第3話 王子と姫の破壊劇(ロマンス・オブ・ブラッド)
嵐はまだ止まない。
雷鳴が魔島ネパーランドの空を裂き、黒き稲妻が海原に走る。
地の底から吹き上がる魔力の渦中で、魔王レグナ=ヴァル=ノクトは、沈みゆく勇者アレスに最後の魔力を叩き込もうとしていた。
「ここで終われ、南城大我……」
漆黒の魔力が腕に収束してゆく。
そのときだった。
「……やめてよ、魔王さん」
少女の囁くような声が降る。花のような、しかし狂気をはらんだ囁き。
「私の“王子様”を……壊さないでぇええええええええ!!!」
刹那、
魔王の周囲を無数の影が取り囲んだ。
人形兵団。
白磁の肌に割れた笑顔、
ガタガタと軋みながら、メル・アリアが創り出した“人間そっくりの人形”たちが、牙をむいて魔王に突撃してきた。
「姫のために戦うのが、騎士でしょおおおおおおお!!!」
一体、また一体と自らの身体を爆薬を抱えて爆ぜさせ、爆炎を魔王に浴びせかける。
――ドオオオオン!!!
爆音と閃光の中、魔王レグナが咆哮した。
「甘いわァアアアアア!!!」
魔王の魔力障壁が展開され、ほとんどの人形は爆発する前に霧散させられた。
しかし、その混沌の中に――一体、だけ。
混じっていた。
「……ッ!?」
それは、燃えたマント、剥き出しの剣。血にまみれ、黒煙を纏う者。
勇者アレス。
人形に紛れ、爆炎に身を隠し、己の体温さえ殺していた。
「もろたでェ!!」
勇者アレスが魔王の胸を狙って剣を脇に構えて突き進む。
だが魔王レグナの反応は一瞬早かった。
「貴様ごときに……!」
右腕を振りかざす、その刹那――
ピタリ、と。
「……なに?」
その腕に細い、しかし異様に“強い”緑色の魔糸が絡みついていた。
「これは……メル・アリアの――!?」
振り払おうとするが遅い。
「いけっ、アレス様ああああああああ!!!」
メル・アリアが狂気と愛に満ちた声で叫ぶ。
勇者の剣が閃き、魔王の身体へと突き立つ――
「グアァァァァアア……!」
魔王の悲鳴と共に、血が夜空に散った。
だが、同時に、魔王の闇魔力が最後の自動防衛として暴走する。
その場にいたアレスもまた、吹き飛ばされた。
二人は、闇の波動に巻き込まれ、同時に地へと倒れ込む。
……沈黙。風だけが唸る。
長い、長い数秒の後――
ギシィ……と剣を支えに、一人の男が、地に這いながら立ち上がる。
「……ったく……この程度のボスで……」
血まみれの口元に、笑みを浮かべながら――
「なんで……最後まで俺が主役ってこと、忘れんねん……」
勇者アレスが、勝ち名乗りを上げる。
「勝者は……この俺様や。
このゲームの勝者は……俺のもんやああああああ!!!」
空に向かって、勝ち誇る咆哮が轟いた。
その笑顔は、美しく、残酷で神をも裏切る、
《人類最悪の勇者》の、それであった。




