第2話 「魔物出没注意! 安全祈願のお守りを売る」
森を抜け、俺たちは小さな人間の村にたどり着いた。
山と川に挟まれた、のどかな農村。空気はうまいが、金はない。
「そろそろ、人間のお金が必要だな」
護はそうつぶやいた。
「え、人間のお金?でも魔族って人間の通貨使うの?」
コニちゃんが不思議そうに首をかしげる。
「使うさ。物資調達には金が要る。しかも俺たちは“魔族”。この身分を逆に利用するんだ」
俺が取り出したのは、手作りの「安全祈願のお守り」。
スライムの抜け殻、乾燥ミスリーフ、リザードマンのうろこ、オークの鼻輪。そして一粒の“祈りの石”。
「これは俺の“領域内”でのみ効果を発揮する護符だ。俺と連携している各種族の長たちに話は通してある。このお守りを付けている人間は、襲わない。あるいは襲いにくくするよう、言ってある」
「なるほど…つまり実際に効くのか」
エイミーが珍しく納得顔をする。
「そう、だから詐欺ではない。合法的で実利的で、しかも人道的な魔族ビジネスだ」
村の長に会うと、彼は明らかに俺の姿に驚いていた。
「な、なんと魔族……!」
「ご安心ください。害意はありません。むしろ村の平穏を守りに来ました」
俺は丁寧にお守りを差し出した。
「これは“安全祈願のお守り”。この地一帯は、私・護が領主となっている魔族領の一部。この護符を持つ者は、我が領内の魔族──ゴブリン、リザードマン、トロール、オーク──に襲われにくくなります。無料で一つ、差し上げます」
「な、なんと……!ありがたや、ありがたや……!魔族様に、ここまでしていただけるとは……!」
長は感激して膝をつき、涙をこぼしながら言った。
俺は続けてビジネストークを展開した。
「村の皆さんにも配布するなら、量産できます。まとめ買いで三割引、祈祷付き特別版は追加一銀貨」
結果的に全村民に配る分、さらに祈祷版までまとめ買い。
俺は銀貨の入った袋を手に、微笑んだ。
「ねぇ…これってだまして悪いことじゃないの?」
コニちゃんが呆れている。
「護のテリトリーにいる限り、実際に効果あるんだろ?ちゃんと交渉してあるなら問題ないわ」
エイミーがつぶやいた。
「というか……護さまの領地、いつのまにそんなに広がったんだ」
デフリーが苦笑していた。
「フフッ、治めるにはまず“守る”を売れ、が俺の信条だ」
魔族とはヤクザじゃない。政治とビジネスの中間にいる存在だ。たぶん。
こうして、俺たちは再び旅立った。
安全祈願のお守りを風に揺らしながら。
「にしても、魔族が“安全売って金もらう”って……」
コニちゃんが眉をひそめた。
「自分たちが危険だからな」エイミーがぼそっと返す。
「俺たちは山から出てくる熊みたいなものさ」
俺は苦笑いしながら言った。
「人里に降りたら怖がられ、山にいれば忘れられる。けど、本当は……そんなに乱暴じゃない」
「乱暴じゃない、けど腹は減るわよねぇ」
エイミーが口を尖らせて長い舌で虫を一匹つまんだ。
「腹が減っても、守ると決めたからには襲わない。それが……魔族の矜持ってやつさ」
俺は背負った荷を背中で揺らし、夕日に向かって歩き出した。