第5話 転生勇者と転生剣士との対話
馬車の揺れが続く。
窓の外は夜の闇に包まれ、鈍い揺らぎがユウトの意識を揺さぶっていた。
賞金首として狙われ、命からがら逃げ続ける日々だが今、彼はある場所へ連れて行かれている。
扉が開き、冷たい石の床に足をつける。
辺りを見回すと、豪奢な白銀の柱と魔力灯が光を放つ広間。
彼を待っていたのは、若い青年と人形のような少女だった。
「おう、ワイが勇者アレス・ヴァンガードや!転生前は南城大我っちゅうねん。まあ、転生しても根っこの性格は変わらへんわ!」
「人斬りユウト、お前さん、そないに人間信じられへんのか?せやけどな、ワイら転生者は仲間や。信じあわんことには何も始まらへんで」
ユウトは身構え、冷たい声を吐き捨てる。
「人間なんて信じない。俺は誰も信じねぇよ。」
人形のような少女が一歩前に出る。
「あなたの哀しみ、私なら分かるわ」
その瞳は静かに、しかし深くユウトの心に触れた。
「私も一人で、誰にも看取られず死んだ。孤独だった」
彼女が手をかざすと、緑色の魔法の糸が垂れ下がり、優しい笑みの女性人形が現れる。
「この子が、あなたのお母さんになってあげる」
ユウトはその人形を見て、忘れかけていた母の面影を重ねた。
胸の奥の扉が開き、抑えきれぬ感情が溢れだす。
ユウトの意識は激しく揺れ、気づけばあの頃の7歳の少年、斎藤優斗の姿に戻っていた。
薄暗い部屋の隅で、震える小さな体が震えている。
痛みと孤独に押し潰されそうな幼い優斗は、必死に涙を堪えられず、嗚咽をあげた。
「おかあさぁん……おかあさぁん……」
涙でぐしゃぐしゃになった顔を、メル・アリアが作り出した、淡い光の女性人形に押しつける。
その人形は優しく手を伸ばし、優斗の髪を包み込むように撫でた。
「もう一人じゃないわ、優斗」
幼い声で呼びかけられた少年は、しゃくりあげながらしがみついた。
「怖かったよ……お父さんが痛いことばっかりして……なんで……お母さんは帰ってこないの……?」
声が小さく震え、涙が止まらない。
「お腹もすいて……痛くて、寂しくて……」
メル・アリアの人形はまるで本当の母のように、その背中をゆっくりと撫で続けた。
「大丈夫よ。ここにいるわ。もう怖くない」
優斗は泣きながら、震える小さな腕で人形をぎゅっと抱きしめた。
「おかあさーん……」
何度も何度も呼びながら、少年の涙は止まらなかった。
その姿は、今も変わらぬ「誰かに守られたかったただの子供」だった。
泣きじゃくるユウトを、光り輝く女性の人形が優しく抱きしめた。
メル・アリアは満足げに微笑んだ。
その掌の上で、ユウトの心は少しずつほぐれていく。
「おれは……ずっとひとりだった……孤独だった。」
ユウトは嗚咽をこらえきれずに大粒の涙を流した。
メル・アリアの美しい顔に、徐々に異様な光が宿った。
その紫の瞳は妖しく煌めき、まるで深淵の闇がそこに映り込むかのようだ。
口元は微かに歪み、ゆるやかに笑みが広がる。
だがその笑みは慈愛とは程遠く、冷酷な支配者のそれだった。
「ふふ……やっと、私のものになったわね」
彼女の声は甘く、だが底知れぬ狂気を帯びている。
その眼差しは、ユウトの心を完全に掴み、自由を奪ったことへの歓喜に満ちていた。
まるで美しい毒蛇が獲物に巻きつき、逃れられぬ縛りを愉しむように。
メル・アリアはゆっくりと両手を広げ、優しくも冷徹な支配を誇示した。
「これからは……あなたのすべてを私が導いてあげる」
彼女の狂気は、暗い微笑みとともに、周囲を重く濃密な空気を落とした。
アレスはユウトを見て、にやりと笑いながら言った。
「泣き虫ユウトやて?そらまあ、ええやんか。誰だって弱い時はあるさかいにな
これからは一緒に戦わなあかん。転生勇者や、遠慮せんとワイらに任せとき!」
ユウトは涙にくしゃくしゃの顔をあげ、怒りと複雑な感情が入り混じる声で言った。
「勝手に仲間にすんな……だが、少しだけ……“話を聞いてやる”」
三人の転生者が、歪んだ運命の糸で繋がった瞬間だった。




