占』したいのだ。彼らは、我々が永遠に彼らの支配の下で、貧しく、無力であることを望んでいるのだ!」
「彼らは、佐藤健司という一人の人間の人権を語る。だが、その偽善のために、今この瞬間も飢えで死んでいく何百万という子供たちの人権は、彼らの目には映らない! これが、偽りの秩序の限界だ!」
「だが、我々は違う! 我々混沌派こそが、真の解放者だ! 我々ならば、その奇跡を、全ての民と分かち合う! 我々と共に、立ち上がろう! そして、彼らが独占する楽園を、我々自身の手で奪い取り、真に平等な世界を築こうではないか!」
その演説は、あまりにも扇動的で、あまりにも魅力的だった。
IAROの発表以降、これまで中立を保っていたアフリカや東南アジアの数カ国が、次々とカオス同盟への支持を表明。世界のイデオロギーの断層は、もはや修復不可能なレベルまで、深く、そして決定的に刻まれてしまった。
第四章:専門家たちの視点――神の火を巡るソロバン
この歴史的な事態を、専門家たちはどう見ているのか。我々は、各分野の権威に緊急のコメントを求めた。
経済思想家、ジャン・ボードリヤール博士(フランス、ソルボンヌ大学)
「これは、21世紀の『ポトラッチ』ですよ。北米の先住民が行っていた、富の贈与と破壊の儀式です。IAROは、『無限の富』を手に入れた。だが、それを市場に流通させれば、既存の経済システム(資本主義)そのものが崩壊してしまう。故に、彼らはその富を『封印する』という形で象徴的に破壊し、自らの権威と秩序の正当性を保とうとしているのです。極めて、ポストモダン的な状況と言えるでしょう。問題は、その富の破壊が、富を持たない者たちにとっては、最大の挑発行為にしか見えないという点です」
軍事アナリスト、マイケル・クラーク氏(イギリス、王立防衛安全保障研究所)
「黒田事務総長の発表は、100%嘘だと断言できる。いや、嘘というよりは、真実の一部しか語っていない、というべきか。インフラに活用しない? 結構だ。だが、その有り余るエネルギーの、本当の使い道はどこにあるのか。答えは、一つしかない。『軍事』だ。考えてもみてほしい。無限のエネルギーがあれば、これまで理論上可能だったが、エネルギーコストの観点から実現不可能だった兵器が、全て現実のものとなる。大陸間弾道ミサイルを大気圏外で迎撃可能な、巨大な荷電粒子砲。都市一つを覆い尽くす、常時展開型の防御シールド。そして、神崎勇気のような巨大化アルターを、何体も同時に稼働させられるだけのパワーサプライ。日本は、今この瞬間も、水面下で静かに『神の杖』を鍛え上げている。世界は、新たな軍拡競争の時代へと、否応なく突入したのだ」
専門家たちの意見もまた、三者三様。この問題の、あまりにも多面的で、解決不能な複雑さを、浮き彫りにしていた。
第五章:結論――ソロバンは弾かれた。賽は投げられた
IAROの発表は、世界から物理的な戦争の危機を遠ざけたかもしれない。だが、その代償として、人類の心に、決して埋めることのできない深い溝を刻んだ。
秩序派は、自らの倫理観と理想のために、世界を救う力を「封印」した。
混沌派は、その偽善を糾弾し、「解放」という名の新たな戦争の大義名分を手に入れた。
そして、大多数の沈黙する民衆は、目の前にぶら下げられた楽園への梯子を奪われ、その怒りと失望の矛先を、どこへ向けるべきかを見失っている。
一つだけ確かなことがあるとすれば、それは、神が作り出したこの不条理なゲーム盤の上で、もはや誰も後戻りはできないということだ。
黒田が弾いた「理性」という名のソロバンは、果たして人類を正しい未来へと導くのか。それとも、ケインが投げた「混沌」という名の賽の目が、全てを無に帰すのか。
その答えを、まだ誰も知らない。
世界の、長く、そして静かなる冬の時代は、今、まさにその幕を開けたばかりだった。
(記事は、ここで終わっている)
【コメント欄】
名無しさん@自称IARO関係者
>>記事読んだぜ。まあ、大体合ってる。大体はな。
>>だが、お前らエリート様たちが頭でっかちな議論してる間に、現場がどこまで進んでるか、教えてやろうか?
>>まず、『ジェネシス・システム』。公表されてる技術は、全体の10%にも満たない、ただの建前だ。本当のヤバさは、その「小型化」にある。青木博士のチームは、もう手のひらサイズの『ミニ・ジェネシス』のプロトタイプを完成させてる。つまり、どういうことか分かるか? IAROの全ての兵士が、個人用の無限エネルギー源を装備できるってことだよ。パワードスーツ? レールガン? そんなもん、もうSFじゃねえんだよ。
>>そして、黒田事務総長が「封印する」って言った、あの言葉の本当の意味。あれは、民生利用を封印するって意味であって、軍事利用を封印するなんて一言も言ってねえんだわ。
>>もう、とっくに始まってるんだよ。次の戦争の準備はな。
>>俺が知ってるだけでも、極秘裏に進んでるプロジェクトが三つある。
>>一つ目、『プロジェクト・ジャガーノート』。神崎勇気の巨大化スキルと、ジェネシスの無限エネルギーを組み合わせた、対神獣用・有人巨大兵器の開発だ。そう、お前らが大好きな、巨大ロボットってやつだよ。コードネームはもう決まってる。『プロメテウス零式』。その拳の一撃は、大陸プレートすら動かすらしいぜ。
>>二つ目、『プロジェクト・ロンギヌス』。静止衛星軌道上に、ジェネシスを動力源とした巨大な荷電粒子砲衛星を、既に数基打ち上げ済みだ。通称、『神の杖』。その一射は、大気圏外から、地上のあらゆるターゲットを誤差なく、光の速さで消し炭にできる。これで、カオス同盟の首脳陣がどこに隠れようと、いつでも「天罰」を下せるってわけよ。
>>そして、三つ目。これが一番ヤバい。『プロジェクト・エデン』。これは、混沌派への対抗策だ。奴らが天候操作アルターで「奇跡」を起こすなら、こっちもやる。全世界の食料生産や気象データを完全にコントロール下に置くための、超広域・環境改変システムの構築だ。もう、IAROの許可なくして、地球上には雨一粒降らせない。それくらいのことを、本気でやろうとしてる。
>>無限のエネルギーがあるんだから、あとは簡単なんだよ。これまで人類が夢見てきた、ありとあらゆる空想科学兵器が、今、俺たちの目の前で次々と現実になってる。
>>だから、安心しろよ、お前ら。
>>黒田事務総長が、いつまでもソロバン勘定だけで戦争してるとでも思ったか?
>>あの人は、誰よりも冷徹で、誰よりも現実主義者だ。
>>混沌派の連中を、物理的にこの星から完全に排除する日も、そう遠くはないんじゃないか?
>>まあ、その時、世界がどうなってるかは、俺も知らんけどな。
>>じゃあな。
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