第1話 人間は信用できない。だが、数値は裏切らない
【機構魔導都市《ネメシス=ギア》】
黒銀の塔に、警告灯が静かに灯る。
全自動記録機構《ギア=アーカイブ》が、緊急通知を告げていた。
「勇者アレス、光の神に仕えし至高の聖域、パンテオン神殿にて
神官34名、巫女12名、市民230名以上を殺害。避難民、推定3,000」
塔の中枢、玉座と演算装置が一体化した空間に、一人の男が静かに座していた。
クロウ・サカキバラ。
通称、魔導機甲将クロウ。
義眼のレンズがわずかに収束し、演算中の魔導陣が宙に浮かぶ。
鎧の継ぎ目から、熱を帯びたエーテルが低く脈動している。
「……また、“ノイズ”か」
彼の声は、冷えた金属のように響く。
「勇者という存在は、行動予測係数が常に不安定だ。情動、使命感、憎悪どれもが論理に優先する」
【誤差許容範囲:±4%】
しかし、アレスの破壊行動は【誤差23.9%】を記録していた。
クロウの義眼が、ひとつの結論を弾き出す。
「誤差が閾値を超えた。ならば、“ノイズ”として、消去する」
背後で音が鳴る。巨大な歯車が軋みながら回転し、空間に数十機の魔導砲塔がホバリングしはじめる。
静かな怒りではない。
それは、“設計を乱された技術者”の憤り。
理想を侵された者の、冷たく静かな“殺意”だった。
■回想 榊原雅人としての過去
榊原雅人は、かつて“天才少年”と呼ばれていた。
中学までは成績もよく、無難に生きていた。だが、家庭では常に父の怒号と冷たい無関心が支配し、学校では「空気を読めない変人」と距離を置かれる存在だった。
彼が唯一心を許したのは、ディスプレイの向こう側。
無限の可能性を秘めたデジタルの世界だった。高校に進学する頃には、完全に部屋に閉じこもり、ネット対戦型のリアルタイム戦略ゲームにのめり込んでいた。
モニター3枚、高性能ゲーミングPC、自作の入力補助装置。
彼の部屋は、まるでコクピットのようだった。
「人は裏切る。だが、コードとロジックは絶対だ」
それが、彼の哲学になった。
雅人が選んだ戦場は、eスポーツで世界的に人気を博す対戦ゲーム
「Ωコンクエスト」。彼はそこで名を上げた。
Clockwork Reaper(機械仕掛けの死神)。
すべての手が“計算通り”に動く男。
画面の中で敵はただのデータ、味方もAIと変わらぬパラメータ。
「仲間が動かない? なら動かさせればいい」
彼は味方の意図すら先読みし、時に“心理誘導”まで行った。
勝率は驚異の92%。
わずか1年で世界ランキング5位に入り、日本代表に選出された。
世界大会決勝。相手はアメリカのNo.1チーム「Ragnarøk」。
この戦いに勝てば、彼は“世界最強”の称号を手にするはずだった。
だが、その瞬間にトラブルが起きた。
ネット回線の不具合。
AI補助で指示は飛ばせたが、レスポンスが微妙にズレる。
それでも、彼は冷静だった。想定内の誤差。
問題は、味方の感情だった。
仲間の一人が、AIの指示に逆らい、突撃した。
「お前の命令どおりやっても、誰も楽しくねぇんだよ!」
その瞬間、チームは崩壊し、戦況は逆転。
敗北。
その後、SNSは地獄と化した。
「空気読まない独裁者」
「人を駒としか思ってない」
「やっぱ引きこもりって信用できねぇ」
数年分の努力が、一晩で否定された。
チームもスポンサーも彼を切り捨てた。
雅人はすべてのアカウントを削除し、配信もSNSもやめた。
自室にこもり、食事はインスタント、昼夜逆転。
天井を見つめながら思う。
「何が悪かった? 俺は正しかった……はずだ」
世界に裏切られ、他者に見捨てられ、
自分の“完璧さ”が否定された。
そして彼はビルの屋上から飛び降り
人生をリセットする選択をした。
そのとき、画面に一つのことばが表示される。
【君の魂、異世界にて再起動しませんか?】
雅人は、迷わずクリックをした。




