第1話 「スライムはコンニャクの味」
旅に出て数日。俺たちは森を抜け、けもの道のような細道を黙々と進んでいた。
「なぁ、食料がそろそろ尽きるんじゃないか?」
俺がそう言うと、トロール族の少女・コニちゃんが露骨に顔をしかめる。
「え〜、虫とかだけはやだよぉ〜!…うわっ、また出た!!エイミーお姉さま、舌で虫とってる〜!キッモ〜イ!!」
リザードマンの戦士・エイミーは、いつものように冷静に舌を伸ばし、葉の裏の芋虫を器用にぺろり。
「ふん、だからあんたはブクブク太るのよ。虫は高たんぱく低カロリー。最高の天然食よ」
「うるさ〜い!!」
そんな日常のやりとりを中断するように、森の中からぷるぷると揺れながらスライムが出現した。透明でゼリー状、どこか間抜けな動き。
「敵か?」
「うん、雑魚だね」
エイミーの舌が一閃、コニちゃんが棍棒で追撃。スライムはぷしゅっと潰れて溶けた。
「…さて、こいつ、食えるか?」
俺がそう呟いた瞬間、デフリーが目を輝かせて前に出た。
「任せてください!こう見えて、俺、料理にはうるさいんです。料理は愛情。端正に、丁寧に、美味しくいただく!」
デフリーは腰のフライパンを取り出し、森の清水で丁寧に洗い始める。
まずはスライムの粘液を別の布で漉し、透明なゼリー部分だけを切り出す。刃物の扱いは繊細で、脂肪で覆われた体からは想像できないほど手元が滑らかだった。
「このスライム、弾力は抜群。でもこのままだと森の泥臭さが強い。だからまず“ミスリーフ”の汁で下茹でして臭みを取る!」
ミスリーフ――苦みのある薄緑の草だが、煮ると出汁がとれ、臭み消しにもなる森の万能草。焚き火の鍋にスライムとミスリーフを入れ、じっくりと加熱する。
「次はキノコだ!あった、‘ハクシュ茸’と‘クログリ茸’。これをバター代わりに使う“樹脂脂”でじゅわっと炒める!焼き目が香ばしくついたら、仕上げに岩塩をぱらり」
パチパチという音と共に、芳醇な香りが辺りに漂った。
「はい、下茹でしたスライムをキノコと一緒に煮て、仕上げに“ユリノ木の実”の砕いたものを加えると…とろみとコクが出る!」
トロール族のコニちゃんが匂いに釣られて近づいてくる。
「うわ、なんか…うまそ…」
「よし、完成っ!森の恵み、スライムとキノコのハーブ煮込み! ついでにスライムをつぶして固めた“スライム餅”もどうぞ♪」
俺は恐る恐る一口スープを啜った。
「…これは…うまい。うん、スライムは…コンニャクだな。味付け次第でどうとでもなる素材だ」
「でしょ〜!火加減と臭み抜き、塩の加減、それにハーブの香り。素材に敬意を持って調理すれば、魔物だってごちそうになるんですよ!」
デフリーはフライパンを手に満面の笑顔。
「料理は愛情。端正に、丁寧に、美味しくいただく、ですから!」
「…うっそ〜ん、美味しい…」とコニちゃんはスライム餅に感動していた。
だが、エイミーだけは箸をつけない。
「…食べないのか?」
「虫を食べたほうがマシだわ」
腕を組んでそっぽを向くエイミー。
こうして、味の好みも性格もバラバラな魔族パーティーの旅は、美味(?)な一皿から始まったのだった。このパーティーは食いしん坊が2人もいるのだ。