第3話 陽動作戦開始 ~ 作戦名:《逃ゲル=マラソン》~
ホブゴブリンの玉座に光り輝くお母さんの模した人形を座らせた。
転生者 斎藤優斗
「お母さん。いまから悪い魔物を斬るから、ここで見ててね」
小さな少年のような声音。
黒月の剣士・ミカヅキ・ユウトは、母の面影を人形に重ね、剣を構える。
「……優斗、頑張って」
人形が、確かに動いて微笑んだ。
その刹那。
ユウトの姿が――掻き消えた。
「――《月閃》」
一歩。たった一歩、踏み込むだけで空間が裂ける。
黒い稲妻のような斬光が、疾風となって走る。
その軌跡は鋭利な月の弧を描き―
「うおぉぉおお!?!?!?」
炎のトロール、コニちゃんの体に、斜め一文字の斬線が浮かび上がった。
ドスッ、と血がにじむ。
「コニちゃん! いったぁ!?」
オークのデフリーが即座に駆け寄り、腹をぽんと叩きながら唱える。
「回復魔法、《トロトロ治癒汁》やーッ!」
みるみるうちにコニちゃんの傷が塞がり、炎がボンッと復活する。
「ふー……こわ……でも、これで準備万端や」
「逃げるでー作戦開始や」と一目散に玉座の間を退散するデフリーとコニちゃん
ユウトが後ろから追いかけて剣を構えて言った。
「……こいつら、逃げてばかりで戦おうとしないのか?」
だが次の瞬間――
「くらええぇぇ!! ファイア・バウンド・バルカンボム!」
コニちゃんが、手のひら大の炎岩を数個生成し、次々にユウトへ剛速球で投擲!
ドゴォォンッ!!
地面が爆ぜ、炎が炸裂する!
「アブねぇ!!」
ユウトは爆風に髪を靡かせながら、ギリギリで横跳び回避。
洞窟の玉座から距離を取り、地獄の鬼ごっこが始まった。
「まだまだ逃げるでーコニちゃん!」
「豚、了解ッ! 搔き回すよッ!」
炎のトロールと、デブなオークが、洞窟の中を縦横無尽に走りまわる。
通路の柱を曲がり、天井の鍾乳石を利用して飛び跳ね、回復と逃走を繰り返す。
ユウトは一撃必殺の剣を持ちながら、姿を消して接近するも
「ファイア弾ッ!イパーッツ」「おかわり回復~!」
応戦&回復のコンビネーションが完璧すぎて、なかなか仕留めきれない。
「さわらぬ神に祟りなし、や」
オークロードのデフリーはハアハアと息を切らしながら呟いた。
「護に教わった通り。殺意満点のユウトにゃ、接近せん方がええ……!」
対してコニちゃんは走りながら叫ぶ。
「こいつすぐ消えるし動き読めねーし!! でも、燃やす! 当てるまで燃やすッ!」
斬るか、燃やされるか。
ホブゴブリンの洞窟の中で、体力と神経を減らす地獄の追いかけっこは続いていた。
果たして、逃げる豚と炎の魔人は
黒月の剣士を“走り疲れさせ”持久戦でカツことができるのか!?
「豚!カツ丼お代わり!」
コニちゃんが叫ぶ
「コニちゃん今は逃げることで、精一杯や、カツ丼つくるのは堪忍してや」
二人は漫才みたいな掛け合いをしていた。




