第3話 人形姫の地獄の歓迎
丘の上にある洋館の扉が、ゆっくりと、音もなく開いた。
内部から流れてくるのは、淡い花の香りと
微かな“血”の匂いだった。
真紅と白のバラが咲き乱れるホールの中心に、
彼女はいた。
金糸の髪。透き通るような肌。
蒼い瞳に浮かぶ、無邪気で残酷な光。
メル・アリア。
「ようこそ。お客さまたち。
歓迎のしるしに……わたしの“とっておき”を見せてあげる」
そう言って、少女は手をひらひらと振る。
その瞬間、ホールの奥から“人形劇の幕”が上がった。
がしゃり。
ぎこちなく動く木製の舞台。
だが、そこに立っていたのは、明らかに人形ではなかった。
「……あれ、生きてるやないか……」
アレスが興味深げに前のめりになる。
舞台に並ぶ“人形”たちは、確かに人間だった。
瞳は虚ろで、口元は不自然に笑っている。
膝と肘には金属の関節具。
皮膚には糸を通した跡が、針仕事のように走っていた。
動くたびに、笑うたびに、何かがこすれ、切れる音がする。
「今日は、悲しき家族のお話。
裏切りと、孤独と、救いのない結末」
そう語るメル・アリアの後ろで、
人形たちは操られるように“劇”を演じていた。
母親役の人形が、子供役の人形を床に叩きつける。
「愛してたのに……なんで……なんで裏切ったの……」
その人形は、喉から血を流しながらも、笑っていた。
観客は、勇者アレスとティリスだけ。
アレスは口笛を吹いて、目を輝かせていた。
「うっわ……これはすごいわ。
芸術やな。狂気の粋ってやつや。いや、ほんま、来たかいあったわ」
「……アレス……」
ティリスの顔が、青ざめている。
「こ、これは……人間を……! こんな……!」
メル・アリアが、すっとティリスに顔を近づけた。
「ふふっ……ねぇ、あなた。
どうして、笑わないの?」
ぴたり、と目の前に立つ。
人形のように整った顔で、満面の笑顔。
「笑って。ね?
笑わない人はね、人形にしてあげないと。“間違った心”は、治さなきゃいけないの」
ティリスは言葉を失い、一歩後ずさる。
だが、メル・アリアはにじり寄るように距離を詰める。
「ふふふ、あなた……きれい。いい顔すると思う。“わたしのコレクション”に加えたいなぁ……」
「待て待て、アリアちゃん」
アレスが立ち上がって間に割り込んだ。
「こいつはなぁ、ちょっと感情出すのが苦手なだけで、心ん中ではちゃんと感動しとる。
なあ、ティリス?」
ティリスは強張ったまま、小さく頷く。
それが精一杯だった。
アレスはおどけたように言う。
「それに、笑えっちゅうんやったら、俺が代わりに笑ったるわ。
あはははははっ! どうよ、この大満足スマイル!」
満面の笑み。狂気じみたそれに、メル・アリアが笑顔で応える。
「ふふふ……そう、それでいいの。
お客さまは、ちゃんと楽しんでくれなきゃ、イヤ」
そして彼女は、ぱちんと手を叩くと、再び人形劇の幕を上げた。
ティリスは震えながら、微笑みを浮かべたまま、それを見つめていた。
「最高や最高や アリアちゃん!ブラボー」
アレスは、満面の笑みで、ただその狂気に心から酔いしれていた。




