第8話 微笑む少女と絶望の島
その島には、笑い声が絶えない。
だが、笑っているのは一人だけだ。
他の誰もが、涙をこらえ、息を殺し、ただ“それ”をやり過ごそうとしている。
その“笑い”が、自分の方を向かぬように。
《ネバーアイランド》。
地図には載っていない、霧に閉ざされた魔島。
かつては交易と祈りの島だったが、今やひとりの少女によって支配されている。
その名はメル・アリア(転生者)。
白磁のような肌。整いすぎた顔。首を傾けて笑うその姿は、まるで“完璧な人形”。
けれど瞳の奥には、“温度”も“慈悲”もなかった。
「ふふ……また“壊れた”のね、この子……ねぇ、誰か、新しい顔をちょうだい?」
アリアの足元には、人形のように改造された村人の“成れの果て”。
目にガラス球を詰められ、口を縫われ、指を切り落とされたまま立ち尽くしている。
「動きが鈍くなったら、心がある証拠。だから、壊すの。心なんて、邪魔でしょう?」
村の広場では、子供たちが“笑顔の訓練”をさせられていた。
笑わなければ、口を裂かれる。
逆らえば、四肢を外され、人形にされる。
誰も彼女に逆らわない──逆らえない。
彼女は、“愛”という名の毒で島を包み込んでいるのだ。
アリアは片手に抱いたボロ人形を優しく撫でながら、首を傾げる。
「ねぇ、“あなた”は笑ってくれるかな? 泣かないで。泣くのは、わたしの代わりにしてくれる人形だけでいいの」
「わたしね、この島を楽園にしたいの。ずっと、永遠に壊れない、笑顔だけの世界に」
笑顔で告げるその言葉は、呪いよりも重く
そして、狂気よりも静かだった。
■回想 アリアとしての過去
それは、誰にも知られることのない記憶。
……閉じられた病室。
鉄の匂い。白い天井。点滴の落ちる音だけが響く。
「──アリアちゃん、お薬の時間よ」
病院服を着た少女は、ベッドの上でかすかにまばたきした。
髪は抜け落ち、肌は透けるほど白い。
笑う体力すらない。喋ることすら、許されない日々。
“あなたの病気は治りません。あと半年くらいでしょう”
誰もが口を濁しながら、それだけを告げた。
両親は泣いていた。友達はだんだん来なくなった。
けれど、アリアは泣かなかった。
彼女には、一つだけの“友達”がいたから。
小さな布の人形。名前は「メルちゃん」。
話しかけても返事はしない。
抱きしめても、温もりはない。
でも、裏切らない。去らない。壊れない。
「……メルちゃん。いい子ね。
あたしがいなくなっても、ずっと笑っててね……」
少女はそう囁いて、人形を胸に抱えた。
そのまま、春の終わりの日、眠るように息を引き取った。
─気づいたときには、異世界だった。
メル・アリアとして目覚めたその身体は、まるで“かつての人形”のようだった。
何も痛くない。誰も去っていかない。
涙も、熱も、もう要らなかった。
「ねぇ、神さま。お願い。今度こそ、裏切られたくないの」
「今度は、壊れない世界にしてみせる。わたしだけの……お人形たちと一緒に」