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第10話 鬼神、首都に吼える

 鬼頭(きとう) 丈二は、自分が神になったのだと、本気でそう思っていた。

 あの日、歌舞伎町の路地裏で、天啓とも言うべき力を授かってから、まだ数日。しかし、彼の世界は、そして彼自身は、もはや以前とは似ても似つかぬものへと変貌していた。

 彼は、神だ。

 少なくとも、このちっぽけで、脆い人間たちの世界においては、絶対的な神に等しい存在だった。

 彼は、港区の超高層ホテルの、最上階にあるプレジデンシャルスイートを、新たな自分の「城」としていた。もちろん、宿泊費など払っていない。正面から堂々と入り、マネージャーを恫喝し、力ずくで鍵を奪い取っただけだ。誰も、彼に逆らうことはできなかった。

 彼は、増長していた。

 日に日に、その傲慢さと全能感は、彼の理性を麻痺させていった。

 最初の数日は、楽しかった。高級なシャンパンを浴びるように飲み、ブランド品を強奪し、これまで自分が見下してきた富裕層の男女を、恐怖で支配する。それは、彼の長年の鬱憤を晴らすには、十分すぎるほどの快楽だった。

 だが、すぐに、それだけでは物足りなくなった。

 彼の欲望は、もっと根源的なものへと回帰していく。すなわち、「破壊」と「支配」の、より純粋な形。

 彼は、白昼堂々、銀座の宝石店に現れた。警備員が制止するより早く、特殊合金で作られたショーケースを、まるで紙箱でも破るかのように引き裂き、ダイヤモンドのネックレスを鷲掴みにする。そして、駆けつけた警察官たちの前で、その宝石を、じゃりじゃりと、菓子でも食うかのように噛み砕いてみせた。

 彼は、銀行を襲撃した。しかし、目的は金ではなかった。分厚い鋼鉄でできた、大金庫の扉。それを、ただ腕力だけで、缶詰を開けるように、ねじり、引き剥がし、その残骸を、呆然と見上げる行員たちの足元に投げ捨てて、満足げに立ち去った。

 彼は、力を誇示していた。自分の存在が、この国の、この社会のルールが、一切通用しない、規格外の存在であることを、世界中に知らしめたかった。

 そして、彼のその行動は、テレビやインターネットを通じて、瞬く間に日本中に拡散されていった。

 人々は、彼を『新宿の怪物』『鋼鉄のヤクザ』などと呼び、恐怖した。警察は、彼が現れるたびに、巨大な包囲網を敷く。だが、拳銃が効かない相手に、彼らは何もできなかった。ただ、遠巻きに眺め、被害が拡大しないことを祈るだけ。その無力な姿が、さらに鬼頭の増長を加速させた。


「おいおい……誰か、俺を止めてみろよ」


 彼は、テレビカメラに向かって、挑発的に笑った。

 その笑みは、まさしく、自分に敵う者など存在しないという、絶対的な自信の表れだった。

 その挑発は、国家の中枢を、激しく揺さぶった。


 『内閣官房・超常事態対策室』。

 室長の黒田は、モニターに映し出される、鬼頭の傍若無人な振る舞いを、苦虫を噛み潰したような顔で見ていた。

「……もう、限界だ」

 彼が設定した「監視と情報収集」という方針は、完全に破綻していた。鬼頭は、彼らの予測を遥かに超えるスピードで、その脅威度を増している。このままでは、国民の、警察や政府に対する信頼が、完全に失墜してしまう。

