第3話 レインボードラゴンを観察せよ
パンテオン神殿での大虐殺から数日。
人間たちの恐怖と混乱が広がる中で、俺たちはティリスを失ったまま北を目指していた。
目指す先は、《彩光の霊峰》。
七色の霧に包まれ、神話の竜が棲むと伝わる、世界の果てのような場所。
風が鳴いていた。
山を登るたびに空はどす黒く染まり、やがて赤、紫、緑、青と――異常な色彩が雲に滲む。
「……ここが、奴の巣……か」
ホブゴブリンの俺は、地面に刻まれた巨大な足跡に手をかざす。
体温すら残っている。つまり、ついさっきまで、ここにいたということだ。
「は、はは……おかしいな……なんで俺、フライパン持ってんやろ……戦う気あったよな、俺……?」
口元を引きつらせているのは仲間のデフリー。料理担当でありながら、なぜか前衛に出たがる変わり者だ。
その隣で、冷たい声が響く。
「気を抜いたら殺されるわよ」
リザードマンのエイミー。冷静な彼女の手には、すでに《アクアジャベリン》の魔法が集中していた。
やがて森を抜け、岩肌の神殿のような山頂にたどり着くと――
天が、裂けた。
「グゥゥゥゥォオオオオオオアアアアァァァァァアアア!!!!!」
大気が振動する。
霧が風に吹き飛び、視界が開けたその刹那―
そこに、それはいた。
七色の鱗をまとい、天と地を貫くような巨体。
その翼は虹を纏い、ただその場に立っているだけで、世界が震える。
《レインボードラゴン》。
神話の竜。魔力の濃度は、もはや空間そのものを歪めている。
「なんて大きさ……!」
「いや、大きいだけやない……。魔力が濃すぎて、“生きた化石みたいや……」
俺たちはすぐにモンスターの野生の本能で理解した。
勝てない。
このまま戦えば、肉片ひとつ残らず風に散らされるだろう。
だから俺は、決断した。
「観察する。……弱点を見つけ出すまで、手は出すな」
エイミーは頷くと、《蛇眼レンズ魔法:ボウエン》を発動。
蛇のように伸びた透明な魔眼が空を滑り、遠くからレインボードラゴンの姿を高精細に映し出す。
「すげぇな……将来、野生保護観察官になれるんちゃうか、お前……」
「あたしは魔獣より、バカの相手のほうが疲れるわよ」
そう言って、微笑んだ。
こうして、俺たちの“観察”の日々が始まった。




