第6話 転生勇者 ホブゴブリンの洞窟へ
月が照らす山の裂け目に、深く口を開ける森の洞窟。
勇者アレスは、その前に立ち止まり、低く呟いた。
「ここや……ホブゴブリンの洞窟。転生者の護と初めて剣を交えた場所や」
その背には、黒刀を背負うユウト・ミカヅキと、魔の人間人形を従えるメル・アリアが立っていた。
彼らはこの地に初めて足を踏み入れる。
「空気が重い……何かが、いる」
ユウトが刀に手をかける。
「気配も、魔力の流れも濁ってる。罠が多いのは確かね」
メル・アリアが静かに囁く。
アレスは肩の剣を軽く叩きながら、笑った。
「安心せぇ。ここはワイがよう知っとる。……護が、ここには“いない”こともな」
「じゃあ、なぜここへ?」
メル・アリアが目を細める。
「この洞窟は、あいつとワイの因縁の場所や。そして、戦場としても都合がええ」
「狭い通路に、屈強なゴブリンども……こっちも準備して、きっちり迎え撃つには、ここがええ」
「なるほど……誘い込む罠、ってわけか」
ユウトが頷く。
アレスは笑った。
「ちゃう。これは“俺からの宣戦布告”や」
三人はゆっくりと洞窟の内部へ進む。
最初に現れたのは、土に紛れた落とし穴。
「そこや、左足一歩分空けてから飛べ」
アレスの記憶は鮮明だった。
前回、命からがら生き延びたあの死線を思い出しながら、的確に罠を見抜いていく。
毒沼地帯では、メル・アリアが即座に浄化の魔法を展開。
幻覚の間では、ユウトがひるむことなく前進し、影に紛れた幻像を断ち切る。
この三人は、もはや“ただの転生者”ではなかった。
「討つべき敵」に向かって、一直線に進む集団だった。
やがて、洞窟の最奥。
石造りの空間、かつて護とアレスが刃を交えた「玉座の間」へと辿り着く。
そこに護の姿は、ない。
アレスはその事実に動じることなく、まっすぐ玉座に歩み寄り
堂々と腰を下ろした。
「ふぅ……やっぱ、ここが一番落ち着くな」
足元では、捕虜にしたゴブリンがひとり、震えながら跪いている。
「なぁ、オマエ。聞こえてるか?」
ゴブリンはぶるぶると頷く。
「ホブゴブリンの護に伝えてこい。“勇者アレスが来た”とな今すぐ、ここに呼んで来い」
「オ、オヤブン……ホブゴブリン、マモル様に……伝えます、すぐ!」
「そうや、伝えとけ……」
アレスは鋭く目を光らせ、剣を地面に突き刺した。
「ワイは、あいつを倒して
この歪んだ世界を変える。ワイの理想の、優しゅうて、誰も捨てられへん……そんな世界を作るんや」
メル・アリアは玉座の横で口元を手で隠しながら、じっとアレスを見つめる。
ユウトは何も言わず、ただ剣を構えたまま、その扉の向こう護の登場を待ち構えていた。
静寂の中、洞窟に残ったのは、戦いの残り香と、決戦の気配だけだった。




