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第2話 転生者イザベル=クロフォード

パンテオン神殿には、魔王から聞いた。

俺よりも先に、異世界から来ていた転生者がいる。


ホブゴブリンとなった俺、まもるは、

仲間たちとともに、白亜の大理石で造られた荘厳な建造物に足を踏み入れていた。


その名はイザベル・クロフォード。


異界より来た官僚。

冷酷な判断と精緻な言語を武器に、法と組織を支配し、

王国と神殿すら掌握した、転生者の女。


魔王は言っていた。


「その美貌に騙されるな。

あの女は“情”を捨てた。血も涙も持たぬ、法の器。

彼女の統治には感情が介在しない。

ゆえに強く、ゆえに恐ろしい。」


人間の町に入れば、俺たち魔族は忌み嫌われ、追われるのが常だ。

だが神殿に一歩、足を踏み入れてから、様子が違っていた。


人間たちの神官も、兵士も、誰一人として俺たちを止めない。

否。それどころか、まるで導かれるように、

俺たちは神殿の奥深く、最奥の祭殿へと案内されていった。


「おい……なんか、おかしいぞ」

デフリーが警戒して、周囲を睨む。


「わたしたち……本当に歓迎されてるのかな……?」

トロール族のコニちゃんが、巨大な腕で俺の腕にしがみつく。


祭殿の扉が音もなく開く。


そこには、人間の神の巨大な石像が鎮座していた。

その像の前には、無数の神官が整列し、

白と金の法衣を身にまとった女が一段高い玉座の上に立っていた。


「これより裁判を開始する」


その声は、静かで、だが強く、空間すら支配する力を持っていた。


女が一歩、白い石の階段から降りるたびに、

重厚な靴音が神殿全体に反響する。


「法の前ではすべてが平等に裁かれる。

人であろうと魔であろうと、罪に問われるならば。その命、等しく扱われる」


数百人の神官たちが一斉に膝をつく。

その中心を堂々と歩くのは、一人の人間の女。


挿絵(By みてみん)


切り揃えられた白銀の髪。冷ややかな翠の瞳。

整った顔立ちに、笑みも怒りも浮かんでいない。


イザベル・クロフォード。

転生者。

俺と同じように、かつて日本で生きていた人間。


「ようこそ、魔王の使徒。あなたが“護”ね? 記録にある顔と一致するわ」


イザベルの目が俺を射抜く。

まるで心の奥まで見透かされているような冷たい眼差しだ。


「我が名はイザベル=クロフォード。神殿統括官にして、

この国の法と秩序を統べる者」


彼女は指先ひとつで神官たちに合図を送る。

左右の通路から現れるのは精鋭の神官兵たち。全員が呪文詠唱の準備を始めていた。


「貴殿らがこの神域に入ったことは、すでに違法侵入として記録された。

今より、貴殿を“被告”として、正式な法廷裁判を行う」


「は……? なんだよそれ……!」

デフリーが剣に手をかける。


「待て、下手に動くな」

俺は彼の前に手を出し、睨むようにイザベルを見返した。


「……お前、転生者だろ。

なのに、なんで……魔族の俺たちを敵と決めつける?」


「“転生者だから”で特別扱いされたいなら、最初から日本に帰るべきだったわね」

イザベルの声は、あくまで冷静だった。


「ここは法の国。たとえ神の子であろうと、罪に手を染めたならば、法の秤の上に乗せられる。

それが、わたくしの正義です」


「おい、待て! 俺たちは別に暴れに来たわけじゃ」


「黙りなさい、被告。あなたの発言権は、わたくしが許可したときのみ。

異議申し立てがあるならば、形式に則って提出を」


それはもはや、俺たちに向けられた“言葉”ではなかった。

書類を読むように、物件を扱うように、

彼女の口から出る言葉は、一切の情緒を排した“記録”だった。


俺は思わず、拳を握った。

この女は本気だ。

人間だろうが魔族だろうが、感情では裁かない。

それが、彼女の“生き方”なのだ。


「……ふん、法の神ね」

俺は唇を歪めて言った。


「だったら聞かせてくれよ。この世に“救い”ってもんはねぇのか?

間違えて踏み込んじまった奴には、裁かれる以外の道はねぇのかよ!」


イザベルは微かに瞼を伏せると、静かに言った。


「神は、赦さぬ。わたくしも、赦さぬ。裁きは、必ず下る」


バシュッ!


神官たちの詠唱が一斉に始まる。

空気が震え、聖なる光が天井から降り注いだ。



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