「総理の許可は、既に得てある」

 黒田は、覚悟を決めた。

「対象『鬼神(きじん)』――鬼頭丈二に対し、武力による制圧作戦を開始する。警視庁機動隊、及び、特殊部隊(SAT)を投入せよ」

 それは、苦渋の決断だった。だが、もはや、選択肢は残されていなかった。


 彼らは、罠を張った。

 増長しきった鬼頭が、次なるターゲットとして、最も挑発的な場所を選ぶであろうことを、黒田は予測していた。

 日本の警察組織の、まさに心臓部。霞が関に聳え立つ、警視庁本部庁舎。

 そして、その予測は、現実のものとなった。

 鬼頭は、たった一人で、警視庁の正面ゲートに現れた。

 彼は、もはや神になった気分だった。この国の秩序の象徴を、自らの手で破壊し尽くすことで、その神性を、世界に証明しようとしていた。

 彼は、警備の警察官を紙くずのように吹き飛ばし、分厚い防弾ガラスを素手で叩き割り、庁舎内へと侵入した。阿鼻叫喚の地獄絵図。彼は、笑いながら、破壊の限りを尽くした。

 そして、数十分後。

 満足げに、破壊し尽くした庁舎から、外へと姿を現した鬼頭は、その光景に、思わず足を止めた。

 彼の目の前、数百メートルにわたって、桜田通りが、完全に封鎖されていた。

 そこを埋め尽くしていたのは、人の壁。

 ジュラルミン製の大盾を隙間なく構え、完全武装に身を固めた、数百名の機動隊員。

 その背後には、装甲車両が何台も控え、周囲のビルの屋上には、黒い戦闘服に身を包んだ、SATの狙撃手の姿が、いくつも確認できた。

 そして、その異様な光景を、上空からは、何台もの報道ヘリが、固唾を飲んで見守っていた。

 この戦いは、日本全国に、生中継されていた。

 鬼頭は、その光景を見て、恐怖するどころか、その口元を、歓喜に歪ませた。

「……ハッ。やっと、まともな出迎えが来たじゃねえか」

 これだ。これを、待っていた。

 国が、本気で、自分一人を殺しに来ている。なんと、名誉なことだろうか。

「全隊、構え!」

 拡声器を通した、隊長の怒声が響く。

「警告する! 鬼頭丈二! 直ちに武器を捨て、投降しろ! さもなければ、射殺もやむを得ない!」

 鬼頭は、その警告を、せせら笑った。

「武器? 俺の武器は、この身体そのものだ。捨てられるもんなら、捨ててみやがれ!」

「……問答無用! 撃てェッ!!」

 その号令を皮切りに、凄まじい銃声が、霞が関の空に轟いた。

 それは、拳銃の乾いた音ではない。機動隊が装備する、サブマシンガンや、SATが構える、大口径のライフルから放たれる、肉を、骨を、コンクリートすらも容易く砕く、死の鉄槌。

 数百の銃口から、弾丸の豪雨が、鬼頭の身体に降り注いだ。

 だが。

 結果は、同じだった。

 彼の肉体に当たった弾丸は、その全てが、まるで硬い岩にでもぶつかったかのように、火花を散らしながら弾き返されていく。彼の身体には、かすり傷一つ、ついていない。

「無駄だと言ってるだろうがァ!!」

 鬼頭は、咆哮を上げながら、その弾丸の嵐の中を、突進した。

 機動隊の、盾の壁へと。

 凄まじい衝撃音と共に、ジュラルミンの盾が、人間の身体ごと、木の葉のように舞い上がった。

 鬼神の、無双が、始まった。

 彼は、近くに駐車してあった装甲車両を、まるでボールでも投げるかのように軽々と持ち上げ、隊列の中心へと叩きつける。

 彼は、地面のアスファルトを、クッキーでも割るかのように引き剥がし、それをフリスビーのように投げつけ、狙撃手が潜むビルの窓を粉砕する。

 機動隊の誇る統制も、SATの精密な射撃も、絶対的な「力」の前では、赤子の戯れに等しかった。

 その光景は、日本中のテレビ画面に、リアルタイムで映し出されていた。

 人々は、息を飲んだ。たった一人の男が、国家の武力を、赤子の手をひねるように、蹂躙していく。その光景は、もはや現実とは思えなかった。それは、特撮映画か、アニメの世界。だが、これは紛れもない、現実だった。

 恐怖が、日本中を覆い尽くしていく。


 その頃、空木(うつぎ) 零は、自室で、その生中継を、実に楽しそうに眺めていた。

「おお、やってる、やってる。すごいじゃないか、鬼頭君」

 彼は、ポテトチップスをかじりながら、自分の「作品」の活躍に、満足げに頷いていた。

 警察の最終兵力が、なすすべもなく破壊されていく。実に、面白い。最高のデータが取れる。

 だが、彼は、少しだけ、物足りなさも感じていた。

「……でも、これじゃあ、すぐに終わっちゃうな」

 このままでは、鬼頭が一方的に勝利し、警察は敗走。それで、終わりだ。それでは、物語のクライマックスとしては、少し盛り上がりに欠ける。

 もっと、絶望を。もっと、恐怖を。

 この国の人間たちに、決して抗うことのできない、絶対的な存在の誕生を、その目に焼き付けさせてやろう。

 零は、静かに、目を閉じた。

 そして、今、霞が関で暴れ回っている鬼頭の魂へと、再び、その意識を接続する。

 彼は、鬼頭に与えたスキル、金剛力・不壊(こんごうりき・ふえ)の、その根源的な構造に、新たな「一行」を、追加で書き加えた。


▶ スキル特性のアップデートを実行……

▶ 【金剛力・不壊(こんごうりき・ふえ)】に、新規特性を追加。

▶ 特性名:【畏怖収集・自己強化(フィアー・コレクター)

▶ 効果:対象が、他者から『恐怖』の感情を向けられるほど、自身の能力が、無制限に強化されていく。


 神の、気まぐれな、パッチ修正。

 その瞬間、霞が関の鬼頭は、感じた。

 全身から、先ほどとは比べ物にならないほどの、凄まじい力が、湧き上がってくるのを。

「……おお……おおおおおっ!?」

 力が、満ちる。

 彼は、理解した。この力の源泉が、何かを。

 目の前で恐怖に震える、機動隊員たち。テレビの向こうで、悲鳴を上げる、無数の視聴者たち。その、日本中から集まってくる、膨大な「恐怖」が、今、自分を、さらに強く、さらに上のステージへと、押し上げている。

 彼の身体から、黒いオーラのようなものが、陽炎のように立ち上り始めた。その肉体は、さらに硬質化し、筋肉が、爆発的に膨れ上がっていく。

「ハ……ハハハ……」

 彼は、もはや、ただの人間ではなかった。

 人々の恐怖を喰らい、無限に強くなる、本物の「鬼神」。

 彼は、残された最後の装甲車両に向かって、ただ、拳を突き出した。

 その拳から、黒い衝撃波が放たれ、分厚い装甲を、まるで紙のように貫き、車両を、背後のビルごと、大爆発させた。

 もはや、誰も、彼を止めることはできない。

 日本全国に、その絶望的な光景が、中継される。

 鬼頭は、業火と黒煙に包まれた、霞が関の中心で、ただ一人、天を仰ぎ、高らかに笑った。

 恐怖を、もっと。絶望を、もっと。

 この快感は、止められない。


「――最高だぜェッ!!」


 その雄叫びは、新たな時代の、そして、終わらない悪夢の、始まりを告げる、産声だった。

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