第5話 豪雨の中で人形たちとの戦闘
「空気がしめってる。……豪雨が来るわ」
リザードセイジのエミリーが空を仰いだ。
ぽつ
ぽつ、ぽつ……
ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ、ぽつ――
ザーッ……
熱帯の空が割れた。
雨が落ちるというより、叩きつける。
空気が重く、地面のぬかるみが靴にまとわりつく。
亜熱帯地方、特有のゲリラ豪雨だ。
「大切なお人形が……ぬれちゃう」
洋館のバルコニーから、窓を閉めて微笑む少女 メル・マリアがそう呟いた。
金髪に、陶器のような肌。だが瞳だけは、狂っている。
人間の形をした人形たちを、少女が抱きかかえ、ひとつずつ館の中へ運び込んでいく。
その後ろ姿に、哀れみも、慈悲もなかった。
ずぶ濡れになりながら、剣を肩に担ぐ勇者アレスが口元で笑った。
「護ちゃんお前、進化したんか。ほぉ……そりゃ見た目がえらい変わったからビックリしたわ。仲間も進化して火のデブなんか別人やなぁ」
唇が吊り上がる。
「けどなぁ。俺なぁ、クロウとイザベル、2人の転生者を潰してもうた。
レベル上がりすぎて、勝負にならんのちゃうかぁ?」
豪雨の雨水が頬を伝う。
だが、その目は決して笑っていない。
ぬかるみに靴を沈ませながら、護が一歩前に出た。
「やってみねぇとわかんねえだろが!」
剣を握りしめ、魔力を爆ぜさせる。
背後
燃えるような火炎の頭のトロール娘が、大地を揺らす一歩を踏み出す。
口元には笑み、瞳には闘志の炎。
「雨、なんか関係ねぇ! 燃やせば乾くっしょぉ!!」
鎖鉄の杖を構え、雷光を宿すリザードセイジが肩をすくめた。
その足元には、爆ぜるような魔法陣が形成されている。
「水魔法は湿気が魔力効率を下げるわ。だけど……敵も同じ条件よ」
盾を前に出し、図体のでかいオークパラディンが低くうなる。
「……あの人間みたいな人形、全部、あいつの思いで動いてる。あいつら……感情がねぇ」
人形たちがずるり、と動いた。
膝から崩れるように歩く者。
笑ったまま首が斜めに傾いている者。
腕が逆方向に折れて、引きずられるような音を立てて迫ってくる者
「くるぞっ!!」
雨が、すべての音をかき消す。
「お願い……裏切らないで……ね? ずっと一緒にいて……」
傘も差さず、洋館の外の階段に立ち尽くす少女がいた。
ティリス。
金髪がずぶ濡れになったダークエルフの女魔導士。
「もし動いたら、すぐに人形にするから」
彼女の足は、動かなかった。いや動けなかった。
瞳が濡れていたのは、雨のせいか、別の何かか。
「護ッ!! 奴が動いた!」
雷光が奔る。
メル・アリアの洋館が、魔力を灯して異常な気配を吐き出す。
目の前。剣を握った勇者アレスが、ずぶ濡れのまま、口元をゆがめて叫ぶ。
「これが俺とお前との運命的な対決やな!」
「てめえがそう言うなら、喜んで受けて立つぜッ!!」
剣と剣が交差した瞬間、
雷鳴が轟いた。
血が、泥が、魔力が交錯し
雨に濡れる人形たちが、無表情で笑っていた。
狂気の姫が、その光景を見て、
まるでおとぎ話を見ているように、拍手を打った。
「すてき……ロマンッチク 王子様」
地獄の幕が、いま開いた。




