第2話 人形が支配する偽りの楽園
霧に閉ざされた魔島。《ネバーアイランド》へ、上陸。
白砂の浜辺に、勇者アレスと鎖で繋がれたダークエルフ・ティリスが降り立つ。
空は青く、波は穏やかで、花々は咲き乱れている。
だが、その空気にはどこか張りつめた“作り物”の匂いがあった。
「……えらい静かやな。ほら、勇者様が来たでって叫んでもええんやで」
アレスが口を開くと、ようやく島の人々が現れる。
男も女も、老人も子供も、皆が笑顔を浮かべていた。
しかし、目が笑っていない。
笑っていないどころか、涙すら浮かんでいる者すらいる。
「勇者さま……ようこそ……この島へ……」
「どうか……この地を……救ってください……」
ティリスがひとりの老婆に近づくと、老婆は涙を流して言った。
「メル・アリア様は……最初は、ただの少女だったんです……。
でも、ある日を境に、まるで“神”のように人々を裁くようになった……」
「娘が……笑ったまま動かなくなって……ただの人形に……!」
「村の若い者はみんな“劇”に連れて行かれ……
終わったあとには、ただの飾りになって戻ってきたんです……!」
堰を切ったように人々の口から次々と漏れ出す“嘆き”。
ティリスが何か言おうとしたそのとき、アレスは口笛を吹いて言った。
「へぇ~……めっちゃ地獄やんけ、ここ」
沈痛な空気の中で、ただ一人アレスだけがどこか“楽しげ”だった。
「なぁ、ティリス。“人を人形にする”魔導少女やて。サイコパスの匂いがぷんぷんするなぁ」
ティリスは眉をひそめる。
「あなた……この状況を、楽しんでるの……?」
「楽しんでるっちゅうか……まあ、気になるやんか。
どんな顔してるんか。どんな声して、どんな魔法を使うんか。
……メル・アリアちゃんに、さっそくなぁ会いに行こうや」
絶望する島民たちの目の前で、アレスは笑って見せた。
「救う? せーへん。俺は、“この世界をぶっ壊す”ために来たんや」
その言葉に、村人たちは凍りついた。
そして、次々と膝をつき、空を仰ぎ、嗚咽を漏らした。
「なぜだ……たすけて……たすけてくれ……」
「なんで……なんでこの勇者は……救ってくださらない!」
「勇者さま……勇者さま……お願いします勇者さま!」
けれど、その勇者は、もうどこにもいなかった。
狂ったように風が吹き抜けた。
花畑の向こう。丘の上の洋館の窓が、音もなく開いた。
「行こか、ティリス。ほら、“お姫様”が呼んでる気ぃするわ」
鎖が鳴り、アレスとティリスは、
泣き崩れる村人たちの中を、何事もなかったかのように通り過ぎていった。
そしてその背中に、かすかな少女の声が混じった。
「くすっ……また、新しいお客さま……♪」
その声の主は、まだ姿を見せていない。
だが、すでにすべての結末は、彼女の手の中にあるかのようだった。