第3話 「オウムナイトはアサリ味」
俺たちが潮の引いた入り江で食材探しをしていた時だった。
「出たわよ、巨大なやつ!」
砂の中から「グワァアアアッ!」と唸るような声とともに現れたのは、異常にデカい《オウムナイト》。その殻はまるで岩のように固く、足はムチのようにしなやかで、獲物を巻き取って締め上げる力はとんでもないらしい。
「気持ち悪いよぉぉぉぉ! やだー!!」
コニちゃんが後ろに隠れた瞬間、ヌッと伸びた触腕が俺に向かって伸びてきた。
「来るぞ!」
「任せて!」
鋭い声とともに、エイミーが前に出た。彼女の手には長い槍が握られている。
「弱点は殻の隙間。動きを止めてくれれば──刺し貫く!」
「了解、デフリー!」
俺とデフリーは左右から回り込むように走った。
「こっちだ、ナメクジ野郎!」
「ぬははっ、油断すんなよぉ!」
俺はスライムを蹴って投げつけ、視界を遮る。デフリーは手製の香草粉を投げて足元の地面をぬめらせた。オウムナイトの足が滑った瞬間、体がガクンと傾く。
その隙を─
「今よッ!!」
風を裂いて、エイミーの槍が一直線に走った。
ズバァッ!!
「ギャアアアアアア!!」
鋭い突きが殻の隙間を貫き、肉の奥まで届いた。オウムナイトは一瞬痙攣し、泡を吹きながら倒れ込んだ。
「やった……やったわ……! 殻の硬さ、見事に抜いたわね!」
「ナイス、エイミー。見事な槍捌きだったぜ」
「ふん……虫より貝の方がマシだし」
「おい、じゃあコレをどうするかだな」
俺が死体を見下ろして言うと、背後からドスン、と歩み寄る太い影。
「調理は任せとけ。貝のこいつは、な……トマトと相性がいいぞ」
そう、コック服のボタンを弾かせながら、デフリーが笑った。
「ふぅ……良い貝だ。硬い殻も、いい出汁になる」
戦いの後、デフリーは火の準備を整えながら、エプロンを締め直した。その動作は大柄な体からは想像できないほど端正で、どこか神聖な儀式にも見える。
「まずは下処理だな」
オウムナイトの触腕を一本ずつ外し、殻の中の身を丁寧に取り出す。中には貝柱に似たぷりぷりの肉、肝、柔らかい内臓も入っている。
「うん、肝はくせが強いが……香味野菜と煮れば旨味に変わる」
手際よく砂を抜き、塩水で軽く洗ったあと、オリーブオイルを熱した鍋にニンニクを投入。ジリジリといい香りが広がった。
「ここで白ワイン!」
ジュワッ!という音とともに立ち上る湯気。その香りだけで腹が鳴る。
香味野菜(タマネギ、セロリ、ニンジンの微塵切り)を加え、しっかり炒めて甘味を引き出す。
「ここが大事だ。炒めることでソースが丸くなる」
そしてオウムナイトの身を投入。あらかじめ焼き色をつけたものを一気に合わせて炒め合わせる。
「さあ、仕上げだ。トマト缶、投入──っと」
トマトの赤が鍋の中を一気に染める。そこにバジルとローリエ、隠し味の味噌をほんの少し加える。
「火加減は弱火でじっくりだ。愛情を込めて……な」
静かに蓋をして、コトコトと煮込むこと20分──
「完成だ。『オウムナイトのトマト煮込み』、召し上がれ」
大きなスープ皿に盛り付けられた料理は、トマトの赤とハーブの緑が目にも美しく、オウムナイトの貝柱はぷるぷると光っていた。
一口食べたエイミーが思わず目を見開いた。
「なにこれ……貝、嫌いだったのに……すっごく……美味しい……!」
コニちゃんももぐもぐしながら
「きもちわるいと思ってたのに……うまっ……やるやん、ブタ」
「……ブタは褒め言葉で受け取っとくか」(オーク族にとって豚は神聖な生き物なのだ)
デフリーは照れくさそうに笑ったあと、手を胸に当てて、決め台詞をつぶやいた。
「料理は愛情。端正に、丁寧に、美味しくいただく。」
オウムナイトはアサリ味に似ていた。パスタがあればボンゴレビアンコであるな。パスタ食べたい。
人間だったころを懐かしむ護であった。