第2話 転送勇者 襲い襲われる
月の光が、朽ちた街道の石畳を青白く照らしていた。
勇者アレスの後ろからは、魔法手錠と鎖に繋がれた金髪のダークエルフのティリスが奴隷のように静かに歩いている。
「お前、ほんまええ顔しとるなァ……」
にやりと嗤うアレス。その目に浮かぶのは、征服者の色だった。
ティリスは答えない。ただ一歩、アレスから距離を取るように歩をずらした。
やがて、町にたどり着いた二人は、宿屋の一室に身を置く。
ろくに言葉も交わさず、アレスはティリスを寝台に押し倒そうとした。
その瞬間――
バチィッ!!バチィッ!!バチィッー!!
爆ぜたのは雷鳴。
ティリスの全身を雷光が包み、アレスの手を容赦なく焼いた。
「グ……ァッ!?」
一瞬、部屋の中の空気が爆発するように張り詰め、アレスは壁に吹き飛ばされる。
壁に背中を叩きつけられた彼は、焼け焦げた腕を見下ろし、そして邪悪に笑った。
「ははっ……マジか、ほんまに呪術かけとったんか」
ティリスの瞳が、氷のように冷たい光を放つ。
「私は奴隷じゃない。あなたに犯されるくらいなら、雷に焼かれる道を選ぶわ」
アレスは、その言葉に舌なめずりをした。
「レアキャラちゃん、やるやんけ……。ますます惚れたわ」
そして次の瞬間には、ティリスは柱にぐるぐる巻きに拘束されていた。
「じゃあ、俺はちょっと“夜風に当たってくる”わ」
アレスは笑いながら部屋を出ていった。
夜の町は静かだった。だが、その静寂は、仕組まれた罠だった。
遠くから、規則正しく響く金属の足音。
ギギギ……ギギギ……。
路地裏に姿を見せたのは、魔導機兵団。
冷たい鉄の装甲に、魔力の符号が光る兵士たち。目に見えるのは、殺意のみ。
アレスは足を止め、鼻で笑った。
「……ほう。魔導機兵団ちゅうことは……」
言葉が終わる前に、機兵たちが一斉に突撃を開始する。
ズガァァァン!!
爆音とともに砲撃がアレスを襲う――が、誰もその爆煙の中に彼の姿を見つけることはなかった。
「遅いねん、お前ら」
その声は、背後から響いた。
次の瞬間、真紅の残像が機兵の間を駆け抜ける。
――ギギギ……ガガガ……バシュゥゥン!!
機兵の身体が一体、また一体と切断され、火花を散らしながら崩れ落ちていく。
「まさかこの程度で、俺を止めようっちゅうんか?」
最後の機兵が爆音を立てて倒れ伏したとき、アレスのマントは一滴の血すらも染めていなかった。
彼は、真っ赤に染まった通りを見下ろしながら、言い放つ。
「魔導機兵団ちゅうことは……クロウ・サカキバラが差し向けた暗殺部隊かいな」
その笑みは、人間のものではなかった。
「ええわ。やられる前に、やったるわ」
血と油が混じる臭気の中、勇者アレスは静かに闇の中へと姿を消した。
やがて勇者アレスとティリスが向かうのは機構魔導都市《ネメシス=ギア》。
すべてを破壊し終わらすために。